ゴーストスロッター

クランキー

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【第4章】

■第91話 : 「出ない答え」と「苦しむ男」

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広瀬の言葉により、意固地になっていた優司の考えが段々とほぐれてきていた。

ここだ、と感じた広瀬は、優司のためを思って畳みかける。

「そうだよ夏目。日高たちは、心から真剣に考えてくれてるんだよ。
 だって、彼らが自分達だけのことを考えるなら、夏目にガンガン勝負させるはずじゃん? 面白がってさ。
 で、うまいこと勝ち続ければ、夏目優司の名前を利用することだって出来るだろうし」

「……」

「とにかく、もう一度ゆっくり考えてみれば?
 俺から見ても、なんでそんなにパチスロ勝負にこだわるのかはイマイチ理解できないしさ。
 それほどこだわるものでもないと思うけどね。
 大体もう、夏目優司の名前はこの街で浸透しまくってるよ? 超凄腕ってことで。
 スロッターとしての実力を証明したいってことなら、もう充分目標は達成してるでしょ」

「それは……まあ……」

そう呟いた優司は、視線を下げ、グっと考え込んだ。

今まで、仲間内から再三再四止められてきたパチスロ勝負。
それでも、優司は折れなかった。とことんまで勝負しようとしていた。

しかし、自分よりも2つ年上で、一目も二目も置いている人間である広瀬からも同じような意見が出たことにより、段々と考えが揺らいできたのだ。

日高や真鍋たちのような友達関係とは少し違う広瀬からの言葉だからこそ、妙なフィルターがかからず素直に聞けた、という部分があった。

(俺にとって今一番大事なのは、日高や真鍋や小島やヒデたちだ。
 みんなといると本当に楽しいし、いろいろ気を使わずに喋れる。
 じゃあ、なんで俺はこんなに勝負にこだわってるんだ……? みんなの言うとおり、もうやめたっていいんじゃないか……?
 俺がスロ勝負にさえこだわらなければ、また日高たちと仲良くやれるのに……)

焼酎グラスを持ったままうつむき、自問自答が続く。

(でもここでやめたら、やっぱり日高たちに対して多少なりとも引け目を感じることにもなる。
 このまま勝負を続けても先がないんだから、ってのも、勝負を止められてる理由の一つだけど、メインの理由は『乾や神崎には敵わないから』ってことだし。
 結局、俺は乾や神崎には勝てないって思われてることになる。
 そんなネガティブな思いを受け入れて、またヘラヘラと友達付き合いをするなんてできるわけない……。
 でも……)

思考がいつもの堂々巡りに入ってしまった。

明らかに悩んでいる様子の優司を見て、広瀬が声をかける。

「夏目はさ、頭が良いからいろいろ考えすぎるんだよ。
 もっと単純に考えようぜ?
 体裁とかプライドとかは無視してさ、自分が一番望むことを優先すればいいじゃん!
 日高たちとまた仲良く酒飲んだりスロ打ったりしたいんだろ?
 じゃあ、素直にそうすりゃいいんだよ」

「……」

「何も難しいことなんかないじゃん!
 ただ、自分が一番だと思うことを優先すればいいんだけだ。簡単でしょ?」

「自分が一番だと思うこと……か……」

優司は、どこを見るでもなくボーっとしながらボソっと呟いた。



◇◇◇◇◇◇



23:30過ぎ。
時間も時間だということで、飲みを切り上げて店を出る優司と広瀬。

去り際、広瀬が優司に声をかけた。

「いろいろあると思うけどさ、そんなに考えすぎるなよ夏目!
 人生一度きりなんだから、楽しくいこうよ! あんまり難しく考えないでさ!」

「うん、そうだね。
 今日はありがとう! 本当にいろいろタメになったよ! それじゃ、また今度!」

「ああ、また飲もうよ! 今度は日高たちも交えてさ!」

「……うん、わかった! それじゃまた!」

こうして、二人は店の前で別れた。



◇◇◇◇◇◇



(やっぱり、やめるべきなのかなぁ、スロ勝負。
 広瀬君までもがああ言うんだもんな。
 変な意地なんて張らずに、素直に日高たちの意見に従って、また今まで通りの関係に戻るってのもアリなのかなぁ……)

帰り道、広瀬に言われたことを思い返しつつ歩いていた優司。

優司にとっては、何よりも大事な日高たちとの関係。
学生時代に得られなかった理想の関係が、ようやく今になって得られたのだから。

学生時代の同級生には信頼できる人間がおらず、親とも微妙な関係。
やっと出来た彼女とも、付き合い始めた頃からパチスロが原因で衝突の繰り返し。

そんな自分が、やっと得ることができた安息の場所。

自分の好きなスロの話や、くだらないバカ話に花を咲かすことが思う存分にでき、真剣な話ももちろん出来る。
そんなかけがえのない存在。

それを失うことは、優司にとって何よりも辛いことだった。

(でも……。それじゃあ、今まで俺の張ってきた意地はどうなる?
 ここまで頑張ってきたスロ勝負が中途半端に終わってもいいのか?)

もう、数え切れないほどやってきた自問自答。
またそのループに陥っていた。



悶々としながらも、いつものマンガ喫茶を目指し歩く。

いつも使っているマンガ喫茶へ行くためには、優司が今歩いている、駅まで続くこの遊歩道を利用するのが一番の近道。

ベンチや自販機が至るところに設置された、なかなか雰囲気の良い遊歩道。
優司は、酔いどれながらこの道をダラダラと歩くことが好きだった。

時間も時間なので、人通りは既にまばら。
歩いているのは、優司の少し後を歩く二人連れの若い女、そして正面から向かって歩いてくる一人の若い男だけだった。

正面から来る若い男は、酔っているのか軽くふらつきながら歩いている。

しかし、そんな周りの様子など気にせず、考えに耽る優司。

(どうしようか……。もうそろそろ答えを出さないと。
 いつまでもただ悩んでるだけじゃしょうがないし…… )

ひたすら悩み続ける。

するとその時だった。
向かいからやってきた若い男が、優司の目の前で大きく体勢を崩し、そのままうずくまってしまったのだ。

ここで、いろいろ考えていた優司の思考がピタリと止まり、この若い男だけに注意がいった。

(ん? な、なんだ?)

見ると、肩にかかりそうなほどの長さの黒髪を真ん中で分けた、20代中盤くらいの痩せ型・長身の男性だった。

立ち止まり、その男の様子を窺う優司。

しゃんとしていれば整っていそうなその顔が、今は苦悶の表情で歪んでいた。

どうしようかと迷っていると、後ろを歩いていた若い女二人連れは、優司と若い男を横目でチラっと見つつも、そのまま素通りしていった。

これにより、この男の周りには自分しかいないという状況に。

大きな悩みを抱えているゆえ、あまり軽々しく他人と関わる気分にもなれなかった優司だが、目の前で人が苦しんでいるこの状況で無視することはさすがにできなかった。

「あ、あの……だ、大丈夫ですか……?」

倒れこんだ男に声をかける優司。

「はぁ……ふぅ、ふぅ……」

「ど、どうしたんですか?」

「み、水を……」

うずくまっている男は、ポケットをまさぐりながら水を要求した。

「水……ですかっ? あ……じゃあ、ちょっと待っててください!」

目の前に自販機があることに気付き、男に断わりを入れた後、ダッシュで自販機へ水を買いに行った。

この時はまだ、この出会いが自分にとって大きな意味を持つとは露ほども知らなかった。
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