TRACKER

セラム

文字の大きさ
上 下
104 / 172
夏休み後編

第102話 - 吉塚仁

しおりを挟む
「それじゃあ駄目なんです!」

 近藤を一蹴した柳に向かって和人が大声で告げる。

「え?」

 柳は鈴村にコンテナ船から出るよう促されている和人の方を見て、そのただならぬ様子に少し驚いた顔で聞き返す。その後、和人の負傷状況を見て納得したかのように言葉を続ける。

「なるほど、可愛いBOY! あなたも怪我していて痛いのね? 私が後でしっかり治してあげるから少しだけ待っててちょうだい♡」

 仁が片手を挙げながら柳を制し、和人の方へと近付いて尋ねる。

「どういう事か詳しく教えてくれるかの?」

 優しく問いかけた仁だが、和人はその貫禄に緊張する。

「(この人が吉塚仁……! 俺のお祖父ちゃんと並ぶ最高峰の超能力者にして『霧島流心武源拳』の創始者の1人……!)」

 和人はゴクリと唾を飲み込んで自分を落ち着けた後に近藤の超能力について説明を始める。

「奴の超能力は海中で最も力を発揮するものです。これまでの戦闘から考えると、液体を取り込んでそれをエネルギー源として魚雷や機雷で攻撃する超能力です」

 仁の様子を注意深く観察しながら和人は続ける。

「僕の矢の超能力ちからで致命傷を与えたのですが、海中から戻ってきた時にはほぼ完全に回復していました。瑞希が圧倒してしまいましたけど」 

 仁は顎をさすりながら思考し始める。

「フム……。先ほどの爆撃がその攻撃か。そこまでの攻撃力でないにも関わらず込めているサイクス量が少し多かったの。ただの雑魚か、その回復能力に相応のリスクがあるのかと言ったところか……」

 後ろで柳が仁に告げる。

「でも仁先生、私の一喝で既に気を失ってましたよ?」

 仁は溜め息をつきながら柳の方を振り返り、呆れたように答えた。

「水との親和性が高い超能力じゃ。海に入った途端に目を覚まして逃げてしまうかもしれんじゃろ。そうでなくても死んでしまってはいかんしのォ……」

#####

 コンテナ船から200mほど離れた地点で近藤は落下する。

「(もう身体がボロボロや……。けど、海中に投げ出されたのは幸運やったな……。ここから逃げ出して一から出直しや。俺の力があれば何度でもやり直せる)」

 入水してから30秒ほどして目を覚ました近藤はこれ以上戦闘することを諦め、近藤組を新設する考えに切り替えた。皆藤や中本など信用を置いていた友人を失ったものの自分の実力でまた這い上がる覚悟を決めていた。

「(あいつらがおかしいだけや。俺は強いはずなんや)」

 近藤は負傷した身体を押してコンテナ船から離れようと試みる。

#####

「あら、結構遠くまで行っちゃいましたね」

 柳は近藤が吹き飛ばされた方を遠い目で見ながら仁に告げる。

「ワシがやるわい。お前らは他の者たちの面倒を見ときぃ」

 床で静かに眠っている瑞希に一瞬視線を移し、「みずのことも頼んだ」と一言だけ付け足した後に、近藤が落下した辺りに向けてその場から勢いよく跳躍した。

「(何をする気……?)」

 花は仁を目で追いながら疑問に思っていた。それに気付いた鈴村が声をかける。

「大丈夫ですよ。仁さんが奴を捕らえてきます」

 花は鈴村の言葉を聞きながら仁の行方を追う。

 仁は近藤が落下した地点の真上に到達すると右手を下に向けたまま垂直に落下し始める。そのまま右手が海面に触れようとした瞬間、仁の身体に自然科学型サイクスが静かに滑らかに流れ始める。


––––"愛は海よりも深くハウ・ディープ・イズ・ジ・オーシャン"


 仁の右手が海に触れた瞬間、海水はまるで布のように実体を持ち、仁によって掴まれる。仁はそのまま左手でも海水を掴んで身体を捻りながら足で海水を蹴り、再び宙へと身体を投げ出す。
 その所作は短時間の内に行われたものの流麗で、見た者を仁とその周りの海水だけがゆっくりと時が流れているかのように錯覚させる。

「仁先生は流体を実体として捉えて掴むことも出来るのよ。他にも色々とできるけどね」

 柳が呆気に取られている花と和人に告げる。その横で鈴村が言葉を続ける。

「更に……」

 仁は空中で海水を掴みながら両手を捻り、海水の一部を球体として抜き取る。その中央には驚愕の顔を見せている近藤が水中で浮遊している。

「任意の立体図形を任意の大きさで抜き取ることも出来る」

 その海水の球体は太陽の光も相まって蒼く水晶玉のように輝き、1つの芸術作品の様相を呈する。

「フム、これで十分じゃの」

 仁は海水を掴んだままの両手で球体を岸壁の方へと投げ飛ばす。投げ飛ばされた球体がコンテナ船とは離れた場所へと向かったのを満足そうに眺めた後、そのまま落下し、海面を蹴って球体が向かった先へと跳躍した。
 海水の球体が岸壁に衝突し、弾け飛ぶのとほぼ同時に仁は岸壁へと着地し、近藤の方に目をやる。

 近藤はその衝撃を受けて再び気を失っており、横たわっていた。

「お見事です」
「結局は仁先生のお手を煩わせる事態にしたな、この馬鹿が」

 柳が大きな拍手をしながら仁を讃えている様子を見て間髪入れずに鈴村が非難する。

「(何てデタラメな超能力なの……)」

 強大なサイクスと圧巻の超能力を前にして言葉を失う花に仁はゆっくりと近付いて声をかける。

「警察の方で良いかの? そいつの後処理は任せたぞ」

 そう言い残し、仁は瑞希の方へと向かう。町田は異不錠を片手に近藤の元へ向かい、手錠と共に掛ける準備に取りかかっていた。

––––ズズズズ……

 その時、瑞希の周りを異質な黒いサイクスがドーム状に囲み、瑞希の胸付近から黒い渦が現れる。

「(このサイクスは瑞希の!? いや、違う者のサイクス!?」

 その黒いサイクスの渦から両手が飛び出し、その後に頭部、そして身体全体が露わになる。

「やっほ~、お久しぶり~♡」

 現れたのは不気味な仮面を装着した女、不協の十二音 第5音・"JESTER"。

 仁はすぐさまJESTERの目の前へと移動し、指先にサイクスを集中させて横に一閃する。

 その一閃は停泊する3隻の大型コンテナ船全てを横に真っ二つに切断した。



しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】 ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。

【長編・完結】私、12歳で死んだ。赤ちゃん還り?水魔法で救済じゃなくて、給水しますよー。

BBやっこ
ファンタジー
死因の毒殺は、意外とは言い切れない。だって貴族の後継者扱いだったから。けど、私はこの家の子ではないかもしれない。そこをつけいられて、親族と名乗る人達に好き勝手されていた。 辺境の地で魔物からの脅威に領地を守りながら、過ごした12年間。その生が終わった筈だったけど…雨。その日に辺境伯が連れて来た赤ん坊。「セリュートとでも名付けておけ」暫定後継者になった瞬間にいた、私は赤ちゃん?? 私が、もう一度自分の人生を歩み始める物語。給水係と呼ばれる水魔法でお悩み解決?

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

完結【進】ご都合主義で生きてます。-通販サイトで異世界スローライフのはずが?!-

ジェルミ
ファンタジー
32歳でこの世を去った相川涼香は、異世界の女神ゼクシーにより転移を誘われる。 断ると今度生まれ変わる時は、虫やダニかもしれないと脅され転移を選んだ。 彼女は女神に不便を感じない様に通販サイトの能力と、しばらく暮らせるだけのお金が欲しい、と願った。 通販サイトなんて知らない女神は、知っている振りをして安易に了承する。そして授かったのは、町のスーパーレベルの能力だった。 お惣菜お安いですよ?いかがです? 物語はまったり、のんびりと進みます。 ※本作はカクヨム様にも掲載しております。

【完結】ご都合主義で生きてます。-商売の力で世界を変える。カスタマイズ可能なストレージで世の中を変えていく-

ジェルミ
ファンタジー
28歳でこの世を去った佐藤は、異世界の女神により転移を誘われる。 その条件として女神に『面白楽しく生活でき、苦労をせずお金を稼いで生きていくスキルがほしい』と無理難題を言うのだった。 困った女神が授けたのは、想像した事を実現できる創生魔法だった。 この味気ない世界を、創生魔法とカスタマイズ可能なストレージを使い、美味しくなる調味料や料理を作り世界を変えて行く。 はい、ご注文は? 調味料、それとも武器ですか? カスタマイズ可能なストレージで世の中を変えていく。 村を開拓し仲間を集め国を巻き込む産業を起こす。 いずれは世界へ通じる道を繋げるために。 ※本作はカクヨム様にも掲載しております。

転生悪役令嬢に仕立て上げられた幸運の女神様は家門から勘当されたので、自由に生きるため、もう、ほっといてください。今更戻ってこいは遅いです

青の雀
ファンタジー
公爵令嬢ステファニー・エストロゲンは、学園の卒業パーティで第2王子のマリオットから突然、婚約破棄を告げられる それも事実ではない男爵令嬢のリリアーヌ嬢を苛めたという冤罪を掛けられ、問答無用でマリオットから殴り飛ばされ意識を失ってしまう そのショックで、ステファニーは前世社畜OL だった記憶を思い出し、日本料理を提供するファミリーレストランを開業することを思いつく 公爵令嬢として、持ち出せる宝石をなぜか物心ついたときには、すでに貯めていて、それを原資として開業するつもりでいる この国では婚約破棄された令嬢は、キズモノとして扱われることから、なんとか自立しようと修道院回避のために幼いときから貯金していたみたいだった 足取り重く公爵邸に帰ったステファニーに待ち構えていたのが、父からの勘当宣告で…… エストロゲン家では、昔から異能をもって生まれてくるということを当然としている家柄で、異能を持たないステファニーは、前から肩身の狭い思いをしていた 修道院へ行くか、勘当を甘んじて受け入れるか、二者択一を迫られたステファニーは翌早朝にこっそり、家を出た ステファニー自身は忘れているが、実は女神の化身で何代前の過去に人間との恋でいさかいがあり、無念が残っていたので、神界に帰らず、人間界の中で転生を繰り返すうちに、自分自身が女神であるということを忘れている エストロゲン家の人々は、ステファニーの恩恵を受け異能を覚醒したということを知らない ステファニーを追い出したことにより、次々に異能が消えていく…… 4/20ようやく誤字チェックが完了しました もしまだ、何かお気づきの点がありましたら、ご報告お待ち申し上げておりますm(_)m いったん終了します 思いがけずに長くなってしまいましたので、各単元ごとはショートショートなのですが(笑) 平民女性に転生して、下剋上をするという話も面白いかなぁと 気が向いたら書きますね

処理中です...