ゴーストスロッター

クランキー

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【第5章(最終章)】

■第117話 : 年末と元旦、その一コマ

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「だからって、あの振る舞いが許されるってことはないと思うけどね。とても同情なんてできないよ」

少しグラつきかけた優司だが、今までの仕打ちや言動をよくよく思い出し、無言を決め込もうと思っていたが咄嗟に言葉を発してしまった。

その言葉に、吉田が冷静に返す。

「わかってる。俺もそう思うよ」

「……」

「そう思うからこそ、俺は今こういう状態なんだ。ただの金づるとしか見られていない。さっき夏目も言ってたけど、幹部だなんだと言われても結局は俺だけ蚊帳の外だ」

「……だね」

「なんでそうなってるのかっていうと……理由は簡単だよ。俺は、1回あいつに注意したことがあるからだ」

「注意?」

「ああ。 最初は1年前の件でね。
 いくら目的を達成するためといえ、何の恨みもない人間たちに対して無差別に手を出すのはよくない、って。もちろん聞いてくれはしなかったけど。
 でも、ここまではまだ良かったんだ。決定的だったのは、勝負に負けて地元に帰ってきた後だ。
 さっきも話した通り、少しでも陰口叩いた人間には容赦なく制裁を加えてた。その様子を見てて、さすがにやりすぎじゃないのか、って注意したんだ。それからだよ。俺に対しての態度が変わりだしたのは」

「…………」

「今のあいつは、従順な奴しか受け入れない。今の土屋を受け入れて、一切逆らわずに太鼓持ちをする、丸島みたいな人間しかね。
 昔からの友達であろうと、少しでも注意したりすればそれで終わりだよ。
 ただ俺の場合、家が金持ちなのを知ってるから、簡単に切ったりはしなかった。友達ではないけど、金づるくらいには使えるとでも思ったんだろうね」

「……そんなふうに思われてるってわかってんのに、なんでまだ土屋なんかと一緒にいるの?」

優司のこの質問に、少し間を取ってから答えた。

「それは……やっぱり、昔を知ってるから、の一言に尽きるかな。
 どこかで、また昔みたいに戻ってくれるんじゃないかって期待してた。
 ……でも、最近じゃそれも期待薄だなってのがよくわかってきたよ。ここまできたら、もうあいつも戻ってはくれなさそうだ。その前に、俺が切られるだろうしね。来月あたりには資金も潤沢になってるんだろうし、俺は用済みだよ」

「……じゃあ、ただ黙って切り捨てられるのを待ってるんだ? 吉田君はそれでいいの? だったら…… 」

「言っとくけど、『じゃあ手を組んでなんとかしよう』みたいな誘いはやめろよ」

機先を制され、言葉に詰まる優司。
まんまと考えていることを見透かされてしまった。

「なんとかするとすれば、俺が自分で考えて自分で行動する。人の手を借りたりはしない」

「…………」

「ほら、着いたぜ。ここだろ? お前の常宿は」

気付くと、優司がいつも泊まるマンガ喫茶の前に到着していた。
話に聞き入っていたため、到着に気がつかなかった。

「まあとにかく……俺がこうしてお前を送る役を買って出たのは、せめてお前に一言謝っておきたかったからだ。あいつらを代表してね。
 謝られたからって別に何も救われることはないだろうけど、せめて、な……」

「……そりゃどうも」

素っ気無く返事をする優司。

吉田は、優司の反応に対し少し逡巡した後、再び喋りだした。

「ちなみに神崎の件だけど……あれは本当だ。土屋たちは、本当に真剣に動いてる。
 土屋は、神崎のことを本気で恨んでるからな。まあ、逆恨みなんだけど。
 とにかく、早い段階で決まりそうだから、その件については安心してくれ」

「そうなんだ。それは嬉しいね」

今度も素っ気無く答えたが、内心では少し喜んでいた。
この状況で吉田が嘘をつくとは思えなかったので、おそらくこれは本当のことなのだろうと予想したからだ。

しかし、それを態度には出さなかった。

「それじゃそういうことでな。
 明日から新年だ。お前もお前なりにせいぜい頑張れよ。
 ……あと、俺はお前の味方じゃない。でも、敵でもないから、邪魔はしないよ」

「うん、わかった」

吉田は、優司の返事を確認すると軽く頷き、踵を返して今来た道を引き返していった。

優司は、吉田の消え行く後姿をボーっと眺めていた。

ここでふと思い立つ優司。

(しまった! どうせなら、乾のことも聞いておけばよかった。
 乾とも同じ小学校・中学校だったってことだもんな。
 ……でも、今更乾のことはどうでもいいか)

一瞬後悔したが、神崎と勝負できるならもう関係ない、ということに気付き、すぐに思い直しておとなしくマンガ喫茶へと入っていった。



◇◇◇◇◇◇



「どうも~! 明けましておめでとうございます!」

「おう、サトルか。新年くらい実家に帰って雑煮でもすすってろよな!
 全く、不健康な奴だよお前は。他のみんなは今日は休みだぞ?」

「そういう伊達さんだって、バッチリ朝一からパチ屋に並んじゃってるじゃないですか。しかも俺よりも先に!」

「まあなぁ……。正月ったって、別にすることないし」

「そうなんですよね……。お年玉を貰える歳じゃないし。
 正月の何が楽しいって、結局お年玉に尽きますからね」

明けて2005年1月1日、9:30。
西口にあるホール『クイーン』の前。
このホールは、神崎のグループの人間がよく使うホールだった。

このホールに、元日早々打ちに来ていた伊達。
待ち合わせていたわけではなかったが、偶然そこへグループの一人であるサトルも合流した。



一通りの雑談を終えると、サトルが話を切り替えた。

「ところで……まだ神崎さんには伝えてないんですか? 土屋から再勝負を申し込まれたこと」

「ああ、まだ伝えてない。あいつ今、忙しいからね。無駄に時間割かせるのも悪いだろ」

「例の心理系のカウンセラーってやつですか?」

「そう。資格を取るために結構前からハードに勉強してるからな。民間資格とはいえ、素人が取るにはやっぱ難しいって言ってね」

「でもああいう系の仕事って、まともにやってるとあんまり儲からないんですよね?」

「みたいだな。
 でも、真佐雄にとってそんなことはどうでもいいんだろ。自分が苦しんでることだから、同じように苦しんでる人を救いたい、ってことだろうから」

「パニック障害……ですか?」

「そう」

「なるほど……あの人らしいですね。
 でも、このまま土屋たちをほっといたら、また1年前みたいに暴れだすんじゃ……」

「そうなったらもう警察しかないだろ。
 土屋も、もういい歳なんだぜ? いつまでもガキみたいに暴れてたら社会的制裁が下るんだってことを思い知らせないと。どんなに脅されようとさ」

「前回もやたら脅してきましたもんね。警察に行っても無駄だ、俺らが捕まったら地元からさらに人が来てもっと暴れる、って。
 脅しだとはわかっていても、みんな先陣切って警察に行くのはやっぱ抵抗があったみたいで……」

「まあ、あの時はな。初めてのことだったし。
 でも、2回目ともなればそんなことは言ってられない。キリがないしな。
 仮に今回、真佐雄が再勝負を受けてまた勝ったとしても、3回目4回目があるかもしれないだろ?
 そんなもんに付き合ってらんないって」

「じゃあ、神崎さんには伝えないつもりですか?」

「ああ、余程のことがない限りね」

「そうですか……。まあ確かにその方がいいかも。あの人ばっかり割を食いすぎですもんね。
 病気のことにしたって……。
 神崎さんみたいな人がそういう病気だなんて、今でも信じられないですもん」

「……サトルさぁ、なんか勘違いしてるみたいだな。
 真佐雄みたいな人間だからこそなるんだよ。パニック障害みたいな病気に。
 いろいろ気を回せて、周りを見れてて、人の気持ちがわかる、っていうあいつだからこそ、ああいう病気になっちまうんだ。
 普通の奴よりもいろんなことがわかっちまって、普通のやつじゃ気付かないような不安に気付いちまうんだよ。
 ま、もちろん元々が神経質な性格ってのが基盤にあるんだろうけどな」

「へぇ……。なんでそんなこと知ってるんですか?」

「俺もいろいろ調べたんだよ。あいつがそういう病気になった、って聞いてね。
 大体お前、パニック障害がどういう病気か知ってるか?」

「いや、全然」

「あのなぁ……。
 まあいいや。
 パニック障害ってのは、パニック発作ってのを恐れるがあまりに普段の行動が制限されてくる病気だよ」

「パニック発作……? なんですかそれ?」

「パニック発作ってのは、動悸とかめまいとか吐き気とか冷や汗とかっていう、不快な症状が一気に襲ってくる不安の誤作動による発作だ。経験者によると、パニック発作ってのはこのまま死ぬんじゃないかってくらい辛い発作らしいぜ」

「へぇ……。
 そりゃ辛いっちゃ辛いでしょうけど、それくらいの発作で『死ぬかも』なんて思うんですかね?
 動悸とかめまいとかなんて、たまに普通にきますけどね」

「お前が普通に体験するような生易しいもんじゃないんだろ。
 それは、真佐雄も自分で言ってたし。死ぬほど苦しいって」

「なるほど……」

「で、そのパニック発作を日々恐れるようになって『今ここで発作が起こったらどうしよう』って感じで、電車とか
エレベーターみたいな物理的拘束が発生する場所に行けづらくなる、っていうふうになるらしい」

「……」

「ちなみに、パニック発作自体は普通に経験するヤツも多いんだってよ。
 でも、起こった発作に対して深く考えずに、『さっきの何だったんだろう。まあいっか』で済ませられるような
単純さを持ってれば、パニック障害には発展しないんだよ。
 パニック障害ってのは、発作の原因がわからないことに不安を覚えて、またいつあの発作が起こるかわからない、って怯えることで行動が制限される病気だからさ。
 パニック障害になる人間ってのは、完璧主義で、変に頭が回っちまうからそんな心配をするんだろうな。真佐雄みたいにさ。
 んで、いつ発作が起きるかわからないっていう不安から、さらに発作を誘発しちまう、みたいな」

「随分詳しいですね?」

「さっきも言ったろ? 頑張って調べたんだよ。
 そりゃ真佐雄の方が詳しいから、あいつから聞くのが手っ取り早いんだけど、それもどうかと思うだろ?
 だから、自分で詳しく調べてみたんだ」

「へぇ」

「まあ、突き詰めて言えば『不安過剰』なんだよ。要は、高所恐怖症とかと一緒。
 高所恐怖症の人間は、『え? この程度の高さで?』っていうようなところでビビってるだろ?」

「まあ、そうですね」

「あれと似たようなもんだよ。そういう不安障害の一種。
 でも、不安ってのは本来、賢い奴ほど感じるもんだ。『バカと煙は高いところが好き』って言うだろ? その言葉にも象徴されてるように、あんまり物事を深く考えないバカは高いところも平気なんだ。つまり、不安を感じる能力が低いんだよ。
 適度な不安ってのは、生物が生きてく上で絶対に必要な能力なのにな。
 そんな必須の能力が備わっていないってことは、バカってことだ」

神崎を庇いたいあまりか、極端な意見を披露する伊達。
しかし、すぐにサトルからの反論を喰らう。

「そ、そりゃ偏見だし言いすぎですよ……。俺、高いところ平気ですもん。じゃあ俺もバカなんですか?」

「え? まあ……そこまでは言わないけどよ……」

「まったく、自分がたまたま高所恐怖症だからってそういうふうに言って……」

「ち、違うって! そういうんじゃなくて……」

開店するまでの間、二人のやりとりは続いた。 
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