ゴーストスロッター

クランキー

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【第5章(最終章)】

■第103話 : 哀れな末路

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23:00過ぎ。
優司たち5人は『げんた』を出た。

後半は皆泥酔していたため、なんら中身のない雑談ばかりだったこの飲み会。

やれどこどこのキャバクラが良いだの、やれ誰々がムカつくから呼び出すだのと、優司にとってなんら興味のない会話が繰り広げられていた。
主に土屋・丸島・柿崎の3人の間で。

店を出た後、逃げるようにして彼らと別れ、一人マンガ喫茶へと向かう優司。
なんであんな連中とツルんでるんだ俺は……という自己嫌悪とともに。

冴えない表情のまま、やや千鳥足で家路を急ぐ優司。

季節はもうしっかりと冬。
吹きつける冷たい風を顔に浴びて酔いを醒ましつつ、フラフラと歩く。

と、その時だった。

「よ、よぉ……。げ、元気か?」

不意に後ろから声が聞こえてきた。
その声はとても弱々しく、独り言のように思えた。

振り返りもせず、そのまま千鳥足で歩く優司。

「なぁ……無視すんなよぉ……」

どうやら独り言ではなかったようだ、と気付き後ろを振り返ると、そこには、何やら小汚い風貌をした男がぽつんと立っていた。

その姿を見て一瞬怪訝そうな顔をした優司だったが、みるみるうちに驚きの顔へと変わっていった。

「ま……またお前かよ…………」

「へへ……へへへ…………」

「ホントいい加減にしてくれよな、藤田……」

「おお、良かったよ、覚えててくれたんだ」

パチスロ勝負生活を始める前に、一度だけ変則的なノリ打ちの相棒として組んだ相手である藤田。

しかし、あっさりと優司を裏切ったことがきっかけで、その下劣な人間性を日高に知られ、グループをクビにされた。
そこから金に困り、ホームレス生活へと突入した男だった。

「げ、元気かい? 小奇麗なカッコして酔っ払ってられるってことは、まだパチスロ勝負をやってるんだ?
 で、勝ってるんだよね。さすがだぁ、凄いよね」

ぎこちない笑顔を作りながら、柔らかいトーンで話しかけてくる藤田。
その姿に違和感を感じる優司。

(最後に会ったのは……八尾との勝負前くらいか。
 確かあの時、最悪な別れ方をしたはずなのに、なんなんだこの柔和な態度は……?)

しかし、その答えはすぐに出た。

優司が黙ったまま様子を窺っていると、藤田は軽く下を向きながらボソボソと喋りだした。

「あ、あのさ……。
 頼みづらいんだけど、俺、ここ3日くらい何にも食べてなくて……」

すぐにピンときた。
なるほど、金の無心か、と。

目的を知るやいなや、優司は語調を荒げて言い放った。

「お前な、前も言ったと思うけど、俺に何をしたか覚えてるか?
 よく俺にそんなこと頼めるなっ? どういう神経してんだよっ?」

「そ、そんなこと言うなよぉ。
 もう俺、恨んでないからさ。仲直りしようよ。
 その仲直りの証として……な?
 1000円でいいんだ。とりあえず1000円でいいから、俺にくれないか……? 頼むよ……」

「ふざけるなッ!
 なんで俺がお前に恵んでやらなきゃいけないんだッ?
 どれだけ余裕が生まれようと、お前を助けてやろうなんて思うことは絶対にない! 甘ったれるなよな!」

「う……うぅ……」

口ごもる藤田に対し、さらに攻め立てる。

「大体なぁ、お前みたいなクズ野郎にはとっととこの街からも出てって欲しいくらいなんだよ! お前みたいなのが近くをウロウロしてると思うと吐き気がしてくるからなっ!」

「な、なんだと……?」

「さっさとどこかでくたばっちゃえよ! お前なんて生きてる価値もないんだからさ!」

自分の置かれている境遇にやりきれなさを感じ、気持ち的に追い詰められていることに加え、酒の勢いも手伝い、普段ならば発しないようなきつい言葉を藤田に浴びせかけた優司。

「ぎっ……ぐっ……」

歯を食いしばりながら、小刻みに震えている藤田。
怒りを抑えきれない、といった様子だった。

元々はガタイがよく、威圧感もある藤田。
しかし今は、3日もロクに食べておらず、普通に歩くことすら辛い状態。

優司との約束を破って折半するはずだった金を独り占めした時に、食って掛かってきた優司を殴り悠然と去っていったあの時のような威圧感・力強さは、もうどこにもなかった。

「なんだよその態度は? またあの時みたく俺を殴ろうってのか?
 いいよ、やってみろよ。今のお前なんかにやられはしないけどな」

「ぐ……うぅ…………」

「とにかく! もう二度と俺の前に現れるなよこの蛆虫ッ! わかったかっ?」

「うぉあーーーーーッ!」

我慢の限界を迎え、藤田は動かない体に鞭打って、優司に躍りかかった。

しかし優司も、これだけ挑発すればさすがに手を出してくるかもしれないと予測していたので、この藤田の動きにすかさず反応して横へ体を交わした。

見事によけられてしまった藤田は、そのまま止まることができず、飛びかかった勢いで電柱に頭から激突してしまった。

ドゥフッ、という鈍い音がし、そのまま藤田は前のめりに倒れこんだ。

(お、おいおい……大丈夫か……? 本当に死んだんじゃないだろうな)

少し心配になった優司は、藤田の様子を窺うため覗き込んだ。

すると、藤田が額から血を流しているのが見えた。
大した量ではなかったが、これだけ弱っている人間ゆえもしかしたら……と悪い想像が膨らむ。

しかし心配をよそに、藤田はのそりと動き出し、うめくようにして言葉を捻り出した。

「うぅ……覚えてろよ……夏目ぇ……覚えてろよ……覚えてろよ…………」

うわ言のように繰り返す藤田。
優司は途端に不気味さを覚え、少し距離を取った。

そして、「とにかく、二度と近づくなよ」と告げ、その場から足早に立ち去った。

(なんなんだよ……。またあんな奴と出くわしちまうなんて。
 まだこの街をうろついてたのか。
 くそっ! 不愉快な気分の時に不愉快な奴と会っちゃったな……)

優司は大きくため息をついた後、そのまま足早にいつものマンガ喫茶を目指して歩いていった。 
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