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【第5章(最終章)】
■第119話 : その苦悩
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「もう一つ心配なことがあるんだけど、聞いていいか?」
伊達は、神妙な顔つきで神崎に質問を始めた。
「ああ。何?」
「……パニック障害は大丈夫なのか? 元々、それが原因でスロを打つことから遠ざかってただろ?
もうだいぶ長い間、設定推測だけに徹してるじゃん。それなのに、いきなり丸一日パチスロ勝負だなんて……」
心配そうに聞く伊達に対し、あっけらかんと答える神崎。
「まあ大丈夫でしょ、1日くらい。
もう結構前からPD……ああ、パニック障害のことなんだけど、PDとの付き合い方もわかってきててね。実はあんまり困ってはいないんだ。
未だにスロを打たないのは、まあ、以前の記憶が残ってるから抵抗があって打つのが億劫ってのも少しはあるんだけど、一番の理由は、資格の勉強で忙しいから物理的に打つ時間がないだけだよ」
「そうだったのか?」
「うん。ほら、1ヶ月くらい前に久々に発作が出たって言っただろ? 夏目に助けられたあの時。あれまでは寛解してたしね」
「かんかい……?」
「そう、寛解。症状が出なくなってたり、うまいことコントロールできるようになってる状態だよ。PDとかの病気には完治って言葉はないんだ」
「完治しない……? そういうもんなの?」
「そんな大げさなことじゃないけどね。
例えば、風邪って完治しないだろ? その時引いた風邪は完治するけど、『風邪症候群』って意味で言えば完治はないじゃん。風邪なんて、一回治ったってまた引くもんだからね。
それと同じで、PDも長いこと症状が出なくても、ふとしたことからまた発作が出ることがある。で、ちょっと調子が悪くなることもある。
でも、ただそれだけのことだよ。その時にまたゆっくりと休むなりなんなりして対策すれば、また収まるんだ。難しく大げさに考える必要なんてない。
悲観的になることが、病気を悪化させちゃうわけだしね」
「へぇ、そういうもんかぁ。なんか真佐雄の言葉を聞いてると、そんなに大したことないモンに思えてくるな」
「いや……今はこうやって偉そうなこと言っちゃってるけどさ、この域に辿り着くまで2年くらいかかったからね、俺も。
覚えてるだろ? PDになったばっかの時に世捨て人みたいになって苦しんでた俺を」
「そうだそうだ! そんな時もあったな。最初はびっくりしたもんだよ」
「でも、自分でいろいろ調べて、信頼できる医者を探して、ってやってくうちに、段々とPDとうまく付き合えるようになってきてね。
病気じゃなく、個性なんだ、性格の一部分なんだ、ってくらいに考えられるようになったよ。
大体世の中さ、コンプレックスとかトラブルとかを抱えてない人間なんていないんだよ。健康、容姿、人間関係、家庭環境、金銭問題、異性問題とかさ。ほとんどの、というかこの世に生きるほぼ全ての人間が、泣きたくなるような、絶望的な気持ちになるようなコンプレックスとかトラブルを抱えてるんだよ。
なのにPDになったばっかの頃の俺は、この世の不幸を全部背負い込んだような気分になってた。なんで自分がこんな目に遭わなきゃいけないんだ、俺の人生もうこれで終わりだ、なんてね。
今じゃ、そんなことを考えてたのがバカらしいよ。俺なんか比じゃないくらいの苦しみと戦ってる人だって大勢いるのにさ。そういう人たちに対して失礼すぎる」
「……」
「もちろん、今でも辛い場面は結構あるけどね。
いまだにエレベーターとか電車みたいに一回乗ったら自分の意思では降りられない乗り物に乗ると情緒不安定になるし、飛行機なんて死んでも無理だから海外旅行にも行けない。美容院みたいに、一回座ったら終わるまで座り続けてないといけないっていう場所も厳しいし。厳しいっていうか、調子が悪いと薬飲まなきゃそういう場所に行くことすらできないしね。
パチスロでも、連チャンは今でもちょっと怖いな。北斗とかは特にキツい。どこまで連チャンするかわからない、って機種は、つまりいつになったらヤメられるかわからないだろ? で、連チャンしてる間はヤメるわけにはいかない。あれも拘束だからね。
でも、それも俺を構成する一要素なんだし、悔やんだってどうにもならない部分じゃん? だったら、そういう要素に適合して生きればいいだけだなって思ってさ。そもそも、この病気になったからこそ得たものってのも多いし」
「パニック障害になって得たもの……?」
「そう。俺は、この病気のおかげで大きく成長できたと思ってる。今じゃ、PDになったことを感謝してるくらいだ。今この病気で苦しんでる人からすれば『ふざけんな! 簡単にそんなこと言うな!』くらいのこと言われるかもしれないけどね。
実際俺も、自分が苦しんでた時にこんなこと言われたら頭にきただろうし。何も知らないで勝手なこと言いやがって、って。
でも、本当なんだ。PDのおかげで、俺は人生と真面目に向き合うことができた。それまでの俺はめちゃくちゃだったからさ。
PDになったことを恨まないで欲しい、そんな思いがあるから、カウンセラーになるための勉強をしてるんだけどね。こんな考えを持てるようになったのも、全部PDになったおかげとも言えるわけだし。昔の俺は、人のことを思いやるだなんて考えられなかったからね」
「そういえば、かなり前にそんなこと言ってたよな。あの時はてっきり、自分のことを露悪的に言ってるもんだと思ってたけど」
「いや、本心だよ。他人の気持ちっていうのを真剣に考えるようになったし、弱い立場の人に気遣えるようにもなれた。そうなると、いろんなことが見えてくるんだ。今まで見えなかったことがね。
あと、自分の人生に対して真剣に向き合えるようにもなった。おかげで、将来やりたいことってのも定まってきたしね。
両方とも、PDから得た大きな財産だよ」
どうやら本当にただ強がってるだけではないんだな、ということがわかり、安堵の表情を浮かべながら頷く伊達。
「そうか。それなら良かったよ。さりげなく心配してたからさ。
でも、うっかり触れるのもよくないのかな、って」
「そんなことはないよ。
人によるかもしれないけど、今の俺は大丈夫。
大体、そんなに珍しい病気じゃないんだぜ? 日本では100人に3人くらいはパニック障害だって言われてるくらいで、欧米ならもっと多いらしいし」
「マジかよ! 精神病って、なかなかならないモンだと思ってたのに」
「いや、パニック障害は精神病じゃなくて神経症な。どっちかっていうと、高所恐怖症とか閉所恐怖症とかに近いんだよ。だから、障害者手帳をもらおうとしてももらえないんだ。うつとか統合失調症とかの精神病なら、手帳をもらえるんだけど」
「へぇ、随分詳しいな」
「ああ。手帳をもらうつもりはなかったけど、もし申請したらどうなるのかな、と思って調べたことがあってさ」
「そっか。……それにしても、日本人の3%でパニック障害になるってことは、俺ももしかしたら……」
「いや、慎也は大丈夫でしょ。神経質なところが微塵も見あたらないし。
パニック障害は、俺みたいに繊細で、物事を細部まで見通せるような人間がなれるもんなんだよ。お前じゃ無理だ」
そう言って、神崎はいたずらっぽく笑った。
「な、なんかムカつく言い方だけど……まあいいや!
じゃあとにかく、夏目との勝負の方は受けちゃってOKなんだな?」
「ああ、大丈夫。承諾するって言っておいて。
ただし、勝負ルールとホールは、広瀬に一任する、っていう形で。
まだ広瀬が受けてくれるかどうかはわからないけど、そこはなんとか頼むよ。今のところ、彼以外に適任な人間が見当たらないしさ」
「わかった、任せてくれよ! 全部うまくまとめるから!」
伊達は、力強く言い放った。
伊達は、神妙な顔つきで神崎に質問を始めた。
「ああ。何?」
「……パニック障害は大丈夫なのか? 元々、それが原因でスロを打つことから遠ざかってただろ?
もうだいぶ長い間、設定推測だけに徹してるじゃん。それなのに、いきなり丸一日パチスロ勝負だなんて……」
心配そうに聞く伊達に対し、あっけらかんと答える神崎。
「まあ大丈夫でしょ、1日くらい。
もう結構前からPD……ああ、パニック障害のことなんだけど、PDとの付き合い方もわかってきててね。実はあんまり困ってはいないんだ。
未だにスロを打たないのは、まあ、以前の記憶が残ってるから抵抗があって打つのが億劫ってのも少しはあるんだけど、一番の理由は、資格の勉強で忙しいから物理的に打つ時間がないだけだよ」
「そうだったのか?」
「うん。ほら、1ヶ月くらい前に久々に発作が出たって言っただろ? 夏目に助けられたあの時。あれまでは寛解してたしね」
「かんかい……?」
「そう、寛解。症状が出なくなってたり、うまいことコントロールできるようになってる状態だよ。PDとかの病気には完治って言葉はないんだ」
「完治しない……? そういうもんなの?」
「そんな大げさなことじゃないけどね。
例えば、風邪って完治しないだろ? その時引いた風邪は完治するけど、『風邪症候群』って意味で言えば完治はないじゃん。風邪なんて、一回治ったってまた引くもんだからね。
それと同じで、PDも長いこと症状が出なくても、ふとしたことからまた発作が出ることがある。で、ちょっと調子が悪くなることもある。
でも、ただそれだけのことだよ。その時にまたゆっくりと休むなりなんなりして対策すれば、また収まるんだ。難しく大げさに考える必要なんてない。
悲観的になることが、病気を悪化させちゃうわけだしね」
「へぇ、そういうもんかぁ。なんか真佐雄の言葉を聞いてると、そんなに大したことないモンに思えてくるな」
「いや……今はこうやって偉そうなこと言っちゃってるけどさ、この域に辿り着くまで2年くらいかかったからね、俺も。
覚えてるだろ? PDになったばっかの時に世捨て人みたいになって苦しんでた俺を」
「そうだそうだ! そんな時もあったな。最初はびっくりしたもんだよ」
「でも、自分でいろいろ調べて、信頼できる医者を探して、ってやってくうちに、段々とPDとうまく付き合えるようになってきてね。
病気じゃなく、個性なんだ、性格の一部分なんだ、ってくらいに考えられるようになったよ。
大体世の中さ、コンプレックスとかトラブルとかを抱えてない人間なんていないんだよ。健康、容姿、人間関係、家庭環境、金銭問題、異性問題とかさ。ほとんどの、というかこの世に生きるほぼ全ての人間が、泣きたくなるような、絶望的な気持ちになるようなコンプレックスとかトラブルを抱えてるんだよ。
なのにPDになったばっかの頃の俺は、この世の不幸を全部背負い込んだような気分になってた。なんで自分がこんな目に遭わなきゃいけないんだ、俺の人生もうこれで終わりだ、なんてね。
今じゃ、そんなことを考えてたのがバカらしいよ。俺なんか比じゃないくらいの苦しみと戦ってる人だって大勢いるのにさ。そういう人たちに対して失礼すぎる」
「……」
「もちろん、今でも辛い場面は結構あるけどね。
いまだにエレベーターとか電車みたいに一回乗ったら自分の意思では降りられない乗り物に乗ると情緒不安定になるし、飛行機なんて死んでも無理だから海外旅行にも行けない。美容院みたいに、一回座ったら終わるまで座り続けてないといけないっていう場所も厳しいし。厳しいっていうか、調子が悪いと薬飲まなきゃそういう場所に行くことすらできないしね。
パチスロでも、連チャンは今でもちょっと怖いな。北斗とかは特にキツい。どこまで連チャンするかわからない、って機種は、つまりいつになったらヤメられるかわからないだろ? で、連チャンしてる間はヤメるわけにはいかない。あれも拘束だからね。
でも、それも俺を構成する一要素なんだし、悔やんだってどうにもならない部分じゃん? だったら、そういう要素に適合して生きればいいだけだなって思ってさ。そもそも、この病気になったからこそ得たものってのも多いし」
「パニック障害になって得たもの……?」
「そう。俺は、この病気のおかげで大きく成長できたと思ってる。今じゃ、PDになったことを感謝してるくらいだ。今この病気で苦しんでる人からすれば『ふざけんな! 簡単にそんなこと言うな!』くらいのこと言われるかもしれないけどね。
実際俺も、自分が苦しんでた時にこんなこと言われたら頭にきただろうし。何も知らないで勝手なこと言いやがって、って。
でも、本当なんだ。PDのおかげで、俺は人生と真面目に向き合うことができた。それまでの俺はめちゃくちゃだったからさ。
PDになったことを恨まないで欲しい、そんな思いがあるから、カウンセラーになるための勉強をしてるんだけどね。こんな考えを持てるようになったのも、全部PDになったおかげとも言えるわけだし。昔の俺は、人のことを思いやるだなんて考えられなかったからね」
「そういえば、かなり前にそんなこと言ってたよな。あの時はてっきり、自分のことを露悪的に言ってるもんだと思ってたけど」
「いや、本心だよ。他人の気持ちっていうのを真剣に考えるようになったし、弱い立場の人に気遣えるようにもなれた。そうなると、いろんなことが見えてくるんだ。今まで見えなかったことがね。
あと、自分の人生に対して真剣に向き合えるようにもなった。おかげで、将来やりたいことってのも定まってきたしね。
両方とも、PDから得た大きな財産だよ」
どうやら本当にただ強がってるだけではないんだな、ということがわかり、安堵の表情を浮かべながら頷く伊達。
「そうか。それなら良かったよ。さりげなく心配してたからさ。
でも、うっかり触れるのもよくないのかな、って」
「そんなことはないよ。
人によるかもしれないけど、今の俺は大丈夫。
大体、そんなに珍しい病気じゃないんだぜ? 日本では100人に3人くらいはパニック障害だって言われてるくらいで、欧米ならもっと多いらしいし」
「マジかよ! 精神病って、なかなかならないモンだと思ってたのに」
「いや、パニック障害は精神病じゃなくて神経症な。どっちかっていうと、高所恐怖症とか閉所恐怖症とかに近いんだよ。だから、障害者手帳をもらおうとしてももらえないんだ。うつとか統合失調症とかの精神病なら、手帳をもらえるんだけど」
「へぇ、随分詳しいな」
「ああ。手帳をもらうつもりはなかったけど、もし申請したらどうなるのかな、と思って調べたことがあってさ」
「そっか。……それにしても、日本人の3%でパニック障害になるってことは、俺ももしかしたら……」
「いや、慎也は大丈夫でしょ。神経質なところが微塵も見あたらないし。
パニック障害は、俺みたいに繊細で、物事を細部まで見通せるような人間がなれるもんなんだよ。お前じゃ無理だ」
そう言って、神崎はいたずらっぽく笑った。
「な、なんかムカつく言い方だけど……まあいいや!
じゃあとにかく、夏目との勝負の方は受けちゃってOKなんだな?」
「ああ、大丈夫。承諾するって言っておいて。
ただし、勝負ルールとホールは、広瀬に一任する、っていう形で。
まだ広瀬が受けてくれるかどうかはわからないけど、そこはなんとか頼むよ。今のところ、彼以外に適任な人間が見当たらないしさ」
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伊達は、力強く言い放った。
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