TRACKER

セラム

文字の大きさ
上 下
141 / 172
番外編②前編 - DEED編

番外編②-4 – 取り調べ①

しおりを挟む
「それでは始めますね」

––––"脳内取調室ウェベックス"

 杉本が取り調べ相手を決めたのを見て狩野は地震の超能力・"脳内取調室ウェベックス"を発動した。
 杉本、鶴川、狩野の3人は2つの部屋を前に直線の廊下に佇む。左の部屋には『取調室A – 天草英理子』、右の部屋には『取調室B – 横手イルマ』というホログラムが表示されている。

「これは……なかなか不思議ですね」

 特に非超能力者である杉本は狩野によって作り出された精神世界へと飛ばされたことに感心し、好奇の目を持って2つの取調室を交互に見ている。

「取り調べの順は先ほどおっしゃっていた通りで大丈夫ですか? セッションがスタートするまでは順番を変えられますよ」

 狩野は取り調べが始まる前の最後の確認を行う。

「結構ですよ」

 杉本が穏やかに答えると狩野は「それではこちらへ」と言って取調室Aの扉を開いた。

 3人が部屋へ入るとそこには中心に照明が1つ置かれた机が設置され、ストレートなロングヘアを流し、ネイビーのビッグシルエットTシャツにホワイトのカーゴパンツを身に着けた女性が1人椅子に座っている。

「こんにちは。あなたは天草英理子さんでお間違いないですか?」

 狩野は着席している女性に告げ、女性は大きな目を狩野に向け、黙ったままコクッと頷く。
 天草英理子は現在26歳。子役の頃から女優として活動し、成人してからも様々なドラマやファッション誌にフィーチャーされ、若者たちを中心に人気を博している。

 狩野は杉本に合図を送り、自分は部屋の隅にあるもう1つの机へと着席する。また、杉本は天草の向かい側の椅子を引いて座り、鶴川はその隣に立っている。

「初めまして、天草さん。僕は捜査一課の杉本という者です。こちらは鶴川です。どうぞよろしくお願いします」

 鶴川は軽く会釈をし、天草は黙って応じる。

「天草さん、お会いできて光栄です。昨今のご活躍は目を見張るものがありますね。僕には高校2年生と中学1年生の娘がいるのですが、2人共あなたの大ファンでして。ドラマを録画してまで視聴しているのですよ。お陰で宿題が遅くまでかかってしまって親としては困ったものです」

 杉本はまるで世間話をしているかのように軽快に話し、その後も天草の活動に対する称賛を数分間続ける。天草も最初は話すことを拒絶していたものの、杉本の和やかな様子や称賛されたことに少しずつ気を良くしたのか簡単な返答をするようになる。

「あなたのような方がこのような場に……。非常に残念なものです」

 杉本の一言に対して天草は黙り込んで下を向く。

「幼い頃からの周囲の過度な期待、身近な方々にも相談しにくかったのですかね? そしてあなたは常に若者たちのシンボルでないといけない……。そうした環境はあなたの気を休める時間を与えてはくれなかった。あなたは心の救いを求めてこのような場に足を運んでしまった。どうでしょう?」

 天草は杉本の言葉を一度飲み込んだ後に再び下を向いて自分の膝に目をやり、微かに肩を震わせる。その後、少しだけ顔を上げてその様子を静観していた杉本の顔を見て口を開く。

「私、去年の春頃に1度だけ知り合いに言われて……試したんです。本当にその1回だけなんです。実際に使ったのは……。使った後に怖くなって……」
「それでは今回は何故?」

 天草は少し考えた後に話し始める。

「その、どこで知られたのか分からないですけど、1ヶ月ちょっと前にDEEDの人たちに勧誘されて……。怖かったんですけど、絶対に見つからないからって。それで……。最近、ドラマの仕事やファッション系の仕事が大変になってきていて。精神的に参ってしまって。去年使った時に気持ちが楽になったのを思い出して……」
「それで今回参加してしまったと」
「はい……」

 天草は力なく答える。

「(上手いな)」

 狩野は杉本の様子を見て素直に感心する。

「(初めに相手のそれまでの実績を称賛し、身近な例を出しながら相手の懐に潜り込んで話しやすい環境を作り出す。その後、若干の批判を展開することで相手の良心に訴えた後に相手の立場になって同情の姿勢も示す……。天草の感情はジェットコースターのように激しく動いただろう。王道と言えば王道だが、相手は若い女性で拘束された直後の素人。揺さぶるには十分だったな)」

「それでは気になることをお一つ」

 天草の涙が少し落ち着いてから杉本が尋ねる。

「その天草さんに接触したDEEDの者は"絶対に見つからない"と言ったのですね? きちんと護衛を付けるではなく?」
「はい。勿論、超能力者のボディーガードを付けるとも言ってますたけど。けど……」
「けど?」

 杉本は天草の言葉に対して少しだけ身を乗り出して尋ねる。

「超能力者じゃない人が護衛についたんです。言われていたことと違うって話はしたんですが、もう引き返せなくて……」

 杉本は憔悴しきった様子の天草をなだめながら何かを考えた後に声をかける。

「天草さん、あなたが本当に去年の春から薬物に手を出していないのであれば……。情状酌量の余地があると判断されるかもしれません。あなたが反省し、更生して戻ってくることを僕は楽しみにしていますよ。困ったことがあればいつでも僕にご連絡下さい」

 そう告げた後に杉本は狩野に目配せする。狩野は静かに頷くと鶴川と杉本の2人を連れて部屋を後にする。
 3人が廊下に出ると取調室Aは消滅し、取調室Bが残る。

「1つの取り調べが終わると3分間だけ話し合いの時間が設けられます。これは制限時間から消費されないのでご安心を」
「助かります」

 杉本は答えた後に2人の方を振り返る。

「それでは少しだけ話を整理しますか」

 3人は廊下で天草の取り調べで得た情報の整理を始めた。



しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

魅了が解けた貴男から私へ

砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。 彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。 そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。 しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。 男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。 元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。 しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。 三話完結です。

【長編・完結】私、12歳で死んだ。赤ちゃん還り?水魔法で救済じゃなくて、給水しますよー。

BBやっこ
ファンタジー
死因の毒殺は、意外とは言い切れない。だって貴族の後継者扱いだったから。けど、私はこの家の子ではないかもしれない。そこをつけいられて、親族と名乗る人達に好き勝手されていた。 辺境の地で魔物からの脅威に領地を守りながら、過ごした12年間。その生が終わった筈だったけど…雨。その日に辺境伯が連れて来た赤ん坊。「セリュートとでも名付けておけ」暫定後継者になった瞬間にいた、私は赤ちゃん?? 私が、もう一度自分の人生を歩み始める物語。給水係と呼ばれる水魔法でお悩み解決?

旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】 ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

完結【進】ご都合主義で生きてます。-通販サイトで異世界スローライフのはずが?!-

ジェルミ
ファンタジー
32歳でこの世を去った相川涼香は、異世界の女神ゼクシーにより転移を誘われる。 断ると今度生まれ変わる時は、虫やダニかもしれないと脅され転移を選んだ。 彼女は女神に不便を感じない様に通販サイトの能力と、しばらく暮らせるだけのお金が欲しい、と願った。 通販サイトなんて知らない女神は、知っている振りをして安易に了承する。そして授かったのは、町のスーパーレベルの能力だった。 お惣菜お安いですよ?いかがです? 物語はまったり、のんびりと進みます。 ※本作はカクヨム様にも掲載しております。

【完結】ご都合主義で生きてます。-商売の力で世界を変える。カスタマイズ可能なストレージで世の中を変えていく-

ジェルミ
ファンタジー
28歳でこの世を去った佐藤は、異世界の女神により転移を誘われる。 その条件として女神に『面白楽しく生活でき、苦労をせずお金を稼いで生きていくスキルがほしい』と無理難題を言うのだった。 困った女神が授けたのは、想像した事を実現できる創生魔法だった。 この味気ない世界を、創生魔法とカスタマイズ可能なストレージを使い、美味しくなる調味料や料理を作り世界を変えて行く。 はい、ご注文は? 調味料、それとも武器ですか? カスタマイズ可能なストレージで世の中を変えていく。 村を開拓し仲間を集め国を巻き込む産業を起こす。 いずれは世界へ通じる道を繋げるために。 ※本作はカクヨム様にも掲載しております。

処理中です...