ゴーストスロッター

クランキー

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【第3章】

■第48話 : 取り乱す八尾

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時は2004年10月30日、朝8:30。
ついに、八尾との勝負当日を迎えた。

優司にとっては、最後の勝負から既に一ヶ月以上も間が空いている。

勝負ホールとなったベガスの前。
優司と日高は、すでに店の前に到着していた。

日高は、軽く腕時計に目をやった後、呟くように優司に問いかける。

「夏目……勝てるよな?」

優司は、驚いた表情で戸惑いながら答える。

「ど、どうしたの急に?
 もちろん大丈夫だって。俺なりにしっかりと対策練ってきたからさ。
 こんなところで連勝を途切れさせるつもりはないって」

「……だよな。
 なんか今回は、変則ルールだからよ。ついつい不安になったりもしてな」

(……俺のことなのに。本当にイイ奴だな日高は)

日高の言葉と態度を見て、自然と嬉しさがこみ上げる。

今までの人生、表面上は仲良く付き合ってきた友人もいたが、日高のようにここまで自分を気遣ってくれた友人はいなかった。



◇◇◇◇◇◇



9:00。
並んでいる人間は優司たちを含めて8人ほど。
イベントでもなんでもなく、取り立てて優良店というほどでもないので大した並びにはならなかった。

それでも、優司は絶対に狙い台を取るため、念には念を入れて8:30から並んでいた。
狙い台といっても、設定1が濃厚な巨人の星のことなのだが……。

「なんか、わざわざ巨人の1を掴むために並んでるのって滑稽だね。バカバカしくなってくるよ」

優司が愚痴を漏らした。

「まあそう言うなって。今回はしょうがないだろ。勝負の内容が内容だからな。
 とりあえず全力で狙い台を取り……あっ」

「ん?」

日高が何かに気付き、視線をそちらに移す。
その視線を追う優司。

そこには、信次と連れだってこちらにやってくる八尾の姿があった。

「……ようやく来たみたいだね」

「だな。
 固くなんなよ、夏目」

「大丈夫だって。
 あんな奴相手に固くなんかなんないよ」

途端に気合の入った表情に変わる二人。
自然と八尾達を睨みつけてしまう。

「おっす!
 随分と怖ぇ顔してんなぁ。そんなに力むなよ」

相変わらず人を食ったような態度の八尾。 

「そんじゃあ俺らは後ろに並ぶから。
 まあ、お互い無理せず頑張ろうや! なぁ夏目!」

馴れ馴れしく優司の肩を叩きながら、小馬鹿にしたようなニヤケ面を浮かべる。
これにはさすがに優司もイラついた。

「へっ。広瀬君に認めてもらえず追い出された野郎が、随分とデカい態度取るもんだね。
 小物は小物らしくおとなしくしててくれよ。
 後で恥かくだけだぜ?」

この言葉を聞いた八尾の表情は一瞬で強張り、みるみるうちに顔を紅潮させていった。

「てめぇ、それ誰に聞いたんだよ……」

間髪を入れず優司が返す。

「広瀬君本人からに決まってんじゃん。
 お前のこと、どうしようもない奴だって言ってたよ。
 スロでもなんでも、何やらしても使えないってさ!」

「なんだとッ? 嘘つくんじゃねぇよッ! あぁッ?」

これまで、常に余裕たっぷりでヘラヘラしていた八尾だったが、態度が急変し、声を荒げながら優司の胸ぐらに掴みかかった。今にも殴りかかりそうな勢いで。

咄嗟に日高が仲裁に入る。

「おい! やめろって!
 こんなことしにきたんじゃねぇだろ? 離れろ八尾!」

横で様子を見ていた信次は、いつものようにただオロオロするだけ。

並んでいた他の客達は、なるべく巻き込まれないようにと全員下を向いている。

日高が体を入れて優司と八尾を引き離し、ようやく二人とも少し冷静になった。

鋭い目つきで、肩を怒らせながら八尾が言う。

「……まあいいや。
 そうやって生意気な口きいてられんのも、連勝に浮かれてる今だけだ。
 今日、お前は俺に負けて、二度と這い上がれなくなるんだからよッ!」

そう言い捨てた八尾は、信次を連れて列の後方へと歩いていった。

心配そうに日高が優司に問いかける。

「おい、大丈夫かよ夏目?」

「ああ、大したことないよ。
 実力のないヤツに限って、ああやってすぐキレるんだよ。
 これで俺の勝ちは間違いないね。ざまぁみろってんだ。
 きっちり勝って、思い知らせてやるッ……ふぅ……ふぅ……」

冷静を装おうとしているが、高ぶった気持ちが抑えきれず息遣いが荒れる優司。
会うたび会うたび、あえて自分を不快にさせようとしてくる八尾の態度に、いい加減我慢ができなくなっていたのだ。

「気持ちはわかるけどよ、まずは落ち着けって。
 こういう勝負は、冷静さを失ったら負けだぜ?
 八尾だって、お前の冷静さを奪おうとしてわざとやってんだから。そんな挑発に乗ってやることはないよ」

肩で息をしながら、胸に手をやり落ち着こうとする優司。

「……わかってる。
 そうだよね、悪かったよ。
 いちいち相手の作戦に引っ掛かってたんじゃ、勝てる勝負も勝てなくなる。
 とりあえず落ち着くことにするよ」

黙って小さくうなづき、それから再び口を開く日高。

「それにしても……
 どうやら、あいつにとって広瀬の話はタブーらしいな。
 まさかあそこまでキレるとは。よっぽどグループを追い出されたのが悔しかったんだろうよ」

「……」

「さっき言ったの、ありゃ嘘だろ?
 広瀬が八尾のことを『使えない』みたいに言ったってやつ」

「ああ。嘘だよ。
 あんまりにもウザったかったから、ちょっとヘコましてやろうと思ってさ。
 前にもチョロっと話したけど、むしろスロに関しちゃ広瀬君は八尾のことを買ってたよ。
 だから独立させた、みたいに言ってたし」

「そうか……」

それからしばらく、二人は黙ったまま何をするでもなく開店時間を待った。
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