ゴーストスロッター

クランキー

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【第3章】

■第35話 : 夏目優司の変貌

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本格的にパチスロ勝負で食っていくことを決め、無事に初戦の相手が決まった日から約3ヶ月が経過――

2004年10月15日。
優司を取り巻く環境は一変していた。



◇◇◇◇◇◇



T駅西口にあるショットバー『J's BAR』。
奥まった場所にひっそりと佇む隠れ家的なバーとなっている。

『J's BAR』のカウンターに並んで座り、各々の酒をちびりちびりとやっている二人の男。
日高と真鍋だった。

このバーは、まだ二人が仲違いする前、『エース』で共に勝ちまくっていた頃によく通っていた場所。
二人とも、ここへ来るのは久しぶりだった。



日高は、目の前にあるブランデーをクイッと飲み干した後、一つ大きく息を吐き、しみじみと話し出した。

「あれからもう3週間も経つのか。
 それにしても本当にビビった……。まさか、あの広瀬にまで勝つとはな」

真鍋が静かに頷いた。

「確かに。広瀬とやり合うと決まった時は、さすがに無謀だろうと思ったけどな。
 勝っちまうんだもんな、夏目のやつ」

この日は珍しく、はじめからずっと二人きりで飲んでいた。

いつもは大抵3~6人くらいで集まる日高たち。
しかし、「たまにはいいだろう」と、なんとなく二人きりで飲み始めたのだ。

二人きりで本音を話したい、という考えが互いにあったことが、二人きりになった最大の理由なのだが。

「なあ遼介、これから夏目はどうなってくんだろうな?」

「ん?」

「まさか、こんなに早く広瀬クラスと勝負するとは思わなかったからさ」

そう言い終わると、カラになった自分のグラスを持ち上げ、マスターにおかわりの合図を送る日高。

真鍋も、一口分残った自分のブランデーを一気に飲み干してからおかわりをし、それからおもむろに口を開いた。

「でもよ光平、あの場合は仕方がねぇだろ。敵討ちだ、ってな感じで広瀬の方から挑んできたんだし。
 そもそも夏目は、俺らとの勝負も合わせりゃ、広瀬とやる直前の段階で都合7連勝中だったんだぜ?
 そろそろ、あのクラスのヤツから挑まれてもおかしくねぇって」

「まあ、確かにそうなんだけどさ……。
 それでも、俺らとしてはやっぱり止めるべきだったのかもな。
 勝ったからいいものの、負ける危険性も充分にあったわけだし。
 現に、今までにない苦戦だったろ?」

日高の問いに、おかわりを受け取りながら真鍋が返答する。

「ああ。俺もさすがに今回は駄目かと思ったくらいだからな」

「しかも、せっかく勝ったってのに、それが仇となって次の勝負相手が全然決まらないときてる。
 ただでさえ夏目には『8連勝』っていう冠があんのに、その8勝目があの広瀬なんだから当然だ」

「……だな。もうそのへんのスロッターじゃ引き受けねぇだろうな。
 みすみす30万を失うようなバカな真似、誰もしたがらねぇもんよ」

「つまり、広瀬との勝負には大したメリットはなかったんだよ。
 負けたら終わり、勝っても今後の相手探しが難航するだけ。
 それを考えれば、俺らとしては止めるべきだった。
 まあ、結果的に夏目の名は一層売れたけど」

「でも、それが足かせになってんじゃあ意味ねぇな」

それから二人は、なんとなく黙り込んだ。
互いに何かを言いたそうな雰囲気で、ブランデーをちびちびと舐めている。

数分の沈黙後、何かを決意したように、ポツリと真鍋が言葉を漏らした。

「なぁ光平。夏目の奴、最近…………」

途中で言葉を止め、首を左右に振った後、

「いや、やっぱいいや! なんでもねえ!」

そう言ってグラスを手にとり、真鍋はグイっとブランデーを呷った。

その様子をちらりと横目で見た日高が、淡々と言う。

「なんとなくわかるよ、遼介の言おうとしたこと」

「え?」

「気づいてないのは夏目本人だけ、って感じだろうな……」

「……」

「勝ち続けるってのは、勝負相手を探すのに苦労するだけじゃなく、あんな弊害まで生むんだな」

この日高の言葉を最後に、再び二人の間に沈黙が落ちた。



◇◇◇◇◇◇



同時刻。

場所は、『エース』の真横のビルにある居酒屋『魚次郎』。
『串丸』に次いで、優司達の溜まり場となっている場所である。

その『魚次郎』で優司は、小島と斉藤と一緒に3人で飲んでいた。

斉藤は、元真鍋のグループに属していた人間。
優司に携帯を一つ譲った男である。

あれ以来、優司とも頻繁に飲むようになっていた。

そして今……。

もう何杯目になるかわからないビールの中ジョッキをあおりながら、店内にて大声でわめく男。
それは、優司だった。



「ったくよォ!
 なんでこの街にはショボいスロッターしかいねぇんだッ!
 たかだか30万の勝負にビビりやがって! なぁ小島ッ?」

酔っているせいもあるとはいえ、優司の言動はいつになく荒く、周囲へのアタリも厳しかった。

「え、ええ。そ、そうッスよね……」

「腑抜けばっかりだぜ! どうなってんだ。
 なぁにがスロ激戦区だよ。
 なんでこんなに相手が決まらねぇんだよ?」

「ま、まあまあ……。ちょっと酔い過ぎッスよ夏目君。
 それに、しょうがない部分もあるんじゃないッスか?
 あの広瀬さんにも勝っちゃったんだし、そりゃみんな警戒しますって。
 30万って、結構な大金ですから」

「だからそれが腑抜けだっつってんだよ!
 名を売りたいヤツなんていくらでもいるんだろうしよ、ダメ元で挑んでこいってんだよ!」

小島は、どう返答していいかわからない様子で視線を下げた。

「大体さ、日高と真鍋はどこ行ったんだよ?
 なんで今日は、二人とも来ないんだ?」

ここで斉藤が答える。

「なんか、今日は二人で飲みに行ってるみたいだよ。
 まあ、元々あの二人は幼馴染だし、水入らずで飲みたい時もあるんじゃないのかな?」

「ふーん。それで俺らをほったらかしてるわけか。
 なってねぇな、あの二人も」

「ちょ……ほったらかすって……。
 子供じゃないんだから、そんなこと言わないでよ」

斎藤が困った顔で、諭すように言った。



優司は荒れていた。

ただ勝ち続けているだけなのに、勝負相手が見つからず悶々とする日々を迎えるハメになった今の境遇。
そのことに納得がいかなかった。

日高との勝負から端を発した、優司のパチスロ設定読み勝負。
3週間前の広瀬戦での勝利にて、目下8連勝中と絶好調だった。

ところが、それにより勝負相手がいなくなってしまった。

当然である。

20代の若者にとって、いや、一部の金持ちを除いては30万という金は大金。
一度に失えば、少なからずショックを受ける金額。

そんな金額を賭けて、この地区の名手である『広瀬』にまで勝ってしまった男と、誰が好んで勝負をするだろうか?

冷静に考えれば当然のことなのだが、それでも優司には納得のいかないことだった。

勝者の自分がなぜ苦しい立場に甘んじなければならないのか、と……。
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