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夏休み後編

第100話 - 少女

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「何……あれ……」

 非超能力捜査官である今野の保護の下、コンテナターミナル外の駐車場で待機している西条綾子はコンテナ船を覆う強大なサイクスを見て思わず車から飛び出した。

「どうしたの!?」

 "空想世界イマジン"内で綾子のただならぬ様子を見て志乃が尋ねる。
 綾子は視界共有をリクエストしてそれを志乃は承認、共にコンテナ船の様子を見ることが可能となった。

「あれ……多分、瑞希のだ」

 綾子の呟きに驚いた志乃は聞き返す。

「え、あれが!?」
「うん。ホテルの時よりももっと凄いけど……」

 ゆっくりと綾子は答え、同時に瑞希の精神状態とそれを引き起こす原因となったであろう萌と結衣の安否を心配する。

「お嬢ちゃんは心配せんで良いぞ」

 綾子が声がした方を振り向くと、そこには中央に1人の老夫、右隣に気温が高い中でも漆黒のスーツをスマートに着こなし、髭も綺麗に整え、七三分けにされた髪型もあって清潔な印象を与える175cm程度の眼鏡をかけた男性、それとは対照的に老父の左隣には赤いタンクトップにカーキ色の短パンというラフな格好に無精髭を生やし、190cmは超えているであろう屈強な男性の3人が立っていた。

「柳、尊敬する先生との久しぶりのお仕事だ。もう少しきちんとした格好は出来なかったのか?」

 スーツを着た男性は屈強な男性を柳と呼び、その服装について非難がましく言及する。

「あら、動きやすい格好の方が悪い子ちゃんたちを懲らしめるのには効率的だと思うのだけれど?」

 屈強な男性はその体格からは想像がつかない優しい女性口調で話す。

「プロはどんな格好でも結果を出すものだよ」
「内容に応じてベストなコンディションを整えて臨むのがプロだと思うのだけれどどうかしら? それにあなたは少し高圧的な印象を受けるわね。せっかく仁先生のお孫さんや関係者の方々とお会いできるのだから接しやすい印象の方が良いでしょう?」
「そしてそれが君の接しやすいと思う格好というわけか? センスを見直したらどうだ? そのままだと話し始めれば気持ち悪いと思われるだけだな」

 2人の空気が一瞬で凍りつく。

「多様性を尊重する社会において鈴村くんは少々取り残されているようね? そうやって凝り固まっているから仁先生のように結果を残せないのよ」

 鈴村が何かを言いかけたところで吉塚仁が手で制する。

「2人とも止めい。孫の友人の前だ、恥をかかせるな」

 そう言われた鈴村と柳は我に返り、バツが悪そうに1歩下がる。

「ワシは吉塚仁という名で瑞希の祖父じゃ。いつも孫が世話になっとるな」

 仁はにこやかに自己紹介し、少し頭を下げる。綾子もそれに応じて頭を下げる。

「こっちのスーツ姿の男が鈴村すずむら圭吾けいご、もう1人がやなぎ大雅たいが。2人ともワシが昔大学で教えとった時の生徒じゃ。その後も研究グループにおったな」
「やだぁ~先生、昔なんて言ったら私たちけっこう歳がいってるのがバレちゃうじゃないですかぁ~」

 仁は柳の言葉を聞いて面倒くさそうに溜め息をつき、綾子に告げる。

「ま、お嬢ちゃんはそこの警察官と一緒におれ。心配せんで良いぞ」

 そう言うと仁は軽く手を振りながら2人を従えてコンテナターミナルへと向かった。

#####

 瑞希は突然自分の脳内に現れた見知らぬ少女に困惑する。その少女は絶えず瑞希を愛おしそうに見つめ、微笑みかけている。

「(同じ三地区高の制服……。こんな人見たことないけど……)」

 少女は瑞希と同じ東京第三地区高等学校の制服を着用している。瑞希はその女生徒に見覚えはないもののどこか親近感を抱いている自分に気付き、少し困惑する。
 少女は瑞希より少しだけ髪が長いミディアムウルフのヘアスタイル。そしてその髪色は丁度今の瑞希のように美しい銀色をしており、まるでシルクのように美しく艶やかである。

 その少女は不意に瑞希に近付き、そのまま優しく抱きしめる。

「(良い匂い……)」

 瑞希はその落ち着いた女性の包容力に安心感が湧き、思わず目を閉じる。

「(瑞希のサイクスが落ち着いてきた……!?)」

 瑞希が近藤に手をかけようとするその直前に動きが止まり、周囲を囲い込んでいた強大な瑞希のサイクスが落ち着いてきたことに驚く。

「(あの子の身体で一体何が起こっているの!?)」

 瑞希は脳内に流れ込んできた、またしても身に覚えのない景色の中にいた。

「(病院……?)」

 瑞希は赤ん坊を抱きかかえながら泣いている銀髪の女性を俯瞰して見ている。女性は病室のベッドに座っており、カーテンの隙間から朝の明るい日差しが差し込んで女性の銀色の髪により輝きを与え、白を基調とした病室に温かな色味を施す。

「ごめんね……。ごめんねぇ……」

 女性は肩を震わせながら抱きかかえる赤ん坊に必死になって謝罪している。赤ん坊はそんな様子を余所に、無邪気に寝息を立てて眠りについている。


––––不意に言葉が口をつく


 その言葉を聞いた少女は抱きしめていた腕を離して瑞希を見つめ、少し悲しげに微笑んだ後、瑞希の両頬を両手で優しく包み込んで額を合わせた。

#####

「p-Phone内のサイクス残量が無くなりました。月島瑞希は3時間、如何なるサイクスも使用することはできません」

 突如ピボットのアナウンスが鳴り響く。瑞希のサイクスは一瞬にして消え、その場で無防備に立つだけの15歳の少女となった。

「瑞希、逃げなさい!」

 花はそのアナウンスに驚き、直ぐにその場から離れるよう瑞希に向かって叫ぶ。それでも瑞希は立ったままその場から動かない。

「(俺は助かったのか!?)」

 近藤は左手で瑞希を弾き飛ばし、瑞希はそのまま意識を失う。

「やはり俺には運がある!!!」

 近藤はそう叫び、魚雷を発動しようと集中した瞬間、顔面に衝撃が走り、大きく吹き飛ばされる。

 柳は瑞希を優しく抱きかかえ、仁は瑞希の顔を覗き込んで頬を軽くなぞった後に美しく輝く銀色の髪の毛をしばらく眺めて「瞳……」と小さく呟いた。

「さて……」

 吉塚仁は近藤の方を向き、静かな自然科学型サイクスを纏った。



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