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【第3章】
■第63話 : 飲みに行こうぜ!【第3章 完】
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話は戻り、優司と八尾との勝負終了後の現場。
突如現れた広瀬に驚き、皆固まっている。
だが、広瀬は気にしない様子で八尾に話しかけた。
「お前がグループを抜けてから1ヶ月以上経つのかぁ。
で、どうだった? 抜けた後の収支は?」
「……」
「何黙ってんだよ八尾ぉ? 答えてくれてもいいだろ~?」
ニコニコしながら、柔らかい口調で喋り続ける広瀬。
呆気に取られながらも、八尾はなんとか応対しようとする。
「あ……いや……。
まあ……そこそこには……」
「だよな? ちゃんと収支は維持できてるだろ?
そう思ったからこそ、お前は独立させたんだ。伊藤じゃそうはいかなかっただろうからな」
「えッ……?」
「何驚いてんだ?」
「いや……だって……」
「まあいいや」
そう言って、優司の方へ体を向ける広瀬。
「おっす! 久しぶり……でもないな。
こないだ会ったもんな」
「あ……う、うん」
「いつになったら俺と『ラーメン寿司』行ってくれるんだよぉ~。誘われるの待ってんだぜ~?」
「ま、まあそれはまた今度……」
「そっかそっか。まずはそれどころじゃないな。なぁ、八尾?」
八尾は、何を言っていいかわからずただ下を向いた。
ふぅ、と軽く息を吐いた後、広瀬が言う。
「お前、負けたんだろ?
それにしてもすげぇ顔してんなぁ……。殴り合いまでしたのか?」
「…………」
「ところでさ、なんでお前、こんな勝負仕掛けたんだよ」
広瀬のこの問いに、しばらく黙った後、意を決したように呟く八尾。
「……か、関係ないだろ」
やっと喋ったと思ったら、やけに素っ気無い言葉。
残念そうに大きくため息をつき、広瀬が再び喋りだす。
「どうしてこんな風になっちまったんだろうなぁ。
つい1ヶ月前くらいまでは、あんなに楽しかったのになぁ。
お前もそうだっただろ?」
黙りこむ八尾。
さらに広瀬が言葉を継ぐ。
「お前が独立してからは、俺から連絡を取ろうとしてもやけに避けてたよな。
信次を使って遠まわしに俺と会うのを拒んでさ。
どうしてそうなっちまったんだ?
そもそも……なんでいきなり夏目に勝負を仕掛けたんだよ。勝ってどうするつもりだったんだ?」
「……アンタはいつもそうだ。俺の考えてることなんか全然わかっちゃいない。
わかってるようでわかってないんだよッ!」
「いいや、わかってないのはお前だよ、八尾」
「違う! そっちが何もわかってないんだッ!」
「…………」
「俺は……対等になりたかった。認めて欲しかった。
それで……それで、ヒロちゃんと普通の『友達』になりたかったんだッ!」
八尾の言葉を聞いた広瀬は、小さく何度か頷いた。
「だから、わかってないのはお前だって言ってんだよ」
「な、なんでだよっ? 俺のどこが間違ってるっ?
対等になりてぇと思っちゃいけないってのかよッ!
確かに、昔は世話になったよ。今でも感謝してる。おかげで今じゃ完全な勝ち組だ。
でもな、それでもいいじゃねぇかよ!
ヒロちゃんと対等な存在になりてぇって思ってもいいじゃねぇかよッ!」
「だからさ、何度も言ってるだろ? お前はわかってないってよ。
俺らは元から対等じゃんよ。何を勘違いしてんだ? どっちが上も下もないよ」
「え……?」
「まさかお前がそんな風に思ってたとはなぁ。思いもしなかったよ。
俺の方では、お前とは普通の友達だと思ってた。
確かに、伊藤達とは若干師弟関係みたいなところはある。
あいつら、歳も下だしな。
でも、不思議と昔からお前とはそんな感じがしなかったんだよなぁ」
「う、嘘だ……」
「なんで嘘なんだよ?
というか、お前がそんなふうに卑屈になってるってのを知ったのは最近だよ。
俺がお前をグループから外したのは、クビとかじゃなくて『独立』って意味だったんだ。
実力的にも充分だと思ったし。
他のヤツらとも噛み合ってなかったから、お前にとっても独立した方がよさそうだったしな」
「実力が充分……?」
八尾が聞き返す。
ここで、優司が『しまった』という顔をしながら入ってきた。
「あ、あのさ、八尾……。
わ、わるい、朝の俺の言葉、あれ、嘘なんだよ。
広瀬君が八尾の腕を認めてないっての。
あまりにもお前の挑発がムカついてさ、ついつい……」
「……」
複雑な表情のまま黙り込む八尾。
しかし、その表情はどんどんと崩れていった。
「……うぅ……ヒロちゃん…………ゴメン…………」
崩れ落ち、地面に膝をつきながら、八尾はさめざめと泣き出した。
驚き、慌てて声をかける広瀬。
「ど、どうしたんだよ八尾っ?」
「俺……ヒロちゃんのカタキ、取れなかったよ……。
金なんかどうでもよかった……。
俺が勝てれば、それでヒロちゃんの方が夏目より上だってことを証明できるはずだったんだ……。
どんな方法で勝とうが、 俺が勝ったっていう既成事実さえ作っちゃえば……」
「え……? ど、どういうことだよ?」
広瀬は、目を丸くしながら質問した。
「俺が夏目に勝てれば、俺よりも遥かに実力が上のヒロちゃんが返り咲けると思って……。
この街で、ヒロちゃんが最強だってことを証明したくて……」
「…………」
優司、日高、信次、広瀬。
この場にいた全員が絶句し、茫然とした。
まさか、八尾がここまでパチスロ勝負に執念を燃やしていた理由が、広瀬の敵討ちだったとは誰も予想だにしていなかった。
やや間があった後、広瀬が話しだす。
「……八尾、別に俺は返り咲きを狙わなきゃいけないほど落ちぶれちゃいないし、夏目を見返したいなんてことも思ってない。
もちろん、この街でトップだとも思ってないし、思われようともしてない。
お前は、俺のことを特別視しすぎてるんだよ」
「……」
「友達から、なんらかの情報を聞くなんてのは普通のことだろ?
『あの店のあれはうまい』とか、『テストでこのへんが出そうだぜ』とか、そんなことは普通に教えてもらうだろ?」
「……」
「スロの勝ち方だって同じだよ。
俺は、スロで勝つ為のきっかけとなる情報をお前に伝えただけで、結局最後は本人次第だ。
稼動に対する貪欲さとか、ホール探しや知識吸収のための努力だとか、そういうのがモノを言うんだ。
俺は、きっかけを与えたに過ぎない。そんな過剰に感謝するようなことでもないんだよ」
「ヒロちゃん……」
「ま、俺はお前のそういうとこ、嫌いじゃないけどな!
不義理なヤツよりはよっぽどいいよ」
「…………」
涙目のまま、うつむき加減の八尾。
優司・日高・信次の3人は、広瀬と八尾のやりとりを黙って見守っている。
「……さてと、もうこのへんでコイツのこと勘弁してやってくれないかな、夏目。
八尾のことだからいろいろやらかしたんだろうけど、もちろん負け金は払うつもりだろうし、今後は厄介なこと
仕掛けたりはしないだろうからさ」
「え……?
あ、別に俺は許すも許さないもないよ。もう勝負は終わったし」
「そっか、ありがとな夏目。
ほら、八尾! 早く負け金を渡しちまえって。
でよ、今から呑みに行こうぜ~。なぁに、30万失ったお前に金出させるつもりはないからよ! 俺がオゴってやっから!」
「ヒ、ヒロちゃん……
ご、ごめん……ほ、ほんとに……いろいろ……ごめ…………」
財布から30万円を取り出しながら、大粒の涙をこぼす八尾。
「だからぁ! 何を謝ることがあるんだよ。ほら、その30万をさっさと夏目に渡せ」
顔を伏せながら、八尾は優司に30万円を手渡した。
「よし、それじゃ行くぞ! ほら、信次も来いよ。
3人で飲むのは久しぶりだなぁ~!」
広瀬が八尾と信次の肩を抱き、強引に歩き出した。
「そんじゃ、こいつらはもらってくから! 夏目、日高、また今度な!」
広瀬の弾んだ声が、辺りに響き渡った。
◇◇◇◇◇◇
「……やっと終わったな、夏目」
缶ビール片手に、しみじみと言葉を漏らす日高。
「うん、今回の勝負はやけに長く感じたよ。
最後にいろいろあったからとかじゃなくて、勝負の内容的に、ね……」
場所は、『ベガス』の近くにある公園のベンチ。
二人だけで、コンビニで買った缶ビールで静かに祝杯をあげていた。
皆を呼んで騒ぐ気にはなれず、なんとなく二人きりで飲んでいるのだ。
つまみとして買った柿の種を口に放り入れ、ボリボリとやりながら日高が口を開く。
「はっきりとはわからないけど、広瀬と八尾の会話の内容からすると、あの二人、過去にいろいろあったっぽいな」
「……うん。よっぽど、広瀬君に助けられたんだろうね。」
あれだけ誰に対してもふてぶてしい八尾が、広瀬君に対しては別人かと思うほどの態度だったし」
「ああ、そうだな」
「なんか……あれだけ憎たらしかった八尾が、広瀬君とのやりとりを聞いてるうちに段々まともなヤツに見えてきたよ。ついさっきまで、本気でどうしようもないヤツだと思ってたのに」
「確かにな。今の世の中、あそこまで自分を犠牲にして恩を返そうとするヤツなんてなかなかいないもんな。
ましてや、一旦自分をクビにしたと思い込んでるような人間に対して……」
「とんでもないクセ者だと思ってた八尾が、実は誰よりも義理堅くて純粋だった、ってことか……」
その後も、八尾と広瀬の意外な関係性について、静かなトーンで言葉を交わし合った。
ひとしきり八尾と広瀬についての話をしたところで、今度は優司が勝負について振り返りだした。
「それにしても、今回の勝負、本当ギリギリだったよ」
「ん?」
「だってさ、もし八尾が『店員買収』っていう手に出ていなければ、俺は多分負けてたと思うんだ。
俺みたいなヒキ弱が勝つには、俺が設定1であいつが設定6に座るって構図を作らなきゃならなかったんだからね」
「……」
「でも、それは普通に考えたら不可能じゃん?
そこそこの腕のある八尾を、あのルールで設定6に縛り付けることはさすがに厳しいし。
つまり、八尾の『店員買収』って行動がなければ、今回みたいに、それを逆手にとってアイツを6に縛り付けることはできなかったってわけ」
「言われてみればそうだな。
八尾は、広瀬も認めるくらいの腕なわけだし」
「そうなんだよね。
ほんと、八尾の店員買収がなかったらと思うとゾッとするよ……」
「……」
「……ま、でもさ、それも実力のうちってことで!
禍福はあざなえる縄のごとしだよ!」
「何だよそれ?」
「幸と不幸は表裏一体ってこと。
普段あれだけのヒキ弱を喰らってる俺なんだから、他の部分ではちょっとくらい運が回ってきたってバチは当たらないよ!」
「……ま、俺はそういうオカルト的な考えは好きじゃないけど、今日くらいはいいかな」
「真鍋ならきっと賛同してくれるんだけどなぁ」
この優司の言葉に、思わず小さく笑ってしまう日高。
優司も、日高に合わせるかのように小さく微笑んだ。
【第3章 完】
突如現れた広瀬に驚き、皆固まっている。
だが、広瀬は気にしない様子で八尾に話しかけた。
「お前がグループを抜けてから1ヶ月以上経つのかぁ。
で、どうだった? 抜けた後の収支は?」
「……」
「何黙ってんだよ八尾ぉ? 答えてくれてもいいだろ~?」
ニコニコしながら、柔らかい口調で喋り続ける広瀬。
呆気に取られながらも、八尾はなんとか応対しようとする。
「あ……いや……。
まあ……そこそこには……」
「だよな? ちゃんと収支は維持できてるだろ?
そう思ったからこそ、お前は独立させたんだ。伊藤じゃそうはいかなかっただろうからな」
「えッ……?」
「何驚いてんだ?」
「いや……だって……」
「まあいいや」
そう言って、優司の方へ体を向ける広瀬。
「おっす! 久しぶり……でもないな。
こないだ会ったもんな」
「あ……う、うん」
「いつになったら俺と『ラーメン寿司』行ってくれるんだよぉ~。誘われるの待ってんだぜ~?」
「ま、まあそれはまた今度……」
「そっかそっか。まずはそれどころじゃないな。なぁ、八尾?」
八尾は、何を言っていいかわからずただ下を向いた。
ふぅ、と軽く息を吐いた後、広瀬が言う。
「お前、負けたんだろ?
それにしてもすげぇ顔してんなぁ……。殴り合いまでしたのか?」
「…………」
「ところでさ、なんでお前、こんな勝負仕掛けたんだよ」
広瀬のこの問いに、しばらく黙った後、意を決したように呟く八尾。
「……か、関係ないだろ」
やっと喋ったと思ったら、やけに素っ気無い言葉。
残念そうに大きくため息をつき、広瀬が再び喋りだす。
「どうしてこんな風になっちまったんだろうなぁ。
つい1ヶ月前くらいまでは、あんなに楽しかったのになぁ。
お前もそうだっただろ?」
黙りこむ八尾。
さらに広瀬が言葉を継ぐ。
「お前が独立してからは、俺から連絡を取ろうとしてもやけに避けてたよな。
信次を使って遠まわしに俺と会うのを拒んでさ。
どうしてそうなっちまったんだ?
そもそも……なんでいきなり夏目に勝負を仕掛けたんだよ。勝ってどうするつもりだったんだ?」
「……アンタはいつもそうだ。俺の考えてることなんか全然わかっちゃいない。
わかってるようでわかってないんだよッ!」
「いいや、わかってないのはお前だよ、八尾」
「違う! そっちが何もわかってないんだッ!」
「…………」
「俺は……対等になりたかった。認めて欲しかった。
それで……それで、ヒロちゃんと普通の『友達』になりたかったんだッ!」
八尾の言葉を聞いた広瀬は、小さく何度か頷いた。
「だから、わかってないのはお前だって言ってんだよ」
「な、なんでだよっ? 俺のどこが間違ってるっ?
対等になりてぇと思っちゃいけないってのかよッ!
確かに、昔は世話になったよ。今でも感謝してる。おかげで今じゃ完全な勝ち組だ。
でもな、それでもいいじゃねぇかよ!
ヒロちゃんと対等な存在になりてぇって思ってもいいじゃねぇかよッ!」
「だからさ、何度も言ってるだろ? お前はわかってないってよ。
俺らは元から対等じゃんよ。何を勘違いしてんだ? どっちが上も下もないよ」
「え……?」
「まさかお前がそんな風に思ってたとはなぁ。思いもしなかったよ。
俺の方では、お前とは普通の友達だと思ってた。
確かに、伊藤達とは若干師弟関係みたいなところはある。
あいつら、歳も下だしな。
でも、不思議と昔からお前とはそんな感じがしなかったんだよなぁ」
「う、嘘だ……」
「なんで嘘なんだよ?
というか、お前がそんなふうに卑屈になってるってのを知ったのは最近だよ。
俺がお前をグループから外したのは、クビとかじゃなくて『独立』って意味だったんだ。
実力的にも充分だと思ったし。
他のヤツらとも噛み合ってなかったから、お前にとっても独立した方がよさそうだったしな」
「実力が充分……?」
八尾が聞き返す。
ここで、優司が『しまった』という顔をしながら入ってきた。
「あ、あのさ、八尾……。
わ、わるい、朝の俺の言葉、あれ、嘘なんだよ。
広瀬君が八尾の腕を認めてないっての。
あまりにもお前の挑発がムカついてさ、ついつい……」
「……」
複雑な表情のまま黙り込む八尾。
しかし、その表情はどんどんと崩れていった。
「……うぅ……ヒロちゃん…………ゴメン…………」
崩れ落ち、地面に膝をつきながら、八尾はさめざめと泣き出した。
驚き、慌てて声をかける広瀬。
「ど、どうしたんだよ八尾っ?」
「俺……ヒロちゃんのカタキ、取れなかったよ……。
金なんかどうでもよかった……。
俺が勝てれば、それでヒロちゃんの方が夏目より上だってことを証明できるはずだったんだ……。
どんな方法で勝とうが、 俺が勝ったっていう既成事実さえ作っちゃえば……」
「え……? ど、どういうことだよ?」
広瀬は、目を丸くしながら質問した。
「俺が夏目に勝てれば、俺よりも遥かに実力が上のヒロちゃんが返り咲けると思って……。
この街で、ヒロちゃんが最強だってことを証明したくて……」
「…………」
優司、日高、信次、広瀬。
この場にいた全員が絶句し、茫然とした。
まさか、八尾がここまでパチスロ勝負に執念を燃やしていた理由が、広瀬の敵討ちだったとは誰も予想だにしていなかった。
やや間があった後、広瀬が話しだす。
「……八尾、別に俺は返り咲きを狙わなきゃいけないほど落ちぶれちゃいないし、夏目を見返したいなんてことも思ってない。
もちろん、この街でトップだとも思ってないし、思われようともしてない。
お前は、俺のことを特別視しすぎてるんだよ」
「……」
「友達から、なんらかの情報を聞くなんてのは普通のことだろ?
『あの店のあれはうまい』とか、『テストでこのへんが出そうだぜ』とか、そんなことは普通に教えてもらうだろ?」
「……」
「スロの勝ち方だって同じだよ。
俺は、スロで勝つ為のきっかけとなる情報をお前に伝えただけで、結局最後は本人次第だ。
稼動に対する貪欲さとか、ホール探しや知識吸収のための努力だとか、そういうのがモノを言うんだ。
俺は、きっかけを与えたに過ぎない。そんな過剰に感謝するようなことでもないんだよ」
「ヒロちゃん……」
「ま、俺はお前のそういうとこ、嫌いじゃないけどな!
不義理なヤツよりはよっぽどいいよ」
「…………」
涙目のまま、うつむき加減の八尾。
優司・日高・信次の3人は、広瀬と八尾のやりとりを黙って見守っている。
「……さてと、もうこのへんでコイツのこと勘弁してやってくれないかな、夏目。
八尾のことだからいろいろやらかしたんだろうけど、もちろん負け金は払うつもりだろうし、今後は厄介なこと
仕掛けたりはしないだろうからさ」
「え……?
あ、別に俺は許すも許さないもないよ。もう勝負は終わったし」
「そっか、ありがとな夏目。
ほら、八尾! 早く負け金を渡しちまえって。
でよ、今から呑みに行こうぜ~。なぁに、30万失ったお前に金出させるつもりはないからよ! 俺がオゴってやっから!」
「ヒ、ヒロちゃん……
ご、ごめん……ほ、ほんとに……いろいろ……ごめ…………」
財布から30万円を取り出しながら、大粒の涙をこぼす八尾。
「だからぁ! 何を謝ることがあるんだよ。ほら、その30万をさっさと夏目に渡せ」
顔を伏せながら、八尾は優司に30万円を手渡した。
「よし、それじゃ行くぞ! ほら、信次も来いよ。
3人で飲むのは久しぶりだなぁ~!」
広瀬が八尾と信次の肩を抱き、強引に歩き出した。
「そんじゃ、こいつらはもらってくから! 夏目、日高、また今度な!」
広瀬の弾んだ声が、辺りに響き渡った。
◇◇◇◇◇◇
「……やっと終わったな、夏目」
缶ビール片手に、しみじみと言葉を漏らす日高。
「うん、今回の勝負はやけに長く感じたよ。
最後にいろいろあったからとかじゃなくて、勝負の内容的に、ね……」
場所は、『ベガス』の近くにある公園のベンチ。
二人だけで、コンビニで買った缶ビールで静かに祝杯をあげていた。
皆を呼んで騒ぐ気にはなれず、なんとなく二人きりで飲んでいるのだ。
つまみとして買った柿の種を口に放り入れ、ボリボリとやりながら日高が口を開く。
「はっきりとはわからないけど、広瀬と八尾の会話の内容からすると、あの二人、過去にいろいろあったっぽいな」
「……うん。よっぽど、広瀬君に助けられたんだろうね。」
あれだけ誰に対してもふてぶてしい八尾が、広瀬君に対しては別人かと思うほどの態度だったし」
「ああ、そうだな」
「なんか……あれだけ憎たらしかった八尾が、広瀬君とのやりとりを聞いてるうちに段々まともなヤツに見えてきたよ。ついさっきまで、本気でどうしようもないヤツだと思ってたのに」
「確かにな。今の世の中、あそこまで自分を犠牲にして恩を返そうとするヤツなんてなかなかいないもんな。
ましてや、一旦自分をクビにしたと思い込んでるような人間に対して……」
「とんでもないクセ者だと思ってた八尾が、実は誰よりも義理堅くて純粋だった、ってことか……」
その後も、八尾と広瀬の意外な関係性について、静かなトーンで言葉を交わし合った。
ひとしきり八尾と広瀬についての話をしたところで、今度は優司が勝負について振り返りだした。
「それにしても、今回の勝負、本当ギリギリだったよ」
「ん?」
「だってさ、もし八尾が『店員買収』っていう手に出ていなければ、俺は多分負けてたと思うんだ。
俺みたいなヒキ弱が勝つには、俺が設定1であいつが設定6に座るって構図を作らなきゃならなかったんだからね」
「……」
「でも、それは普通に考えたら不可能じゃん?
そこそこの腕のある八尾を、あのルールで設定6に縛り付けることはさすがに厳しいし。
つまり、八尾の『店員買収』って行動がなければ、今回みたいに、それを逆手にとってアイツを6に縛り付けることはできなかったってわけ」
「言われてみればそうだな。
八尾は、広瀬も認めるくらいの腕なわけだし」
「そうなんだよね。
ほんと、八尾の店員買収がなかったらと思うとゾッとするよ……」
「……」
「……ま、でもさ、それも実力のうちってことで!
禍福はあざなえる縄のごとしだよ!」
「何だよそれ?」
「幸と不幸は表裏一体ってこと。
普段あれだけのヒキ弱を喰らってる俺なんだから、他の部分ではちょっとくらい運が回ってきたってバチは当たらないよ!」
「……ま、俺はそういうオカルト的な考えは好きじゃないけど、今日くらいはいいかな」
「真鍋ならきっと賛同してくれるんだけどなぁ」
この優司の言葉に、思わず小さく笑ってしまう日高。
優司も、日高に合わせるかのように小さく微笑んだ。
【第3章 完】
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