ゴーストスロッター

クランキー

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【第4章】

■第75話 : あの男に連絡だ!

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翌日の朝、駅前の喫茶店。
そこには、そわそわしながら一人で座っている優司がいた。

(さて……と。そろそろ来てくれる頃かな)

しきりに店の入り口付近へと目をやる。

優司は、鴻上との勝負に向け協力を仰ごうと、ある男をこの喫茶店に呼び出しておいたのだ。

将来のことや勝負のことについて悶々と悩んでいた、昨日のマンガ喫茶での夜。
ふと思い立ったことがあり、その男に連絡をいれ、『明日の朝、会ってくれないか』と頼んだ。

男は、深夜の電話なのにも関わらず快く対応してくれた上、呼び出しについても承諾。

こうした経緯で、優司は朝から一人で喫茶店にいる。



約束の時間である午前9時を回るか回らないかの時に、その男は店へと入ってきた。

すぐにその男の入店に気付き、軽く手を上げ合図する優司。

相手もすぐに気付き、軽く手を上げて挨拶した後、まずはカウンターで飲み物を注文。
それを受け取った後、ニコニコしながら優司の方へ近づいてきた。

「よぉ夏目!
 珍しいじゃん~、俺に用があるなんて~!
 どうしたよ急に?」

「やぁ、広瀬君!
 いきなり呼び出したりしてゴメン」

やってきたのは広瀬だった。
主に『マルサン』を中心にして立ち回るスログループのリーダーだ。



優司と広瀬が会うのは、あの八尾との勝負以来。

しかし実は、あれから一度、広瀬の方から優司と日高を飲みに誘ったことがあった。

日高はこの誘いを喜んだが、優司の方があまり乗り気ではなく、いろいろ理由をつけて「また今度」ということになってしまった。

優司が誘いを断った理由。

それは、広瀬の明るいテンションについていけるか若干心配、というのもあるが、それは理由のほんの一部。
それ以上に、広瀬の人間的な部分にやや気圧されているというのがあった。

優司にとって、広瀬の存在は眩しすぎるのだ。
その感情は、八尾との一件からさらに強いものとなった。

グループの人間から強烈に慕われていることは、広瀬と勝負をしている時にイヤというほど伝わってきた。

その上、あの傍若無人な八尾ですら心酔していたということもわかった。

実際優司も何度か接触し、広瀬という人間の大きさはヒシヒシと感じ取っている。

こういった強烈なカリスマ性が、優司にとっては逆に近寄りがたい存在に思えてしまったのだ。

もちろん、優司は広瀬のことが嫌いなわけではない。
むしろ逆で、憧れに近い感情すら持っている。

しかし、それが仇となっていた。

こんな感情を持ったことはないだろうか?
「好きすぎると、逆にあまり会いたくない」という感情を。

変に会ってしまい、そこで失言をしてしまったり悪気無く相手が嫌う行動をとってしまったりしたらどうしよう?と恐れて、ついつい会うのを避けてしまう。

会いさえしなければ、今より好かれることがなくとも、今より嫌われることもない。
嫌われる可能性があるなら、せめて現状維持でいたい。

人にもよるだろうが、多少神経質であったり心配性であったりする人は、一度くらいこうした感情を持ったことがあるかもしれない。

優司も、これに近い感情を持っていた。

しかし今回は、そんなことを言っていられる状況ではない。

逆に、かなり追い込まれていて通常ではない心理状態だったからこそ、無意識的に頼りになりそうな存在と感じている広瀬に、つい連絡をとってしまったのである。



話は戻る。



「いやいや、全然いいよ~。
 大体、夏目には借りがあるしな! そりゃ呼ばれたら来るって!」

「借り……?」

「うん、八尾のこと。
 夏目との勝負が終わってからのあいつ、随分素直になっちゃってさ。
 なんかいろいろ吹っ切れたみたい。
 俺に『また一緒に打とう。グループうんぬんじゃなく、仲間として』とか言ってきてさ。
 ったく、もっと早く言えっての!」

「おぉ……。あの八尾がそんなふうに……。
 伊藤君とか、他のグループのみんなは平気なの?」

「うん。別にあいつらには関係ないことだしね。
 まあ、顔合わすこともあるんだけど。
 でも、一時みたいな仲の悪さはもうないよ。
 ってか、八尾がグループを出て行ったあの一件は、伊藤とかも反省してたみたいでさ。『自分達に甘さがあったことがそもそもの原因』って言って、しばらくヘコんでたもん。
 実際、八尾とまたツルむって伝えた時も、伊藤たち、そんなに否定的じゃなかったんだよね。意外だったよ」

「へぇ……」

「八尾のヤツ、夏目に対しても、しきりに『済まないことをした』って言って悔やんでたよ」

「え? あの八尾が……?」

「ったく、そんなにウダウダ悩むんならパッと謝りに行って楽になれ、って言ってんだけどね。
 そんで、みんなでツルみゃあいいってさ!」

「は、ははは……」

まだあの勝負の時の悪い印象が強い優司にとっては、「八尾とツルむのはちょっと……」という心持ちだったが、それが態度に出ないよう必死に取り繕いながら、愛想笑いでなんとかごまかした。



◇◇◇◇◇◇



「どうしたん?
 随分と暗い顔してるじゃん」

八尾の話が終わってからも、しばらく雑談を展開していた広瀬。
しかし、生返事が多く元気がない優司の様子がふと気になり、ついつい質問をした。

「あ……い、いや……」

「ん?」

「その……いろいろ、なんかこんがらがっちゃって」

そう口にしながら、なんとなくうつむいてしまう優司。

鴻上のこと、日高や真鍋達とのこと、そして自分の将来のこと。
様々な悩みが交錯し、自然と元気がなくなっていた。

そんな優司を黙ったまま見据え、次の言葉を待つ広瀬。



今日優司が広瀬を呼び出したのは、鴻上との勝負のことだった。
勝負の見届け人を、日高や真鍋ではなく広瀬に頼もうとしていたのだ。

日高や真鍋とは折り合いが悪いまま。
そんな彼らに頼むのはちょっと辛い。
頼めばやってくれるかもしれないが、どうにも頼む気にはなれない。

そんな理由から、鴻上との勝負の場に出てきてもらえないかと相談するつもりでいた。

しかし、所詮は負けなければいけない勝負。

必然的に、負けた後のこと、つまり、今後自分はどうしていけばいいのかという部分の悩みや疑問の方が優司の中で大きくなっていたのだ。

自分は将来どうすればいいのだろう、自分と同じような立場の人間は将来どうしていくのだろう、と。 

広瀬を呼び出した段階、いや、なんならこの喫茶店に入った段階でも、広瀬と会ったらまずは勝負の見届け人の件を話そう、と決めていた優司だが、話し込むうちに段々と「将来のこと」の方が気になりだしてしまった。



「ねぇ広瀬君、ちょっと聞いてもいいかな……?」

しばらく沈黙が続いた後、その沈黙を破り優司が話を切り出した。

「ん? どうした~?」

「いや……大したことじゃないんだけどさ……。
 あの……広瀬君は……あのさ…………」

「……?」

「い、いや。
 あ、あのさ! 変なこと聞くようだけど、広瀬君は、将来どうしていこうと思ってるのっ?」

「へ?」

「ほ、ほら。このままずっとパチスロ打って生活しようとは考えてないんでしょ?
 やっぱり、ある程度の年齢になってくると体もキツくなってくるし、世間の風当たりももっと強くなるだろうし……」

「ああ、そういうことね!
 漠然と聞かれたから、何のことかと思っちゃったよ~!
 何? そんなこと考えてて暗くなってたの?」

「は、はは……。ま、まあ……」

「なるほどね~。
 ……で、将来どうするか、でしょ?
 もちろん、このままパチスロで喰っていこうなんて思ってないよ。こんな非生産的なこと、いつまでもやってるわけにもいかないしさ。いろいろ考えてはいるつもりだよ」

「あ、やっぱりそうだよね……」

広瀬の答えに、心のどこかでがっかりしてしまう優司がいた。

自分は将来どうしていけばいいのか全く検討がついておらず、ただただ悶々としながらスロ勝負に心が囚われている状態。

そんな自分と、少しでも似たような立場の人間が身近に居て欲しかった。
同じく悶々と悩んでいるような、「仲間だ」と思える人間が居て欲しかった。

だが、そんな自己中心的な仲間願望はやはり叶わなかった。

広瀬が言葉を続ける。

「こんなことしてられるのも若いうちだけだよ。
 ……って、ホントは若いうちだろうとこんなことしてちゃいけないし勿体無いんだろうけどさ。
 社会に対してなんの役にも立ってないんだもんな、俺。半人前もいいとこだよ」

「……」

「でもさ、今はこれでいいんだって割り切ってる。
 こんな生き方しか出来なかったわけだし、実際こういうふうに生きちゃってるわけだし。
 それを今更悔やんでも仕方ないでしょ」

「うん……。まあ、そうだよね」

「だから、いちいち過去を悔やんだりはせずに、先のことを一生懸命考えるようにしてる。
 今決まってることは、23歳になったらスッパリとスロと縁を切って実家の家業を継ぐ、ってこと。
 これはもう親にも言ってあるし、グループの皆も知ってる。
 今、俺が22だから、そろそろだね」

「えっ……? そ、そうなの……?」

「うん。これはもう決定事項。
 厳密に言うと7ヵ月後からだね。そこで23になるから。
 まあ、親からは『そんなこと言ってないで今すぐヤメろ!』って言われてんだけど、そんなことができるならとっくにヤメてるって話だよ。
 俺みたいな欠陥人間は、そういうことができないからズブズブとスロ生活に浸かっちゃってるんだもんな」

「…………」

「無理矢理期限切って、周りにもそれを伝えて、これでヤメないわけにはいかない!って状況まで自分を追い込んで初めてそれを守れる、みたいな。
 ……うわ、自分で言ってて悲しくなってくるなぁ。
 なんてダメなヤツだ俺は……」

「い、いや。全然ダメじゃないと思うけど……。
 むしろ、俺から見れば凄いとすら思うよ。
 そうやって前に進もうとして、好きなことだろうと切り捨てていくってのは誰にでもできることじゃないと思うし」

「おお~、そう言ってくれると嬉しいよ!
 やっぱさ、好きで始めたことだし、ここまで続けてきたし、最後は納得いくまでやりたい、っていう思いもあるんだよね。後で後悔しないように。
 中途半端にスロやめて家業継いじゃうと、ああ、もうちょっとスロ生活をしとけばよかった、みたいなことになりそうで怖いしね。
 前々から期限をつけておいて、そこまで全力でスロっておけばスッキリしそうだな、と思ってさ。
 これが正しいのかどうかは全然わかんないけど」

広瀬の意外な決意を聞き、内心さらに落ち込んでしまった優司。

程々で区切りをつける。
自分には全く出来ていないこと・出来そうにもないことを、目の前の男はやろうとしている。

スロにどっぷりハマった、という点では似たような境遇である人間からの前向きな意見。

年齢が2つ違うので同じ立場ではないのだが、それでも、なんら前向きな考えが持てない優司にとっては、この広瀬の意見は大きく心に刺さった。

「広瀬君、いろいろ考えてたんだね……」

「でも、つい1年か2年前なんだけどね、こんなふうに考えられるようになったのも。
 働く親父の姿とか見ててさ、それでなんとなく」

「……広瀬君の家って何をやってるの?」

「ウチ? 八百屋だよ」

「八百屋……?」

「うん。
 なんかパッとしないだろ? 今時八百屋って」

「い、いや……そんなこともないけど……」

「無理すんなって!
 俺だって最初、自分の家が八百屋ってのが凄いイヤだったもん。
 しかも、将来は継げってうるさかったし。
 今にして思えば、それがスロ生活に入る最大の理由だったなぁ。妙に反発しちゃってさ」

「……」

「昔は、八百屋なんて死んでもやりたくなかった。
 俺にはもっと他にやりたいこと、やるべきことがあるんだって漠然と思ってたね。
 きゅうり一本売って何十円の儲け、とかやってらんねぇ、みたいな」

「……」

「でも、今じゃ考え方が真逆になったんだよね。
 お客さんのことを真剣に考えて、新鮮な野菜にこだわって仕入れて、それを売ってた親父の姿が妙に眩しくて。
 ちゃんと社会の一員として活動して、それで収益を得てメシにありつく。
 こんな当たり前のことが、今更ながらなんか凄いカッコ良く見えてさ」

あまりにまともな意見が飛び出してきたことに、若干たじろぐ優司。

一見チャラけているように見える広瀬からの言葉なので、その意外性はより一層だった。

そして次の瞬間、広瀬から優司に対し、話の流れからいくと当然とも思われる質問が飛んできた。

「ところで、夏目んとこの親は何やってる人? サラリーマン?」

「え……? ウ、ウチの親……?」

「うん。
 あ、なんかマズかったら答えなくていいけどさ」

「い、いや、そんなことないよ」

「……?」

明らかに表情が引きつってしまった優司。
しかし、必死で平静を装いながら返答した。

「普通のサラリーマンだよ。一般企業にお勤め中の」

「ふーん……」

「……」

なんとなく、親が開業医だということを言いそびれた優司。

家業を継ぐ、的な話があったことでバツが悪くなったこともあるが、それ以上に、親との確執が根底にあり、正直に話すことができなかった。 
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