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夏休み後編

第87話 - 考え

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「あなたがこのコンテナターミナルの施設長、糸井いといさんですね?」

 和人は落ち着いた声で尻もちをついて顔を真っ青にして震えている、頭が禿げ上がった初老の男に尋ねる。

「そ……そうです、糸井です」

 それを聞いて和人は糸井に手を貸し、デスクに座らせる。

「糸井さん、直ぐにあなたのIDカードを渡して頂けますか? プログラミングされているレベル4のコードを抽出して僕らの警察手帳に付与します」

 日本警察組織が持つ警察手帳は薄型の小型カードタブレットとなっており、画面には警察章が表示される。スワイプすれば持ち主のプロフィールやIDが表示され、従来通り身分証明に使われる。
 XR (クロスリアリティ) 機能の起動で空間上にデータを表示、スマートグラスやスマートコンタクトを通して共有することが可能となる。
 2500年代より、この警察手帳タブレットには様々なデータ送受信が可能となり、本来ならば他機種への送信を封じられるような機密コードを付与する事すら出来る。

 今回の場合、施設長の持つ百道コンテナターミナルのセキュリティーレベル4コードはこの施設で働くためのIDカードにしかコードを付与する事が出来ない。しかし、警察手帳にはそれが可能となっている。

「糸井さん、こちらへ」

 岸は肩に掛けてあったバッグからラップトップを取り出し、糸井からIDカードを受け取る。岸はそれをそのまま本体に差し込み、キーボードを打ち始める。その様子を見ながら和人が糸井に話しかける。

「奴らが地下シェルターを根城にしているのは間違いないですか?」

 糸井は大量に噴き出している頭の汗をハンカチで拭いながら答える。

「は……はい。ただ、自由に入れるのはリーダーの男と眼帯の男、それにガタイの良い金髪の男だと思います……。他の連中は彼らと一緒に行動している時にしか入れていないと思います」

 糸井は息を切らしながら答える。

「他の連中は大体どこにいるんですか?」

 和人が近藤、中本、皆藤以外の部下についても尋ねる。糸井は一度大きく息を吐き出して呼吸を整えた後に答えた。

「基本的には地下シェルター、コンテナヤードやその奥の休憩所、コンテナ船の周りにいると思います」

 岸が解析を終え、セキュリティーコードを全員の警察手帳に送信する。

 和人はそれを確認すると、"空想世界イマジン"で瑞希、花、町田に連絡する。

「セキュリティーコードは送信しました。それと敵の配置についても」

 瑞希、花、金本、町田の4人はゲートハウスで別れた後にコンテナヤードへ侵入し、地下シェルターの入り口がある中央付近へと敵を排除しつつ進み、コンテナの陰に隠れて待機していた。

「えぇ、受け取ったわ」

 花は警察手帳を確認しつつ答える。金本と町田も同じく警察手帳を一瞥いちべつする。警察手帳を持たない瑞希は「ズルい」とボソッと呟きつつ目の前の男を背後から静かに排除する。

「問題は近藤、中本、皆藤しか自由に出入りできないって事ね。瑞希は皆藤と面識が無いから私が"私とあなたの秘密シークレット・フェイス"で潜入するしかないわね」

 瑞希がレンズを発動しながら口を挟む。

「それと問題がもう1つ」

 "空想世界イマジン"内にいる和人、花、町田、田川、井尻が瑞希の方を注目する。

「私の"あなたの存在証明サイクス・マッピング"があれば中本の残留サイクスの付着具合で近藤組か従業員の人なのかは大体区別できます。ただ、ゲートハウスのおじさんが言ってたように頭上に目玉が発動する人がいます。確認したところ2人の近藤組に1人の従業員。監視系の超能力者なら気絶させればバレるし、"私とあなたの秘密シークレット・フェイス"に成功したとしても中本の目を通せば先生の姿はバレてしまう」

 「確かに」と全員が黙りこくる。瑞希は"空想世界イマジン"内で自分の視界を共有し、積載されたコンテナの上に乗って身を潜めながら中央付近を見る。

「ちょっと見てて」

 頭上に目玉が浮遊していた男がその場から離れ、船舶を接岸、けい留させるための施設である岸壁の方へと移動を始める。暫くそれを見守っていると頭上の目玉が消える。

「逆の現象もあって目玉が無かったのに突然現れた人もいました」

 話を聞いていた花が顎に手を当てながら呟く。

「発動条件ね」

 瑞希はそれを聞いてニコッと笑う。

「多分距離が関係していると思います。中本からある一定範囲内に入ると目玉が出現する。それで待機している間、観察してたんですけど、あのシェルターへの入り口から大体あの辺の位置までが範囲だと思います」

 瑞希が指差す方向にはコンクリートの地面に白い傷痕が残されて目印のようになっている。瑞希は事前に転がっていた小石に"超常現象ポルターガイスト"を施してマーキングをしていた。

「中本の姿が見当たらない事と地下シェルターを中心に目玉の出現・消失が繰り返されている事から中本は地下シェルターに潜伏していると思います」

 15歳の少女の考察を目の当たりにした福岡県警の町田、田川、井尻は感心し、息を飲む。

––––ズズズズ……

 瑞希のサイクスがうごめく。それを見て花が尋ねる。

「何か考えがあるのね?」

 瑞希は頷くと"病みつき幸せ生活ハッピー・ドープ"の注射器を3本取り出す。

「範囲外に出た3人に注射器を刺して一定時間、入り口付近に近寄らないように命令を下します。ただ、長い時間遠ざけていると怪しまれてしまうので素早く潜入しないと」

 花はそれを聞いて「任せなさい」と答えた。

 瑞希はもう一度ニコッと笑い、シェルター付近を離れた1人の従業員の方へと移動を開始し、遮蔽に隠れながら確実に背後に近付いて首筋に注射器を刺す。

「(まずは1人目)」

 その後、瑞希は移動してストラドルキャリアに"超常現象ポルターガイスト"を発動し、積載されるコンテナに車輪をぶつけて注意を引き付ける。「何だ?」と近藤組の2人は様子を見に向かう。
 瑞希はコンテナの上から飛び降り、そのまま2人の首筋に注射器を刺す。

「(完了)」

 瑞希は花たちに合図を送ろうと振り向いた瞬間、既に花は近藤組の数人に"私とあなたの秘密シークレット・フェイス"を発動して騙し、地下シェルターの入り口を解錠して中へ入って行く瞬間だった。

「(えっ! 私は!?)」

 瑞希が一瞬驚いて動きが止まったところで町田に腕を引っ張られて、コンテナの陰に連れて行かれる。

「私は!?」

 瑞希は"空想世界イマジン"内で花に尋ねる。

「瑞希、ご苦労様。立場上、あなたをこれ以上巻き込めないのよ。相手も危険だしね」
「そんな!!」

 納得いかない表情を浮かべる瑞希に対して町田と金本がいさめにかかる。

「(自分で片付けたい気持ちも分かるわ、瑞希。許してちょうだい)」

 愛香の顔を浮かべながら花は先を暗がりの中を進んだ。

––––この選択が戦況を大きく変える
 


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