ゴーストスロッター

クランキー

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【第5章(最終章)】

■第116話 : 吉田と土屋

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「これでわかったよな? お前には他に行き場所なんてないってことが。
 俺に条件を突きつけられるような立場じゃないってことがよ」

終始落ち着いた声と態度。
しかしその中で、どこか威圧感を覗かせながら、逃げ場を潰していくように優司を攻める土屋。

優司は完全に土屋の勢いに飲まれてしまい、もはや反論する気力すら残っていなかった。

(今の状態でさえ、日高たちが許してくれるかどうか微妙なのに……。たとえ御子神が援護してくれたとしても。
 なのに、またこの上噂を流されるのか?
 しかも、今度のはあながち嘘でもない。確かに俺は、意地になって神崎との勝負に拘って……真実を知った上でここに残って……)

うつむき黙り込む優司。

(ダメだ……。ただでさえ俺に対して疑心暗鬼になっているであろうみんなに、またそんな噂を流されたら今度こそ決定的だ。もう俺のことなんて絶対に信じてもらえない……。
 たとえ日高や真鍋でも、もう俺のことを見捨てるはずだ……)

ひたすらマイナスなことが頭に浮かんでくる。
ただただうなだれ、目も段々と虚ろになってきた。

そんな優司の様子を確認し、土屋が口を開く。

「どうやらわかったみたいだな。打ち子たちの行動を改めろだとか、神崎との勝負を直近で組めとか、俺達にそんな要求なんてできないってことを。
 お前の要求なんざどうだっていいんだよ。お前は、言われた通り設定推測をやってりゃいいんだ。わかったか?」

動揺のあまり、何も答えられずにいる優司。
他の3人は、無関心を装いながら無言で酒と料理をつまんでいる。

「わかったかって聞いてんだろっ?」

ここまで一貫して落ち着いたトーンで喋っていた土屋だが、ここで急に語気を荒げた。

土屋の勢いに押され、優司は伏し目がちのまま微かに頷いた。

「へっ……まあいいや。
 ったくよ、もうちょいお前の機嫌を取りながらやっていこうと思ってたけど、ここまで牙を剥かれちゃしょうがないな。今までみたいに甘い態度は取ってらんねぇからよ。ま、悪く思うな」

「…………」

「でもまあ、安心しろよ。
 幸いにも、俺としても神崎との勝負は是非やってほしいんだ。これは嘘じゃねぇ。
 ……っつっても信じないだろうけど。
 とにかく、神崎との件については必ず早めに決める。今も動いてる最中だ。
 だから油断せずに、ベストな状態を常に保っておけよ? お前にはなんとしてでも勝ってもらわないと困るんだからな」

「……わかった」

もはや、あれこれ詮索する気力はなかった。

「よし、これでこの話は終わりだ!
 ほれ、夏目ももっと飲めよ? 酔いが醒めちまったんじゃねぇか? ほれ、ほれ!」

そう言って、焼酎がなみなみと入ったグラスを無理矢理優司に握らせた。



◇◇◇◇◇◇



「まずは……俺から謝っておくよ。悪いな、夏目」

帰り道、不意に吉田がポツリとこぼした。



忘年会がお開きになり、土屋は柿崎に優司を送っていくように言った。
いつものように、勝手な行動を取らせないための監視役として。

しかしここで、吉田が自ら申し出た。
俺が行く、と。

特に断わる理由もなかった土屋は、そのまま柿崎の代わりに吉田を監視役として優司につけたのだった。



不意に意外な言葉を口にした吉田に、驚きを隠せない優司。

「謝るって……急に何?」

「言葉通りの意味だよ。
 最近の土屋はひどすぎる。特にお前に対してな」

頭を掻きながら、ボソボソと喋った。

「……悪いと思ってんなら、なんとかしてほしいもんだよ。報酬の件とか、俺の扱いについてとか。
 今頃こんなとこで一言謝られたって仕方ないし」

口先だけの同情に聞こえ、やや腹が立ってきた優司。

「そう怒るなよ夏目。今の俺じゃ、どうしようもないんだからさ」

「……確かに、吉田……君は、あの中でもなんか蚊帳の外って感じだよね。幹部って言われながらも」

「ああ。今の土屋は、俺のことを金づるとしか見てない。しかも、今回の打ち子システムが完全に機能しだせば金についても問題なくなる。そうなったら俺はお払い箱だろうな」

「……」

「金づるって聞いて、別に驚きもしないんだな? 知ってたのか?」

御子神から聞いて知ってはいたが、もちろんここで御子神の名前は出せない。

今は味方っぽく話しかけてきているが、本当にこの男が信用できるのかどうかなどわからないのだから。

深読みすれば、これは吉田の演技かもしれない。
土屋に言われ、「同情したフリをして夏目にフォローを入れてこい」とでも言われているのかもしれない。

そして、吉田を信用させ、土屋の言う『証言者X』の正体や、優司の今の本当の心境などを探ろうとしているのかもしれない。

そんな疑念から、とりあえず何も語らず黙り込むことにした優司。

「……まあいいよ、答えたくないなら。
 お前は、俺のことなんて信用しちゃいないだろうしね。何か裏がある、くらいに考えてるだろ。
 まあ、これだけいろいろ騙されちゃ無理もないよな」

「…………」

「じゃあ、お前は喋らなくていいからただ聞いててくれ。誰かに愚痴を聞いてもらいたいから、勝手に喋るだけだからさ」

「…………」

「今お前は、土屋のことを蛇蝎のごとく嫌ってると思う。人間として最低だとすら思ってるかもな。
 ……でも、今はあんな奴だけど、昔は違ったんだぜ。
 そりゃ、悪い奴には違いなかった。グレてて、しょっちゅうケンカを吹っかけたり、カツアゲをしたり。
 でも、救いようのないワルってわけじゃなくて、一本筋が通ってた。ケンカやカツアゲも、普通の奴を相手には絶対にやらなかったしね。ツッパってる奴だけをターゲットにしてた。
 あと、仲間とか後輩も大事にしてたしな。
 だけど……今のあいつは、仲間や後輩を道具としか見ちゃいない。昔はあそこまでひどい奴じゃなかったのに……」

優司は、話の内容よりも、あれだけ無口な吉田がここまで流暢に喋っていることの方が興味深かった。

「俺が土屋の金づるだと知ってるってことは、家が金持ちなのも知ってるんだよな?
 ……ウチの親父は貿易会社を経営しててね。確かに、結構な金持ちだった。何不自由なく物はあった。
 でも……家庭内の空気は最悪だったよ。ありがちなパターンだよな。親同士が不仲で、しかも父親も母親もあんまり俺に構わなかった。子供の頃から常に孤独だったよ。
 その影響で性格も暗くなって、幼稚園でも小学校でもほとんど友達が出来なかった」

「…………」

「そんな状況の中で、土屋と出会ったんだ。小学5年の時に。
 たまたま席が近かったのがきっかけで、無口で陰気だった俺に、あいつの方から積極的に喋りかけてきてくれてさ。まあ、ただの気まぐれだったんだろうけど、本当に嬉しかったよ。
 で、それからはクラスのみんなとも打ち解けていってね。段々と毎日が楽しくなってきたんだ。全部、土屋のおかげでね。
 それまでは日々本当に辛くてさ。生きてても意味がないんじゃないか? って、小学生ながらに真剣に悩んでたよ」

「…………」

「で、中学に入っても土屋とは一緒にツルんでて、一緒にグレだして。
 高校は別々になったけど、学校が終わってからはよく会ってた。あいつは高校行ってからも相変わらずグレててね。俺は結構離れた高校に通ってたのに、それでもよくあいつの武勇伝が聞こえてきたもんだよ。どこどこの高校のNo.1だった誰々をやったらしい、とかね。
 本当あの頃のあいつは、強くて、一本筋が通ってて、仲間や後輩への情にも厚くて、あいつについていく人間もかなり多かったんだ。
 ……土屋は、俺の中でのヒーローだった」

吉田は、昔を懐かしむように目を細めながら喋り続けた。

ところが、ここで段々と吉田の表情が曇ってきた。

「だけど……。
 1年前のあの一件あたりから、あいつは急激に変わり始めた。神崎に負けたことを誰かが迂闊に口にしたのを知ると、そいつが仲間だろうとなんだろうと殴りかかってた。
 些細なことでもいちいちキレるようになって、段々とあいつから人が離れていったんだ。
 それで土屋は、さらに荒れていった。人を道具くらいにしか見なくなっていったんだ」

「…………」

「でも俺には、土屋がそうなっちまった理由が少しわかる気がする。
 そもそも、神崎を味方につけての打ち子システムを土屋が作ろうとしたのは、ロクに学歴もないから良い仕事に就けなくて金に困ってるっていう連中が後輩とか仲間に多かったから、そういう奴らの金の面倒を見てやりたかったってのと、いつまでも気心の知れた仲間たちと一緒に居たいからってのが発端だったんだ。
 そのために動いてたってのを知ってるのは俺と丸島だけだけどね。
 それなのに、その計画が失敗した途端、当時付いてきてた仲間とか後輩が陰で文句を言い始めた。『わざわざ遠出して出張っていって収穫なしか』みたいにね。
 連中にしたら、遠くの土地に泊まり込みで行って、土屋の指示通り街のスロッターたちをボコボコにして……って手間ひまかけたのに、何も報われることがなかったから、少しは文句を言いたくなる気持ちもわかるけどね。
 で、その陰口の延長で、神崎との勝負のことについてもいろいろ言われてた。9対0で負けるなんて格好悪すぎだろ、みたいに」

「…………」

「そりゃおかしくもなっちまうよな。仲間や後輩たちのために良かれと思ってやったのに、いくら失敗したとはいえ、陰でコソコソ文句なんか言われてたらさ……」

土屋に対し、根底から冷酷で人でなしだと思っていた優司だが、少しだけ印象が変わってきた。 
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