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Book 1 – 第1巻

Op.1-43 – Rare

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「はーい、授業終わるよ~。今日の復習しっかりして、明日の分の予習もちゃんとやっとくんよ~」

 1限目、担任の宇都による数学の授業が終わり、彼女は日直の2人に号令をかけるように促す。

 日直は日替わりで名簿順によって回される。鶴見高校における名前順は、男女混合で割り振られているものの、男女で分かれた番号も存在する。
 例えば光はクラス名簿順、女子名簿順共に最後尾で、25Rは男子23名、女子19名で構成されるため、前者は42番、後者は19番である。

 日直は基本的に男女1組で行い、人数差の影響で女子の日直が光まで回った後は、男子同士の組み合わせによる日直が2日続くことになる。

「起立」

 日直である青木あおき 誠也せいやの低めの声が教室に響く。 

 今日の日直は出席番号1番同士 (男子:青木 誠也、女子:井上いのうえ 風夏ふうか) の組み合わせで、丁度先日の席替えで近くになった2人は目配せでどちらが号令をかけるかを決めた。

 生徒たちの椅子を引く音、椅子を持ち上げて床に置いた時に鳴る音、その力加減によっても様々な雑音が広がる。

「気をつけ」

 全員が立ったのを確認した後に青木はそう号令をかけ、教室全体が一瞬の静寂に包まれる。

「礼」
「ありがとうございました」

 青木の号令の後に1拍置いて生徒たちが宇都に向けてお辞儀しながら「ありがとうございました」と礼を告げる。

「ありがとうございました」

 宇都もそれに応え、チョーク入れと数Ⅲの教科書を片手に教室を後にする。進学校である鶴見高校、理系クラスである25Rは2年生の終わりまでで大体数ⅢCを終える。
 3年生になって少しの期間、数ⅢCのおさらいをした後、大半の時間を演習に費やす。難関大学合格を目指す生徒たちが大半であるこの学校では、早くから多くの演習問題に取り組み、これまで学んだ知識の応用と実践、全国各地の私立・国立大学の入試問題やその傾向に触れて解法をインプットしていく。

 宇都は学生時代にこのハイペースさに戸惑いを感じながらも何とか付いていき、現役で第一志望の大学の教育学部に入学し、無事教員になることができた。

 学習範囲の大半が終わっていることで宇都の中では既に緊張感が生まれているが (自分の現役時代の経験も相まって)、まだ部活の引退も終えていない高校生たちにその空気がまだ流れていないのは仕方のないことだとも感じている。 

 職員会議では学年主任の小池が「受験に向けてもっと自覚を持たせよ」といった内容のことを告げていたが、「そんなの無理に決まっているだろう」と特にまだ若い宇都は内心毒突いていた。

#####

「光」

 1限目、その後2限目の現代文の授業が終わると明里はすぐに光の元へと向かっていた。窓から校庭を眺めていた光は明里の方を向き「なん?」と尋ねる。

「いや、小池先生からワーク運べって言われよったやん?」

 光は一瞬、考え込んだ後に「あっ」と思い出したかのように声を上げ、「そうやった!」と急いで席を立つ。

 明里はどうせ光は覚えていないだろうと予想し、思い出させに来たのだ。沙耶は後ろからそんな2人の様子を見て「姉妹みたいだなー」とぼんやりと眺めている。

「面倒くさー」
「手伝うけん」
「さっすがー」

 2人はそう言いながらその場を離れようとする。席替えしてからよく見かける光景である。大概、この2人は一緒に行動し、何かやることがあればお互いに協力してこなすことが多い。

「ねね、うちも手伝う」

 不意に出た言葉に沙耶は驚く。いつもならば自分は我関せず、というより入り込む余地無しとして何となく2人の様子を観察しているだけだったのだが、何故か今日は無理やりでも話しかけてみようと反射的に口を突いて出てしまったのだ。

「いや、今村さんに悪いけん?」
「私には悪びれもせんくせに」

 光の言葉に対して少しだけ眉間にしわを寄せた明里が不満を向ける。空気を読めてなかったかと少しの恥ずかしさと後悔を抱えた沙耶は気まずそうに下を向く。

 そんな沙耶を視界に捉えた明里は前々から沙耶が光ともっと仲良くなりたい、と言っていたことを思い出し、光に告げる。

「良いやんたまには私みたいな被害に遭う子が増えても」
「何それ、サイテー」

 光はそう明里に告げると「行こ」と言って出口へと向かう。困った顔の沙耶を見て明里は「ほら早よ」と沙耶を急かし、沙耶は慌てて2人の後について行く。

「最後の、沙耶に向けても言っとるんよ」

 明里は小声で沙耶に告げる。

「えっ」

 沙耶は少し驚きながら明里を見る。

「ガチでいらん時はもっと強く言うんよ、光。それに『明里、行こ』って言わんかったやろ? やけん大丈夫」

 明里は少し笑いながら沙耶に告げる。沙耶は、突然声をかけてしまったことへの反省と恥ずかしさ、それと同時に声をかけて良かったという矛盾した感情が彼女の中を渦巻いているのを感じながら2人の後を追った。

「4拍子だったね」

 ふと光は呟く。

「え、何?」

 思わず沙耶は聞き返す。光は沙耶の方を向きながら答える。

「青木くんと皆んなの挨拶のタイミング」

 沙耶は青木の号令のテンポなどを思い出そうとしたが、普段そんなに意識していないため、朧げでしか覚えていなかった。

「起立っ、にっ、さん、しっ……」

 光は右手で指揮を振りながら話す。

「気をつけ、にっ、さん、しっ……」

 沙耶はその小気味良くくうを切る光の右手を見ながら吹奏楽部の、何だか義務じみた顧問による指揮とは違う、楽しさと華やかさを感じる。

「礼っ、うんっ、ありがとう、ございましたっ!」

 沙耶に分かりやすくするためか1拍ごとにわざとらしいアクセントを付けながら通し、「ありがとうございました」の後にもう4拍入れて拳を握り、指揮者が演奏を止めるようにするのと同じアクションを取る。

「花先生みたいやろ?」
「あんた、いっぺん殴られり」

 光の一言に明里は強い言葉で突っ込む。光は「ひどい……」と呟きながら少し笑う。

「号令する人によってテンポとリズムって変わるっちゃん。適当に終わらせる人は3拍子で1拍ずつやって先生に『適当にやるな』って注意されよる。今日の青木くんくらいのペースだと先生たち何も言わん。まだ起立しきれとらん人がおってもね」

 沙耶は光の独特な視点に困惑するも、何となく、感覚的なところで納得する。

「3連符とか使いーよ」

 明里の一言に光は笑う。

「何かなまるやん? タタタ、タタタ、タタタ」

 光は手で3連符を叩きながら「起立」「気をつけ」「礼」の3単語を当てはめようと取り組み、それが何だかなまっているように聞こえて沙耶も思わず笑う。

 明里は光に分からないように沙耶の背中をトンッと軽く叩き、笑いかける。沙耶もそれに応じて顔をくしゃくしゃにしながら笑う。

 普段は物静かにしている光の意外な一面を見て沙耶は少し嬉しくなったのだった。

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