ゴーストスロッター

クランキー

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【第3章】

■第54話 : 我慢の限界の末の暴行

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「よぉ、作戦会議は終わったかい?」

ホールへ戻った日高を待っていたのは、相変わらず神経を逆撫でしてくる八尾の言葉と表情だった。

横目で日高に視線を送りつつ、ゆったりと自分の台を稼動させている。

先ほどまでは優司に対し、口では「なんでもアリだからしょうがない」とは言ったものの、当然この八尾のやり口に納得しているわけではない。

汚く、低俗な策であることには変わりないのだ。
いや、もはや策などと呼べるシロモノでもない。

「八尾。お前、こんなことしてただで済むと思うなよ……」

「ん? 何言ってんの日高君」

自分の台に座ったまま、おどけた顔で、君付けまでしておちょくりにかかる八尾。

「てめぇ……マジでいい加減にしろよ……」

「おっかねぇなぁ~。
 そんなにイライラしてると寿命が縮むぜぇ~?」

「八尾ォ…………」

「おいおい、勘弁してくれよぉ~。
 劣勢だからって俺にアタるなよぉ日高ちゃぁ~ん。
 あれ? お宅の大将はどこいったの?
 あ! わかった! トイレでシクシク泣いてたりして!」



プ ツ ン



日高は、自分の中で何かが切れたのをはっきりと自覚した。

咄嗟に右手で八尾の髪をわし掴みにし、そのまま台の盤面部分へと全力で叩きつけた。
不意を突かれた八尾は、顔面からモロに筐体へと突っ込まされた。

日高の怒号とともに、激しい衝撃音が鳴り響く。

「テメェッッ! ナメるのも大概にしろよッッ!」

何度も何度も、全力で八尾の顔面を筐体へと叩きつける日高。

必死で抵抗しようとする八尾だが、所詮座っている人間と立っている人間とでは力の入り方が違う。

座っていては、仮にどんなに力があっても、立っている人間に上から押さえつけられると抵抗しづらいものなのだ。

「ちょッ……待てッ……待てってッ…………」

叩きつけられながらも、必死で言葉を絞り出す八尾。

しかし、日高はそんな言葉に一切耳を貸さず、八尾を盤面へと叩きつけ続けた。

「や、や、やめろ! やめて!」

へっぴり腰で信次が止めに入る。
だが、それでも日高は止まらなかった。

しかし間もなく、男性店員が複数で押し寄せ、日高を強引に羽交い絞めにした。

「や、やめなさいッ! 何やってるんですかッ!」

「はぁ…………はぁ…………」

肩で息をする日高。
約1分間ほど全力で暴れたのだ。
当然息も上がる。

八尾がノソリと起き出し、日高に近寄ってくる。

「ゲホッ…………。
 はぁ……はぁ……。
 よ、よくもやってくれたな……。こりゃ完全な傷害だからな……」

「うっせぇッ! テメェがねちねちとウザったい挑発繰り返すからだろうがァッ!
 気持ちワリーんだよテメェよッ!」

「そんなことは関係ねぇな……。
 この法治国家日本ではな、挑発されたくらいじゃ暴力ってのは認められねぇんだよ、バカがッ……」

「八尾ォ……」

羽交い絞めにされたまま、まだ殴り足りないといった様子の日高。

「とにかく、おめぇらは失格な。
 ここまでやったんだから当然だよな
 ほら、俺なんて鼻血まで出てんだぜ?」

「ハァッ? 何トチ狂ったこと言ってんだよッ!」

「トチ狂ってんのはそっちだろうが!
 ここまでやっといて、何ホザいてんだこのバカが!
 テメェは、たった今犯罪者になったんだよッ! そんなもん、負けに決まってんじゃねぇかッ!」

段々と呼吸が落ち着いてくる日高。
そして、店員たちに羽交い絞めにされながら、少しトーンを落として話し出した。

「あのなぁ……。
 この勝負は、あの紙に書いてあることがすべてなんだろ?
 ルールを書いたあの紙に駄目と書かれてなけりゃ、何でもアリなんだろ?
 『暴力振るったら負け』なんて項目はどこにもなかったぜ?」

「はァ? そ、そんなもん……」

「『そんなもんは常識』だとかはヌカすなよ? 言ってる意味わかるよな?」

これは当然、店員と組んでることを指している。

八尾も、ゴールドXで出玉没収にならなかった時点で、店員と組んでいることはバレるだろうとわかっていた。
しかし、取り決め以外はなんでもアリという条件を盾に突っぱねる気でいたのだ。

「……わかったよ。まあ、しょうがねぇな。
 確かに、あの紙に書かれてなきゃなんでもアリだ。
 ……じゃあ、せめて監視役交代だ! お前は警察に引き渡す!」

「へっ! こんな面倒な監視役を受ける人間を、そんな右から左に用意できるかよ」

「ぐッ……」

「俺が退場となりゃ、その時点で勝負は無効だ。
 俺から席を蹴るんじゃねぇんだぜ? お前が俺を締め出すんだからな。
 いや、無効どころか、むしろテメェの負けだよ。お前が『なんでもなかった』とでも言やぁそれで済むのに、わざわざオオゴトにして勝負を無効にするんだからな」

八尾は、口や鼻からの出血を手で拭いながらしばらく考え込む。

店員は、いつの間にか日高に対する羽交い絞めを解いていた。

そのまま、3人の店員が二人のやりとりをジッと観察している。
もちろん、周囲の客も。

八尾は考える。

「(……どうする? ここまでされたのに、日高のバカを許しちまうのか?
 こんだけ証人もいるし、俺も実際に結構派手に出血もしてる。
 警察に引き渡しゃ、コイツは確実に傷害罪で前科一犯だ。
 ……でも、俺の目的は今日の勝負で何がなんでも勝つこと。今の流れでいけば、100%俺の勝ちなんだ)

そのまま思索に耽る八尾。

(…………しょうがねぇか)

決心し、周囲の店員たちに事情を説明しだす八尾。

「すいません、俺とコイツは友達なんです。
 ちょっとしたくだらないことで口論になっちゃって……」

バイトと思しき一人の店員が返事をする。

「そ、そうなんですか……? 随分派手でしたけど……」

「ええ。俺とコイツがやり合うといつもこうなんですよ。ついつい激しくなっちゃって。
 今日は俺がやられる側だったけど、普段は逆なんで全然いいです。
 こういうの慣れっこなんで、気にしないでください」

「……そうですか。
 お客様同士で納得されてるんでしたら、別にそれでかまいませんが……」

どう見ても日高と八尾が友人同士に見えなかった店員たちだが、店側としても「店内で暴力事件があった」という噂を立てられたくはないため、無理矢理穏便に片付けようとしていた。

「じゃあ、これで終わりにしてください。お騒がせしてすみませんでした」

そう言い残し、そのまま八尾はトイレへと向かった。
日高には目もくれず。

他の客達も、再び自分の台へ集中し始め、店員たちも本来の業務へと戻っていった。

正直なところ、「やりすぎた」と若干焦っていた日高だったが、これにて一件落着となった。

(ふぅ……。一時はどうなることかと思ったけど、なんとか収まったか。
 ……でも、俺にボコボコにされながらも勝負続行を選んだってことは、それだけ八尾は今回の勝負の勝ちを確信してるってことだろうな。さっきの反応で、主任と組んでるのも確定したし。
 クソ……。うまくいけば、この勝負自体を無効にできたかもしれなかったのに……)

暴れたところまでは衝動的だったが、その後のやりとりの最中は、なんとか勝負を無効にして優司の窮地を救おうとしていた日高。

(でも……。勝負が無効になってたら、俺は逮捕だったろうな。血が出るまで暴行したわけだし。
 もう、あいつ自身が否定しちまったんだから、今更蒸し返すことはできないだろうけど)

複雑な心境の日高だった。



◇◇◇◇◇◇



(イッテェ……畜生ッ! あの日高のクソ野郎……)

店のトイレの中。
洗面台で、顔を水で洗い流す八尾。

(耐えろ……。ここを耐えれば、それ以上の見返りがくる……。
 手段はどうあれ、とにかく『あの無敗の夏目優司に勝った男』っていう称号が手に入るんだッ……。
 その知らせを聞けば、ヒロちゃんだってきっと…………)
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