ゴーストスロッター

クランキー

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【第2章】

■第29話 : もつれる友情

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声をかけられ振り向くと、そこには見知った顔があった。

「あれ……?」

「どうも。小島ッス」

話しかけてきた相手は、日高のグループの一人、小島。

優司が驚きながら返事をする。

「な、なんで小島がここに……?」

「いや、日高さんからコレ預かってて……」

小島はポケットから、ぶ厚い封筒を取り出した。

「現金30万円が入ってます。
 もし夏目君が負けるようなことがあれば、これで支払えって。
 もちろん、負けるとは思ってないけど、念の為って言って……」

「え……? だ、だってあの時日高は……」

優司は、もし負けた時の援助を日高に頼んだ瞬間のことを思い出していた。
確かにキッパリと断られたはずなのに、と。

ここで、真鍋が話に割って入ってきた。

「心配すんなよ。負けたのは俺だ。
 今、約束の金を払うところだよ」

真鍋は惜しげもなく30万円を財布から取り出し、剥き出しのまま優司に手渡した。

あっさりと渡された大金と、小島の出現に混乱し、茫然とする優司。
ふっ、と軽く笑い、真鍋が喋り出す。

「そんなに驚くこともないだろ?
 金は、約束してたことだから渡すのは当然だ。俺は負けたんだしな。
 あと、この小島ってヤツが金を持ってきたことも、なんとなく理由はわかる。
 あの光平のことだから、『もし負けても金のことは心配すんな』とは言わねぇだろうからな」

「え……?」

「まだわかんねぇのかよ。
 アイツは最初から、もしお前が負けても金は出してやるつもりだったんだ。
 30万も失ったら、また瀕死のホームレスに戻っちまうんだろ?
 そんな状況の仲間を放っておいたりはしねぇよ、光平は。
 何にも言わなくても、勝手に助けようとする奴だ」

「で、でも……。
 負けた時の援助を頼んだ時は、なんか……ダメそうだったっていうか……」

「おいおい、ホント鈍いヤツだな?
 設定は読めるクセに、仲間の気持ちはわからねぇのか?」

「……」

「お前、さっき自分でも言ったよな? 『自分がセロテープ判別なんていう手段まで用いて勝つ方法を見つけ出せたのは、絶対負けられないっていう気持ちがあったから』みたいなことをよ」

「う、うん。言ったけど……」

「光平も、当然そのことをわかってたんだよ。
 もし負けても金はなんとかなる、なんて思ってたら、お前の今日の勝ちはなかったかもなってことを」

「ひ、日高は、そこまで考えて……」

「当然だ。
 なめんなよ。あの日高光平だぞ?」

すると真鍋は、楽しそうにハハハと笑った。

「夏目はさ、せっかく実力があるのに追い込まれなきゃ力を発揮できないタイプなんだろうな。
 勝負ホールを変えてくれって俺に泣きついて来た時から、なんとなくそうは思ってたけどよ。
 多分光平も、そのことに気付いてたんじゃねえか? お前の強さの根源は、『負けたら後がない』っていう危機感にあるってことを。必死でやった時に限り、底知れない能力を発揮するってことを。
 だからあえて金を貸さなかったんだよ」

「……」

優司は、ただ絶句するしかなかった。
日高の親友だった男が言うのだから間違いないのだろう。

日高の思慮深さと思いやりに、思わず涙が出そうになった。

「日高は……ホントに俺のことをそこまで……」

「もしかしてまだ疑ってんじゃねぇだろうな?
 認めんのもシャクだけど、アイツはそういう奴だよ。
 本当に仲間だと思ってる人間に対しては、とことんそいつの為になんとかしてやろうとする奴なんだ。
 ったく、甘っちょろいよな」

心なしか、真鍋は嬉しそうにしていた。

優司の目には、気付けば涙が溜まっている。
優司の中では、日高は単なる飲み仲間の一人で、いざとなってもお互い助け合うような関係ではないと思っていたからだ。

もちろん、優司の方にはそういう関係になりたいという感情はあった。

しかし、単なる一介のホームレスの自分に対して、相手がそこまで思ってくれるようにはならないだろうと考えてしまっていたのだ。
負けた時の借金を頼んでみたのも、ダメモトで言ってみただけなのだから。

しばらくの間、優司も真鍋も無言のまま、いろいろな想いを巡らせていた。



◇◇◇◇◇◇



「さて、と……
 勝負も終わったし、俺はこれで帰るよ。じゃあな」

体を反転させ、真鍋がこの場から離れようとした。

頭の中がなかなか整理できず、ただ呆然としていた優司だったが、この真鍋の言葉を聞いてハッとなった。

「ちょ、ちょっと待って!」

歩き出そうとする真鍋を呼び止める。

「ん? なんだ?」

「ま、真鍋は……本当にこのままでいいの?」

「は?」

「日高とのことだよ。
 今更強がらなくていいよ。話は全部聞いてるんだ。
 正直なところ、日高との1年前の揉め事を後悔してるんでしょ?」

「…………」

「それは日高も同じだよ。
 話を聞いてる限り、真鍋以上に日高の方が元の関係に戻りたそうにしてるよ?」

「べ、別に俺は……」

「日高は、とっくに真鍋との目押し勝負のことなんか気にしてない。
 あんなもん、その日の調子によってあっさりとひっくり返っちまう、単なる運勝負だった、って」

「…………」

「俺も日高の言うとおりだと思う。気にすることなんかないと思うよ!」

優司の言葉を聞き、しばらく黙った後にポツリと言葉を漏らす真鍋。

「……いいのか、本当に」

「え?」

「……いや、本当に俺が光平んとこ行っていいんかな、と思ってさ。
 今更って感じじゃないのか……?」

「なんだ、そんなことっ?
 そりゃ絶対ないって。保証する!
 喜んで迎え入れてくれるよ! なぁ、小島!」

「は、はい!
 俺も、日高さんが真鍋さんのことを話してるのをよく聞くし、昔みたいな仲に戻りたいと思ってることは間違いないと思うッス!」

「…………」

優司と小島の意見を聞き、真鍋はほんのりと笑みを浮かべた。

だが次の瞬間、真鍋から発せられた言葉は優司たちの期待を裏切るものだった。

「そっか。まあ、そう言ってもらえると嬉しいよ。
 でもな、俺もここまで意地を通してきたんだ。今更おめおめと光平とツルみだすのもなんか違うだろ。
 事はそう単純じゃねぇよ」

そう言って、再びこの場から離れようとする真鍋。

期待はずれな返答に、思わず言葉を失ってしまった優司と小島。

しかし優司はすぐに我に返り、頭の中に次々と浮かんでくる言葉を、よく考えもせず感情的に真鍋にぶつけていった。

「こんな時さぁ、もっと大人になれよ、とか言うべきなんだろうね!
 でもさ、俺はまったくそうは思わないな!
 むしろ逆だよ! もっとガキになっちまえって感じだ!
 ガキの頃だったら、ちょっとケンカしたくらいで1年も口きかなくなるなんてありえないもんな!
 成長して、くだらない意地とか駆け引きとか覚えちゃってさ、面倒くさいよな!」

理論的に説得しようとしていた優司だが、いろいろな感情が入り混じったことで頭が混乱し、つい思うがままに語りかけてしまった。
イチかバチかの行動だった。

しかし、聞いているのかいないのか、真鍋はそのままその場を立ち去っていってしまった。



去っていく真鍋を寂しそうに眺める優司。

そんな様子を見て、そばにいた小島が声をかける。

「いいんスか、夏目君?」

「……ああ、これ以上俺が何か言ったところで、どうにもならないでしょ」

「まあ……確かに……」

二人は、しばらく無言のままその場に立ち尽くした。
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