ゴーストスロッター

クランキー

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【第3章】

■第51話 : 奇策

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(こ、こりゃ決まったね。
 も、もう夏目に勝ち目はない)

優司の頭上にあるコインを見て、改めて八尾の勝利を確信する信次。

時刻は14:00。
優司の出玉は、約3000枚に達していた。

対する八尾は、投資21000円のままで出玉は150枚程度。

優司にとっては、もはや絶望を通り越して「敗北ほぼ確定」と言っても過言ではない状況。
何しろ、その差は現金にして約8万円もの開きがあるのだ。

11時の時点で既に1500枚ものコインを抱えてしまった優司だが、「こんなものは一時的な偏り」と気を取り直してガシガシ回していた。

だが、その勢いは一向に衰えなかったのである。

優司が心の中で煩悶する。

(何がどうなってるんだ……? 何をどうすれば、このコイン共はいなくなってくれるんだ……?
 一度も特訓に入らず、ここまで出玉が増えちまうなんて……)

もはや、目の焦点が定まっていない。
惰性でチンタラとレバーを叩いてはいるが、全くもって生気がない。

(このままじゃ……このままじゃ100%負ける。
 なんとかしないと…………なんとか、逆転するための策を捻り出さないと……。
 何かないのか……? 何かあるはずなんだよ……。
 いつも俺は、なんとかしてきたじゃないか……)

必死で脳内の引き出しを漁る。
だが、そう簡単に打開策が見つかるはずもない。

(……とりあえず台移動だ。この巨人はまずい。
 何度リプレイ3連がきても全然特訓に入らないから、設定1なのは濃厚だけど、波に乗りすぎてる。
 『波』なんていうオカルトワードを使いたくはないけど、その変な意地のせいでここまで出玉が増えちまったんだ。移動しなきゃ……)

移動候補機種を頭の中で浮かべていく。

(ルール上、移動は3回しかできないから、真剣に選ばなくちゃいけない。
 考えろ……考えろ……。
 どの機種へ行く? 他の巨人か?
 でも、今空いてる台の中で設定1だという確信がある台がない……。
 ダメだ! 何がなんでも1に座らないと!
 何かないのか……? 何か…………)

手を止めて、ただ考えることに集中する。
後ろで監視している信次が不思議そうに覗き込んでくる。

そんな信次の行動などお構いなしに優司は考え続けた。

そして、ようやく一つの結論を出す。

(吉宗か……?
 アレなら、一発で3000枚溶かすことも可能だ。
 ……よし、こうなったらもうしょうがない。とりあえず吉宗でいこう!)

機種の絞込みが終了し、早速席を立つ優司。

吉宗のシマはあまりピーピングしていなかったため、なんとかこの時間までのデータ履歴で設定1が濃厚だと思われる台を探そうと考えた。

後ろを振り返り、信次にことわりを入れる。

「ちょっと移動候補台を探してくる。
 別にいちいちついて来なくていいよ。すぐ戻ってくるから」

そう言って、吉宗のシマへ向かった。



◇◇◇◇◇◇



(えっ……?)

吉宗のシマに向かう途中のことだった。
優司の目に、「気になるもの」が飛び込んできた。

(そうかッ……
 そうだ! ここは『ベガス』だッ! これがあったじゃないかッ!)

そう考えるやいなや、ダッシュで元の自分の席へと戻り、約3000枚分のコインを持って移動を始めた。



◇◇◇◇◇◇



「や、八尾さんッ!」

信次が、大急ぎで八尾のもとへ走り寄ってきた。
そして、日高に聞こえないよう耳元で『ある報告』を行なった。

「た、大変です。夏目が台移動して……」

「台移動? 別にいいじゃねぇか。ルール上では、3回までOKなんだしよ」

「そ、それが、移動した先の機種が『ゴールドX』で……」

「何っ……?」

それから、二人でボソボソと喋り始めた。

その様子を黙って見ていた日高。

(……何やってんだアイツら。
 そういえば、夏目が台移動したみたいだけど、どこで打ってんだろう)

妙に気になり、一旦八尾の後ろから離れて優司を探しに行く日高。

しばらく歩き回っていると、『変則押し禁止! 発見次第出玉没収!』という張り紙がされたゴールドXのシマで、堂々と変則押しをする優司の姿があったのだ。

慌てて優司に飛びつく日高。

「そうか! そういうことかよ夏目!
 そうだよな、確かにこの店にはこれがあったんだよ!
 小島がまんまと喰らってたんだもんな!」

嬉々としている日高に対し、優司は大分落ち着いていた。

「ああ。
 AT機は完全に候補からはずしてたからすっかり忘れてたよ。
 さっきも、偶然このシマを通っただけなんだ。吉宗に移動しようとしてさ」

先ほどまではこれ以上なく焦り、絶望していた優司だったが、もう普段の冷静さを取り戻していた。

いつの間にか監視に戻ってきた信次は、二人の様子をただじっと見ているだけ。

日高に向け、さらに優司が言葉を続ける。

「さっき店員が見てたから、そろそろ上の人間が注意にきそうだよ。
 まだ勝ったわけじゃないけどさ、これで大分差を縮められるよ!」

「そっか!
 マジでよかったよ……。
 確かにまだ劣勢だけど、さっきまでの状況よりは大分前進だよな。
 一気に3000枚が没収されるんだし。
 よし、じゃあ後は頑張れよ! 俺はとりあえず八尾の監視に戻るから」

「ああ。よろしく頼むよ!」

こうして日高は、八尾のもとへ戻っていった。

優司は、再び変則押しでの消化を始めた。
あとは、店員が没収に来るのを待つのみ。

優司は思う。

(八尾との取り決めで、『機種情報不足による出玉の減少』は反則になってるけど、こういう『ホール情報不足による出玉の減少』は反則にはならない。
 俺があの張り紙を見てなかったことにすりゃいいんだ。
 そうすれば、『意図的にコインを減らそうとした行為』には当たらない。実際、今もコインは増え続けているんだからな。これくらいは全然ルール内のはずだ。『なんでもアリ』ってルールなんだし。
 ルールで決められてなきゃ、何をしてもいい。これは、八尾が自分で決めたこと。
 八尾だってそんなことくらいはわかってるはずだ。文句なんて言わせない!)

ガラガラのゴールドXのシマで、優司は自信を持って変則押しを続けた。

すると、シマのハジに一人の白シャツの男が立ち始めた。
現金の回収時などで、たまにホールへ姿を見せる男だ。

(来たッ! あの白シャツは、このホールの主任のはず。店員がチクったんだろうな。グッジョブだぜ店員!
 確か小島も、主任に出玉を没収されたって言ってたしな。
 ってことは、アイツが近藤っていう主任か)

そしてその白シャツ男は、ゆっくりと優司の方へ歩いてきた。
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