ゴーストスロッター

クランキー

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【第3章】

■第58話 : 広瀬と八尾、その過去①

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時は、約2年前に遡る。
2002年、9月中旬。



◇◇◇◇◇◇



(嘘だろ? 200万超えてんじゃねぇか……)

とある喫茶店。

段々と日も落ち始めた頃に、財布の中にある金融会社の明細を広げながら携帯をカチャカチャとやり、借金の総額を計算している男。
それは、八尾だった。

(パチスロってのは、なんであんなに勝てないもんなんだよ……
 雑誌とかでプロ名乗ってるやつら、本当に勝ってんのか?
 どうせ業者とかと通じて攻略法とか使ってんだろうな。
 じゃなきゃ、勝てるわけねぇもんよ。所詮ギャンブルなんだし……)

200万にまで膨らんだ借金。
それは、すべてパチスロが原因だった。

低設定に座っても比較的良い結果を出してしまう、いわゆる「強いヒキ」を持つ八尾だが、やはりヒキだけで勝ち続けるのは不可能。
長い目で見れば、確実に負債を増やしていくことになる。

そして、多額の借金をしている人間は、なかなか正確な借金総額を把握したがらない。
『大体これくらいだろう』というアバウトな額を思い描いてるだけ。

その想像している額は、大抵本当の額より少ないものである。

現に、八尾も今計算するまでは、まだ100万をちょっと超えたくらいだと思い込んでいた。
実際は、200万を超えていたのに。

いろいろなところからちょこちょことツマんでいると、『トータルの借金額』という感覚が麻痺していくのだ。

(クッソォ……。なんでこんなことになってんだよ。バカか俺は……? 何考えてんだ……)

ひたすら自分を責め続ける。

(こんなの、返せるわけねぇじゃん。俺、まだハタチだぜ……? しかも今は無職だし……。
 どうすんだよ、この借金……。)

ただただ途方に暮れるだけ。

確かに、手に職もないただのニートな20歳の青年に、200万もの借金は返済不能に近い。

仕事を選り好みせず必死で働き続ければ返済できない額ではないが、そんなことが簡単にできるようならば、ギャンブルでの借金がここまで膨らんだりはしない。

万が一良い仕事にありつけ、地道に返済を続けられたとしても、その間は切り詰めに切り詰めたギリギリの生活を送らなければならない。

自由気ままにパチスロを貪ってきただけの八尾に、そんな生活を続けるような気力はなかった。

そして、まともな方法では立ち直れないということがわかってきてしまうと、人間の思考は段々とまずい方向へと向かってしまうもの。

(けっ、アホくせぇ!
 どうせ真面目に頑張ったって返せるわけはねぇんだ、こんなバカみたいな借金。
 ……でも、俺はこんなとこで人生終わらせたくない。無事借金を返して、安心して暮らしたい)

しばらく考え込む。

(よく考えたら、パチスロで勝ってるヤツらってのは、俺が負けた金を勝手に持っていってんだよな。
 だったら、そこから返してもらえばいいんじゃないか……?
 そうだ、そうだよッ! パチスロの上がりで喰ってるようなダニみたいなヤツらから金取ったって、何も悪かねぇよッ!)

自然とテンションが上がってくる。
まるで、起死回生のアイデアでも思いついたかのような高揚感。

しかし実際は、アイデアでもなんでもなく、ただの負け惜しみからくる歪んだ思考。

八尾は特に深く考えることもせず、勢い良く立ち上がって喫茶店を後にし、目をギラギラさせながら近くにあるパチンコ屋の換金所へと向かった。



◇◇◇◇◇◇



「早く来い……早く来い……)

ジリジリしながらカモを待ち続ける八尾。

換金所前で張り込みを始めて、既に30分ほどが経過している。
なかなかおいしそうなカモが通らない。

八尾が狙っているのは、以下の条件が揃っている人間。

■10万円以上の特殊景品を持っている
■一人でいる
■それでいて弱そう

当然ながら、こんな条件が揃うことは滅多にない。

1時間、1時間30分、2時間と、ただただ時間が過ぎていく。

(クソッ! もう夜の8時じゃねぇかよ……! いい加減、誰か良さげなの来いよな……)

そんな時だった。
特殊景品をごっそりと抱えて換金所へ向かう一人の男が目に飛び込んできた。

背は高く痩せ型。
茶髪で長めの髪、服装も今風な男で、決して弱そうではないが、八尾の我慢はもう限界だった。

そもそも、あんなに特殊景品を抱えている単独の人間と、今日中にはもう遭遇できないかもしれないのだ。

『もうここでいくしかない!』といった感じで、がむしゃらに飛び出していく八尾。

「おいッ! ちょ、ちょっと待てよッ!」

不意に声をかけられた男は、一瞬びっくりした顔をするが、すぐに落ち着いて返事をした。

「随分切羽詰った顔してんなぁ。なんだ? 換金所強盗か?」

ズバリと言い当てられ、少々怯んでしまう八尾。

「わ、わ、わりいかよッ! ああそうだよ!
 わかってんなら話は早ぇ! ほら、さっさとそれ寄こせよッ!」

必死の脅し言葉。
しかし、対する男は冷静そのもの。

「随分と焦ってるんだなぁ。どうせ襲うなら、俺が換金してから狙えばいいのに。飛び出すのが早いだろ」

「う、うるせぇよ!」

「……まあ、こんなことやらかすくらい追い詰められてんなら、これっぽっちの景品、渡してもいいんだけどさ」

「こ、これっぽっち……? ど、どう見ても10万以上あるだろそれッ?」

「ああ。全部で11万2千円になるな」

「ほ、ほら見ろ! それのどこが『これっぽっち』なんだよ! 強がんなッ!」

「まあ、確かに高額だけどな。
 でも、長い目で見りゃ大したことないって言ってんの。
 スロなんて、ちゃんと立ち回れば確実に勝てるようにできてんだし」

「え……?」

「お前、そのままでいいのか?
 ここで俺がこの景品渡したって、単なる一時しのぎでしかないぞ。
 どうせ、借金で首が回らなくなったってとこだろう?
 こんなことするくらいだから、10万程度の金で解決するような額でもないだろうし」

「…………」

「腹減ってるやつに、米渡してやるってのは簡単なことだけどさ、それじゃ解決にならないんだよね。年中腹減らして困ってるやつには、米を渡してやるんじゃなくて、米の作り方を教えてやんないとな」

「…………」

「俺の言いたいこと、わかるだろ? 目先の金よりもさ、パチスロの勝ち方を知る方がお前にとって大事じゃないのか?」

「そ、それは……」

八尾は、完全に飲まれてしまった。
もはや、換金所強盗などやらかす気力は削がれていた。

「まあ、とりあえず俺についてこいよ。
 俺は広瀬ってんだ。メシでも食いにいこうぜ!
 この前、面白い『焼肉屋』見つけたんだよ! 『焼肉うどん』ってのがウリでさ~」

「……それって『面白いうどん屋』なんじゃ……?」

「まあ、気にすんなよ! 焼肉屋って言った方が、なんだかイメージが良いだろ?
 スロッターの勝利の象徴、焼肉、ってな!
 よし、行こうぜ~!」

広瀬は強引に八尾の肩を抱き、強引に最寄りの焼肉屋へと連行した。

これが、広瀬と八尾の出会いだった。
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