NOISE

セラム

文字の大きさ
上 下
52 / 69
Book 1 – 第1巻

Op.1-40 – Difference (1st movement)

しおりを挟む
 福岡県民交流センター・小ホールを大きな拍手が包み込む。

 折本恭子の生徒によるコンサートのプログラムが終わり、その最後を彩る自由即興演奏。その代表に選ばれた3人が提示されたモチーフからその場で自由に創作し、即興で1つの音楽を生み出す。

 そのクリエイティブな空間が最後の高校2年生の女子生徒によって終わりを迎え、彼女たちの演奏と創造性に大きな賞賛を向けられている。

「はい、3人とも素敵な演奏をありがとうございました!」

 マイクを握りしめた折本がステージに立つ。

「それでは皆さん、もう1度大きな拍手を……」

 折本はそう言って3人の方を向き、もう1度惜しみない拍手を彼らに送るよう聴衆たちに求めようとしたその瞬間、会場前方にある固く閉ざされた大きな扉が鈍い音をさせながらゆっくりと、開かれた。

––––そこに立っていたのは当時小学校5年生の結城光。

 光は両手で一生懸命に力を込めてその扉を開き、小ホールにやって来た。

 つい先ほどまで父が急用でいなくなってしまったことがショックで大泣きし、ピアノを演奏することを拒否していた少女が力の込もった瞳で真っ直ぐにステージを見つめていた。

「あら光ちゃ……」

 折本は光に話しかける。「どうしたの?」と尋ねるつもりであったが、折本の中で光から得られる返答は決まりきっていた。

「弾く」

 光はそう短く告げた。一瞬の沈黙。

「ピアノ弾く」

 光はもう1度そう言うとそのままピアノの方へと進んでいった。

「面白くなりそう……」

 折本は、会場中の注目を一身に浴びながら堂々とステージへと上がり、自分の目の前を通り過ぎてステージ中央に置かれたグランドピアノへと向かっていく光の後ろ姿を見ながら小さく呟いた。

 光の集中力は既に最高潮に達しており、何がきっかけとなったのか折本には定かではなかったものの、これからこの、先日11歳になったばかりの少女が何か大きなものを披露するに違いないと確信した折本はそのまま光をピアノへと向かわせ、スタッフたちに目配せし、自分たちは外へと捌けていった。

「先生、光ちゃん戻ってきましたね」

 1人の女性スタッフが小声で折本に話しかける。彼女の方を見ずに折本は黙って頷き、光の姿を見つめていた。
 女性スタッフはそれ以上声をかけることは折本の邪魔になると思い、そのまま黙ってステージの方へと目を向けた。

 光はピアノの椅子の高さを調整した後にちょこんと腰掛けると、譜面台に置かれた今村沙耶によって提示されたモチーフが記された小さな紙に気付き、それを見つめる。

 |シ♭ シ♭ ソ –|シ♭ シ♭ ファ– |

 その小さな紙に書かれたモチーフを確認した後、光は両手を膝の上に置いて目を閉じ、顔を下に向けて静止するいつもの姿勢となって動きを止めた。

––––始まった

 光を知る者たち、講師である折本や舞、明里たち広瀬家の3人、光と同じグループレッスンに属する生徒たちやその保護者を中心として光のルーティーンが終わるのをじっと待つ。

 一方で光の演奏を聴いたことのない者たち、特に毎年プログラムが後半にされている年長の生徒たち (殆どの上の年齢の生徒たちはプログラム後半になってから遅れて会場を訪れる) やその保護者は光のその独特な姿勢を見て困惑する。

「(さっきまで泣いとったのにあの子……。雰囲気が違う)」

 その困惑している側の人間の中に今村沙耶は含まれ、先ほどまでの光とのギャップに大きな困惑を持ってその姿を見つめていた。

––––スッ

 なんの前触れもなく突然、光の両手がピアノの鍵盤へと下ろされた。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活

XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。

【新編】オン・ユア・マーク

笑里
青春
東京から祖母の住む瀬戸内を望む尾道の高校へ進学した風花と、地元出身の美織、孝太の青春物語です。 風花には何やら誰にも言えない秘密があるようで。 頑なな風花の心。親友となった美織と孝太のおかげで、風花は再びスタートラインに立つ勇気を持ち始めます。 ※文中の本来の広島弁は、できるだけわかりやすい言葉に変換してます♪ 

Toward a dream 〜とあるお嬢様の挑戦〜

green
青春
一ノ瀬財閥の令嬢、一ノ瀬綾乃は小学校一年生からサッカーを始め、プロサッカー選手になることを夢見ている。 しかし、父である浩平にその夢を反対される。 夢を諦めきれない綾乃は浩平に言う。 「その夢に挑戦するためのお時間をいただけないでしょうか?」 一人のお嬢様の挑戦が始まる。

GIVEN〜与えられた者〜

菅田刈乃
青春
囲碁棋士になった女の子が『どこでもドア』を作るまでの話。

黄昏は悲しき堕天使達のシュプール

Mr.M
青春
『ほろ苦い青春と淡い初恋の思い出は・・  黄昏色に染まる校庭で沈みゆく太陽と共に  儚くも露と消えていく』 ある朝、 目を覚ますとそこは二十年前の世界だった。 小学校六年生に戻った俺を取り巻く 懐かしい顔ぶれ。 優しい先生。 いじめっ子のグループ。 クラスで一番美しい少女。 そして。 密かに想い続けていた初恋の少女。 この世界は嘘と欺瞞に満ちている。 愛を語るには幼過ぎる少女達と 愛を語るには汚れ過ぎた大人。 少女は天使の様な微笑みで嘘を吐き、 大人は平然と他人を騙す。 ある時、 俺は隣のクラスの一人の少女の名前を思い出した。 そしてそれは大きな謎と後悔を俺に残した。 夕日に少女の涙が落ちる時、 俺は彼女達の笑顔と 失われた真実を 取り戻すことができるのだろうか。

脅され彼女~可愛い女子の弱みを握ったので脅して彼女にしてみたが、健気すぎて幸せにしたいと思った~

みずがめ
青春
陰キャ男子が後輩の女子の弱みを握ってしまった。彼女いない歴=年齢の彼は後輩少女に彼女になってくれとお願いする。脅迫から生まれた恋人関係ではあったが、彼女はとても健気な女の子だった。 ゲス男子×健気女子のコンプレックスにまみれた、もしかしたら純愛になるかもしれないお話。 ※この作品は別サイトにも掲載しています。 ※表紙イラストは、あっきコタロウさんに描いていただきました。

百合色雪月花は星空の下に

楠富 つかさ
青春
 友達少ない系女子の星野ゆきは高校二年生に進級したものの、クラスに仲のいい子がほとんどいない状況に陥っていた。そんなゆきが人気の少ない場所でお昼を食べようとすると、そこには先客が。ひょんなことから出会った地味っ子と家庭的なギャルが送る青春百合恋愛ストーリー、開幕!

処理中です...