ゴーストスロッター

クランキー

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【第2章】

■第14話 : 安穏

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「それにしても夏目、これからどうしていくつもりなんだ?」

飲み始めてから2時間くらい経った頃だった。

それまでくだらない話で大騒ぎしていた4人だが、不意に日高が真剣な声で優司に問いかけた。

「ん? これからって?」

「だからさ、今後の生活のことだよ。家とか仕事とか」

「ああ、そのことか……
 それについては俺も結構悩んでるんだよね。
 本当はスロ打って生活したいんだけど、なにしろ俺って究極のヒキ弱でしょ?
 とても、普通に勝ってくことなんてできないんだよなぁ……」

「まだそんなこと言ってんのかよ!
 この前も話しただろ?
 確率ってのは必ず収束するんだ。
 一時的に負けが込んだくらいでヒキが弱いとか言い出すなよ。
 ヒキなんてのは単なるオカルトだぜ?
 そんなもん存在しないんだよ! なあ、ヒデ?」

「ああ、そうだね。」

少しムキになる日高。
冷静に同意するヒデ。

「……そうだったね。悪かったよ。」

実はこの一週間、優司と日高の間で何度かこの話題で議論になった。

ガチガチの理論派である日高にとって、ヒキの話などされるだけで不快、といった様子だった。

だが、優司は身をもって「ヒキ」の強弱を感じてきた人間。
1年間高設定をツモりまくったにもかかわらず、家と貯金をすべて失ってしまうほど負けたのだから。

もちろん優司も、理論上、ヒキを語るのはナンセンスだということはわかっている。

(俺ぐらいの究極的なヒキ弱を体験しないと、理解してもらえないだろうな)

こう考えて、この話題になってもあえて争わず、すんなりと引くようにしていた。

「で、スロで食わないとすれば何をやるんだ夏目?
 それだけのウデを持ってるんだから、完全にスロから離れちまうのはまだもったいないんじゃないか?
 あのスロノートもかなり貴重だし」

「……うん」

「ちなみにさ、もし今後も打ってくつもりなら、もう少しこの地域のスロ事情を理解した方がいいぜ?
 知らなかったがために変なトラブルに巻き込まれるのもイヤだろ?」

「スロ事情?」

「ああ。グループ間のナワバリとかさ」

「そ、そんなもんあるんだ……」

「まあ、明確に決まってるわけじゃないけどな。
 このあたりは、大小いくつかのスログループがしのぎを削りあってるんだ。
 と言っても、それぞれがめちゃくちゃ仲悪い、とかそんなんはないけどね。
 でも、一応グループ同士、気を使い合ってるところはある。
 このホールはあのグループがジグマってるからあんまり荒らさないようにしよう、とか」

面倒くさいモンがあるんだな、と優司は思った。

「ちなみに、俺のグループなんて全然ちっちゃい方だよ。全員で6人だし。
 まあ、別に増やそうとも思ってないけど。
 このあたりで一番デカいグループっつったら、やっぱ神崎かんざきんとこだな。
 正確にはわかんねぇけど、多分30~40人はいそうな感じだ。あそことはトラブんなよ」

「……」

「あとは、『マルサン』ってホールでジグマってる広瀬ひろせんとことか、イベント中心で動き回ってる緒方おがたんとこも結構デカいね」

「……そうなんだ」

あまり興味なさそうに日高の話を聞いている優司。
今後どうするかも決めていないため、いまいちこの手の話に興味が持てないのだ。

とはいえ、日高が親切で説明してくれている手前、話の腰を折るのも悪い気がしたので、もう少しこの話題に乗ってみることにした。

「このへんのスロッターは、ほとんどの人がどっかのグループに属してるもんなの?」

この優司の問いに、小島が口をはさむ。

「そんなことはないっスよ。もちろん、一人で気楽に打ちたいって思ってるスロッターも多いしね。
 乾君とか大石君なんかはどこにも属してないのにかなり有名だし。
 まあ、乾君はもう滅多にこの街で見ることはないッスけど」

(そんなにいろいろ名前出されても覚えられないって……)

いきなり赤の他人の名前を連続で出されても、ただ混乱するだけ。
しかも、あまり興味のない話ならばなおさらだ。

このままこの話題を続けても、うんざり感が募るだけだと思い、別の話題を振ることにした。

「そうなんだ。
 結構名前が知られてるスロッターって多いんだね。
 ……ところでさ、藤田ってどうしてんの?」

これは、実は前から優司が気になっていたこと。
ただ話題を変えたかっただけではない。

日高が答える。

「ああ、そういえばまだ話してなかったよな? 藤田のこと。
 あいつ、今ホームレスになるのも時間の問題らしいぜ」

「え? なんで?」 

「アイツ、知っての通りスロのウデなんて全くないだろ?
 当然貯金なんて全然なくてさ。
 しかも、お前から騙し取った30万に浮かれちまってか、豪快に金を使ってたらしいんだよ。
 そこへもってきて、その30万を俺とお前で取り返しただろ?
 もう、来月の家賃を払う金もないらしいぜ」

「……」

「普通は2~3ヶ月くらい家賃を滞納しても追い出されないもんだけど、アイツの場合大家に職なしってのがバレてるから、1回でも滞納したらその場で追い出されるんだと」

「……でもさ、実家に帰りゃいいんじゃないの?」

「いや、そもそもアイツが一人暮らししてんのは、実家から勘当されて追い出されたかららしいんだ」

「へぇ……そうなんだ……」

「まあ、そのへんの詳しい話は聞いてないんだけどさ。興味もなかったし。
 アイツのことだから、なんか余計なことやらかしたんじゃねぇの?」

意外だった。
結果的にそこまで追い詰めることになっていたとは思ってもみなかったのだ。

黙り込む優司を見て、小島が喋りだした。

「どうしたんスか? まさか同情してるとか?」

「……いや、そんなことはないけど」

「そうっスよね? 元はと言えば、アイツがいけないんだし!」

珍しく、ヒデも口を開く。

「俺もそう思うよ。
 藤田は、元々皆にも嫌われてたしな。
 日高もそれは知ってたけど、こいつ、変に義理堅いからなかなか追い出せなかったんだ。
 いったんグループの人間と認めた以上は、みんながなんとなく嫌ってるからっていう曖昧な理由じゃ追い出すことはできない、って。
 まあでも、時間の問題でいつかはこうなると思ってたよ」

同情こそしていなかったが、少し罪悪感は感じていた優司。
この二人の言葉には励まされた。

「……だよね! 俺が気にすることじゃないか!」

「おう! 気にすんな夏目!
 もうアイツの話はいいよ! ガッツリ飲もうぜ!」

そう言って、ビールジョッキを高々とかかげる日高。

4人はもう一度乾杯をし、それから再び雑談が始まった。
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