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【第5章(最終章)】
■第106話 : 日高たちの決断
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土屋たちのところから去り、日高たち3人は無言で西口まで歩いてきた。
その表情は、一様に暗い。
その理由は、先ほどの土屋たちとのやり取りだけが原因ではなかった。
実は土屋たちと離れた後、土屋の言葉がどうしても信じられず、すぐに日高は優司に電話をした。
しかし、繋がらなかった。
電話番号が変えられていたのだ。
これにより、「夏目がお前らとは会いたくもないし喋りたくもないと言っている」という土屋の言葉が、真実味を帯びてきてしまった。
沈黙に耐え切れず、真鍋がぽろりと言葉をこぼす。
「夏目の奴、それだけスロ勝負に拘ってたんかな……? それなのに俺達……」
日高が、すかさず返答する。
「そんなこと言うなよ遼介。俺達は夏目のことを第一に考えて、ポリシーを持って止めてたんだ。あいつの為にな。俺は、今でも後悔はしてないよ」
日高の意見を聞き、珍しくヒデも強く自分の意見を主張する。
「俺もそう思うよ。夏目を見てて、危ういなと思ったからみんなで止めてきたんだ」
「……」
「ヒデ、遼介、まだ決め付けるのはやめようぜ。
本当に夏目が俺達を避けてるかどうかなんてまだわからないんだからな。土屋の演技かもしれない。
夏目の電話番号が変わってたのだって、土屋に無理矢理変えられたのかもしれないしさ」
「そうあって欲しいもんだけどな」
「とにかく、この後は予定通り13時開店の『エース』に行こう。で、夜からは串丸だ」
「今日は夏目も来る予定だったから、普段来ないようなやつらもほとんど来るんだよな。夜から来る小島も含めて……10人くらいか?」
「ああ。その時に、他のみんなにも話しておくよ。夏目を見かけたら捕まえて、なんで土屋なんかと組んでるのかを問いただしてみてくれ、って」
「それがいいな。俺達だけで動くより、人数が多い方が手っ取り早い」
「ああ。とにかく、本人の口から聞かなきゃ納得できない。なんとしてでも早めに夏目とコンタクトを取って、どういうことなのか確かめよう」
「おう! そうしなきゃ始まらねぇな!」
真鍋の言葉に、ヒデも黙って頷く。
3人の表情に、いくらか生気が蘇っていた。
◇◇◇◇◇◇
「――ということなんだ。
でも、俺達は土屋の言うことを信じちゃいない。土屋が、俺達を夏目に近づかせないために適当なことを言ったのかもしれないからな」
21:30、串丸。
現在、飲んでいるメンバーは8人。
皆、日高のグループのメンバーだった。
日高のグループは全員で10人ほど。
しかし、日高・真鍋・ヒデ・小島の4人以外は、土日だけ加わったり、月に何度か時間が空いた日に加わったりする人間たち。
普通に社会人をしている者もいる。
なので、この日のように一堂に会することは珍しかった。
そして日高は、飲みが始まって早々にこれまでの経緯を説明し始め、優司の置かれている状況について語った。
優司が土屋のグループに入っていることは噂で知っていたが、どういう事情でそうなったのかは皆目検討がついていなかった一同。
しかし、ほとんどの人間が優司に対し嫌悪感を抱いたりはしていなかった。
優司は、日高・真鍋・ヒデ・小島以外のメンバーとはあまり深く関わっていなかったが、神懸り的な設定推測の能力と、基本的には人当たりの良いその性格から、他のメンバーからも概ね好かれていたのだ。
好かれていたというより、敬意を表されていた、というのに近い。
よって、外道・土屋と組んだという噂を聞きつつも、どこか嫌悪感を抱けないところがあった。
何かの間違いではないか、何かやむを得ない事情があったのではないか、と。
「そういうわけで、これから打ち回る時はどこかに夏目がいないかどうか注意しながら打って欲しいんだ。
で、見つけたらなんとしてでも捕まえて、真相を聞いて欲しい。なんで土屋なんかと一緒にいるのか、って」
皆、日高の方を向きながら頷いている。
「俺たちも、これからしばらくはあえて東口の方でも打ってみようと思う。
夏目は、間違っても『エース』には来ないだろうからな。
『エース』どころか、西口全般避けてそうな気がするから」
「ちょっといいかな、日高君」
メンバーの一人が質問してきた。
「あのさ、夏目君が一人で居たなら声をかけるのは簡単だけど、土屋たちと一緒に居た場合はどうするの? それでも声をかけるべき?」
「えっ……? そ、それは……」
思わず言葉に詰まる日高。
当然「それでも声をかけてくれ」と言いたいところだが、土屋という男がどういう男か知っているだけに、なかなかそうは言えなかった。
変にまどろっこしい言い方をするのが嫌だったので、日高は正直に思っていることを言うことにした。
「えっと、土屋たちが一緒に居た場合だけど……それは各々の判断に任せる。
でも、無理に行くことはない。土屋本人もそうだけど、取り巻きにも腕っぷしが強くて凶暴な奴が多いんだ。
知ってると思うけど、実際俺も一度土屋たちにやられてる。変に夏目に声をかけにいくと、俺と同じような目に遭う危険がある。
だから、状況を見て判断してくれ。取り巻きがいたとしても、問題なさそうな奴なら強引に夏目に話しかけに行ったり、やばそうなのがゴロゴロしてるようなら見送ったり、とかな」
質問をしたメンバーの表情が一気にこわばった。
それと同時に、場の空気全体がピリリとしたものになった。
土屋がどういう人間かという話は聞いていたものの、ほとんどの人間にとっていまいち実感がなかった。
しかし今の話で「実際に自分がそこまで危険な目に遭うかもしれない」ということを皆がリアルに想像してしまったのだ。
そんな空気を感じて、真鍋が大きな声で話しだした。
「まあとにかく!
簡単な話だよ。夏目を見つけて、声がかけられそうならかける、やめといた方が良さそうならやめる。それだけだ。無理する必要は全くない。単純だろ? なぁ、ヒデ?」
「ああ、そうだ。難しく考える必要なんてないよ。
別に絶対に声をかけろってことだじゃないんだし。
極論で言えば、夏目が一人でいるところを見つけたって、周りに土屋の仲間が見張ってるかも、って思ったら声をかけるのをやめたっていいんだ。別になんの強制もない。なるべくなら協力して欲しい、ってだけだ」
ヒデは、珍しく流暢に長いこと喋り続けた。
その様子に他のメンバーたちは、必死で自分達を安心させようとしてくれているのだな、と感じた。
ここで、先ほど質問したメンバーとは違う、いかにも若そうな一人のメンバーが身を乗り出してきた。
「……わかりました!
俺達は日高君たちに凄く世話になってるし、夏目君のことも好きでしたし、是非協力します!
もちろん危険は冒さないけど、もし夏目君を見つけて、いけそうな状況だったなら、ガンガン行っちゃいますよ俺!」
若いメンバーの勢いある発言で、周囲から「俺も俺も」と声が上がった。
「……ありがとう、みんな。マジ、助かるよ!
よし、今日はオゴる! 全部オゴリだ! お前ら、好きなだけ注文していいぞ!」
日高の言葉に、一斉に歓声が上がる。
そして、その歓声になぜか真鍋も乗る。
「うおぉ! やったぜ!
ほら、オゴリだってよっ? 頼もうぜ頼もうぜ!」
「言うまでもないけど、お前は払う側だぞ? 俺とお前でオゴるんだよ」
「え、ええっ~? うっそ~? 聞いてねぇよ!」
「言ってねぇもん。今決めたんだからさ」
「なんだよそれぇ……」
場に笑いが起こり、これをきっかけに先ほどまでのピリリとした空気が弛緩していき段々と場が和んでいった。
しかし、和んだ場は長くは続かなかった。
その表情は、一様に暗い。
その理由は、先ほどの土屋たちとのやり取りだけが原因ではなかった。
実は土屋たちと離れた後、土屋の言葉がどうしても信じられず、すぐに日高は優司に電話をした。
しかし、繋がらなかった。
電話番号が変えられていたのだ。
これにより、「夏目がお前らとは会いたくもないし喋りたくもないと言っている」という土屋の言葉が、真実味を帯びてきてしまった。
沈黙に耐え切れず、真鍋がぽろりと言葉をこぼす。
「夏目の奴、それだけスロ勝負に拘ってたんかな……? それなのに俺達……」
日高が、すかさず返答する。
「そんなこと言うなよ遼介。俺達は夏目のことを第一に考えて、ポリシーを持って止めてたんだ。あいつの為にな。俺は、今でも後悔はしてないよ」
日高の意見を聞き、珍しくヒデも強く自分の意見を主張する。
「俺もそう思うよ。夏目を見てて、危ういなと思ったからみんなで止めてきたんだ」
「……」
「ヒデ、遼介、まだ決め付けるのはやめようぜ。
本当に夏目が俺達を避けてるかどうかなんてまだわからないんだからな。土屋の演技かもしれない。
夏目の電話番号が変わってたのだって、土屋に無理矢理変えられたのかもしれないしさ」
「そうあって欲しいもんだけどな」
「とにかく、この後は予定通り13時開店の『エース』に行こう。で、夜からは串丸だ」
「今日は夏目も来る予定だったから、普段来ないようなやつらもほとんど来るんだよな。夜から来る小島も含めて……10人くらいか?」
「ああ。その時に、他のみんなにも話しておくよ。夏目を見かけたら捕まえて、なんで土屋なんかと組んでるのかを問いただしてみてくれ、って」
「それがいいな。俺達だけで動くより、人数が多い方が手っ取り早い」
「ああ。とにかく、本人の口から聞かなきゃ納得できない。なんとしてでも早めに夏目とコンタクトを取って、どういうことなのか確かめよう」
「おう! そうしなきゃ始まらねぇな!」
真鍋の言葉に、ヒデも黙って頷く。
3人の表情に、いくらか生気が蘇っていた。
◇◇◇◇◇◇
「――ということなんだ。
でも、俺達は土屋の言うことを信じちゃいない。土屋が、俺達を夏目に近づかせないために適当なことを言ったのかもしれないからな」
21:30、串丸。
現在、飲んでいるメンバーは8人。
皆、日高のグループのメンバーだった。
日高のグループは全員で10人ほど。
しかし、日高・真鍋・ヒデ・小島の4人以外は、土日だけ加わったり、月に何度か時間が空いた日に加わったりする人間たち。
普通に社会人をしている者もいる。
なので、この日のように一堂に会することは珍しかった。
そして日高は、飲みが始まって早々にこれまでの経緯を説明し始め、優司の置かれている状況について語った。
優司が土屋のグループに入っていることは噂で知っていたが、どういう事情でそうなったのかは皆目検討がついていなかった一同。
しかし、ほとんどの人間が優司に対し嫌悪感を抱いたりはしていなかった。
優司は、日高・真鍋・ヒデ・小島以外のメンバーとはあまり深く関わっていなかったが、神懸り的な設定推測の能力と、基本的には人当たりの良いその性格から、他のメンバーからも概ね好かれていたのだ。
好かれていたというより、敬意を表されていた、というのに近い。
よって、外道・土屋と組んだという噂を聞きつつも、どこか嫌悪感を抱けないところがあった。
何かの間違いではないか、何かやむを得ない事情があったのではないか、と。
「そういうわけで、これから打ち回る時はどこかに夏目がいないかどうか注意しながら打って欲しいんだ。
で、見つけたらなんとしてでも捕まえて、真相を聞いて欲しい。なんで土屋なんかと一緒にいるのか、って」
皆、日高の方を向きながら頷いている。
「俺たちも、これからしばらくはあえて東口の方でも打ってみようと思う。
夏目は、間違っても『エース』には来ないだろうからな。
『エース』どころか、西口全般避けてそうな気がするから」
「ちょっといいかな、日高君」
メンバーの一人が質問してきた。
「あのさ、夏目君が一人で居たなら声をかけるのは簡単だけど、土屋たちと一緒に居た場合はどうするの? それでも声をかけるべき?」
「えっ……? そ、それは……」
思わず言葉に詰まる日高。
当然「それでも声をかけてくれ」と言いたいところだが、土屋という男がどういう男か知っているだけに、なかなかそうは言えなかった。
変にまどろっこしい言い方をするのが嫌だったので、日高は正直に思っていることを言うことにした。
「えっと、土屋たちが一緒に居た場合だけど……それは各々の判断に任せる。
でも、無理に行くことはない。土屋本人もそうだけど、取り巻きにも腕っぷしが強くて凶暴な奴が多いんだ。
知ってると思うけど、実際俺も一度土屋たちにやられてる。変に夏目に声をかけにいくと、俺と同じような目に遭う危険がある。
だから、状況を見て判断してくれ。取り巻きがいたとしても、問題なさそうな奴なら強引に夏目に話しかけに行ったり、やばそうなのがゴロゴロしてるようなら見送ったり、とかな」
質問をしたメンバーの表情が一気にこわばった。
それと同時に、場の空気全体がピリリとしたものになった。
土屋がどういう人間かという話は聞いていたものの、ほとんどの人間にとっていまいち実感がなかった。
しかし今の話で「実際に自分がそこまで危険な目に遭うかもしれない」ということを皆がリアルに想像してしまったのだ。
そんな空気を感じて、真鍋が大きな声で話しだした。
「まあとにかく!
簡単な話だよ。夏目を見つけて、声がかけられそうならかける、やめといた方が良さそうならやめる。それだけだ。無理する必要は全くない。単純だろ? なぁ、ヒデ?」
「ああ、そうだ。難しく考える必要なんてないよ。
別に絶対に声をかけろってことだじゃないんだし。
極論で言えば、夏目が一人でいるところを見つけたって、周りに土屋の仲間が見張ってるかも、って思ったら声をかけるのをやめたっていいんだ。別になんの強制もない。なるべくなら協力して欲しい、ってだけだ」
ヒデは、珍しく流暢に長いこと喋り続けた。
その様子に他のメンバーたちは、必死で自分達を安心させようとしてくれているのだな、と感じた。
ここで、先ほど質問したメンバーとは違う、いかにも若そうな一人のメンバーが身を乗り出してきた。
「……わかりました!
俺達は日高君たちに凄く世話になってるし、夏目君のことも好きでしたし、是非協力します!
もちろん危険は冒さないけど、もし夏目君を見つけて、いけそうな状況だったなら、ガンガン行っちゃいますよ俺!」
若いメンバーの勢いある発言で、周囲から「俺も俺も」と声が上がった。
「……ありがとう、みんな。マジ、助かるよ!
よし、今日はオゴる! 全部オゴリだ! お前ら、好きなだけ注文していいぞ!」
日高の言葉に、一斉に歓声が上がる。
そして、その歓声になぜか真鍋も乗る。
「うおぉ! やったぜ!
ほら、オゴリだってよっ? 頼もうぜ頼もうぜ!」
「言うまでもないけど、お前は払う側だぞ? 俺とお前でオゴるんだよ」
「え、ええっ~? うっそ~? 聞いてねぇよ!」
「言ってねぇもん。今決めたんだからさ」
「なんだよそれぇ……」
場に笑いが起こり、これをきっかけに先ほどまでのピリリとした空気が弛緩していき段々と場が和んでいった。
しかし、和んだ場は長くは続かなかった。
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