TRACKER

セラム

文字の大きさ
上 下
47 / 172
クラスマッチ編

第46話 - 消滅

しおりを挟む
 樋口凛の胸を貫いたかのように見えた樋口兼の右腕は彼女の胸をすり抜けていた。"大食漢グラトニー"は動きを止め、樋口兼の首なし死体は薄くなり、透け始めていた。

「お兄ちゃん……ごめん……」

 凛は泣き崩れながら兼の肉体の前で謝罪を続ける。
 瀧は左手で和人、伊藤、土田を制し、その様子を静観する。

「私……ずっと……ずっとサイクスの無いお兄ちゃんを貶し続けてきた。サイクスが少ないお父さん、お母さんにも……けど……けどっ……サイクスの量や扱いだけが全てじゃないんだって……! やっと……やっと分かったの……!」

 首から上がなく明らかに聴覚のない樋口兼の肉体はそれでもまるで凛の話を聞いているかのようにその場に立ち尽くしていた。

「今日、ある女の子を見て気付いたの。その子はまだ1年生で私なんかよりもずっと才能がある子。でもその子は自分の才能に胡坐あぐらをかくことなく常に全力を尽くしていた。私は自分しか信用せず周りの人たちのことを邪険に扱っていたけど、その子はいつも味方を信頼して、鼓舞して協力し合っていた。そしてその子は敵対した相手に対しても勝負が終わったら惜しみない賛辞を送った」

 和人はすぐに凛が話している1年生が瑞希のことであると気付いた。和人は特別教育機関に入学し、彼女を知った時から瑞希のその姿勢に対して尊敬の念を抱いていた。

「それにさっき不思議な世界に迷い込んでいた時に見た映像……お兄ちゃんの傷付いた気持ち、それでも私のことを想っていてくれたことも知った……。私は色んな人たちの気持ちを踏みにじってしまった。その事が情けない。そしてそれに気付いていなかった事にも恥ずかしい。私は優秀じゃなかったんだ……」

 それから凛は顔を覆ったまま嗚咽を漏らし、その場から動かなくなった。

 怨念化した後、膨張していた"大食漢グラトニー"は収縮し、一回りも二回りも小さくなっていた。そして兼の肉体が数歩動き、左手を凛の肩に伸ばした。
 
––––悪意はない。

 その場にいる全員がそれを確信していた。顔が無いためその表情から読み取ることは出来ない。しかし、その優しさに溢れた動きから悪意は一切感じられなかったのだ。

 樋口兼の肉体はその場にしゃがみながら凛の震える肩に左手を添え、まるで妹をなぐさめるかのように優しくさすった。

「お兄ちゃん……?」

 凛は涙で濡れた顔を上げ、兼の肉体を見つめる。
 涙でぼやけた視界には兼が微笑みかけているように見えた。

 これは自分の願望なのかもしれない。自分の願望で首のない兼に顔面を付け、自分に都合の良いように解釈しているだけなのかもしれない。それでも凛はそう信じたかったのだ。

––––ドサッ

 樋口兼の肉体はしばらく凛の肩をさすった後、静かにその場に倒れた。まるで糸人形の糸が切れたように。
 凛は変わり果てた兄の肉体を泣きながら抱き寄せた。

「!?」

 兼の肉体がゆっくりと消滅を始めていた。
 怨念化した肉体はその目的を達成するとその肉体を残すことなく消滅する。

「ダメ!!」

 凛は力を込めて兼の肉体を抱き寄せるが、その肉体は段々と透けていき、凛の腕の中で消えていった。"大食漢グラトニー"もいつの間にか消滅し、行き場のないサイクスとなって昇華していった。

「終わったのか……」

 瀧は震える凛の側に寄って彼女を支えながら外へと向かった。

#####

「ふ~ん。こんな終わり方もあるんだねぇ」

 一部始終を見たJOKERがMOONに声をかける。

「不満カ?」

 MOONがJOKERに尋ねる。

「いやぁ、怨念化がこういった結末で終わることがあるって知らなかったからビックリしただけ。樋口くんの恨みはその程度だったんだねぇ」
「ヤハリ不満ナンジャナイカ」
「ククク……やっぱり反省した妹が無念にも殺される方が面白いじゃない?」
「フン」

  間を置いてJOKERが口を開く。

「それにしてもキミは優しいねぇ。わざわざ反省の機会を与えてあげるなんて」
「俺ハ人ノ心ノ動キトソレニ対スルサイクスノ反応ニ興味ガアルダケダ」
「あっそ」

 立ち上がりながらJOKERがMOONに更に尋ねる。

「ところで"彼"には会わなくていいの?」
「今ハソノ時デハナイ」
「あぁ、そうなの? ここまで現場に来ないってことはキミが足止めしてて後で向かうのかと思っていたよ」
「足止メシテイルノハ事実ダ。俺デハナイガ。奴ハ強イ」
「ふ~ん。取り敢えず関係性を考えて手を出してないけどキミがやらないならボクが殺っちゃうよ?」
「フン、勝手ニシロ」

 「またまたぁ」と小さく呟きJOKERはその場から立ち去った。

「……」

 1人残ったMOONは手に持った"月に憑かれたピエロピエロ・リュネール"を消し、全校生徒にかけていた超能力・"月に酔ってモーントトランケン"を解除した。

#####

 瀧たちは遅れて到着した捜査一課長・藤村が率いる7人と合流し、事態の収集を図った。
 
 体育館で起こった惨劇を目撃した者は当事者を除いて存在せずパニックを避けることには成功した。
 集団的に睡眠に入ったことは高校付近で後天性超能力者の暴走が起こり、それに巻き込まれたと説明され、また、その後天性超能力者は既に確保されたと説明された。

「藤村課長、一体なぜ到着に時間がかかったんですか?」

 瀧が捜査一課長、藤村洸哉に尋ねる。

「現場に向かう途中、一般人に妨害されたんだよ。意思に反して襲ってくる感じだった。明らかに何者かの超能力の影響だな」
「ってことは他にいたってことですかね? JOKER、JESTER、阿部の言っていたMOONの他に」
「その可能性が高いな。若しくは奴らの別の超能力か」
「それは厄介ですね……ここ最近は大きな事件を起こしていませんでしたが、どうしてこんな大それたことを……奴らの目的は一体……」
「奴らが表明している通りただの気まぐれなのかもな。ただ奴らがかなり気にしていたっていう月島の妹……無関係じゃないだろうな」
「えぇ。最大限の注意が必要ですね」
「それに自分で身を守る術も学ぶ必要があるな」
「愛香が納得するでしょうか?」
「……」

 間を置いて藤村が答える。

「納得させるさ」

 そう言って藤村はタバコを口に加えてその場を離れた。


しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】 ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。

【長編・完結】私、12歳で死んだ。赤ちゃん還り?水魔法で救済じゃなくて、給水しますよー。

BBやっこ
ファンタジー
死因の毒殺は、意外とは言い切れない。だって貴族の後継者扱いだったから。けど、私はこの家の子ではないかもしれない。そこをつけいられて、親族と名乗る人達に好き勝手されていた。 辺境の地で魔物からの脅威に領地を守りながら、過ごした12年間。その生が終わった筈だったけど…雨。その日に辺境伯が連れて来た赤ん坊。「セリュートとでも名付けておけ」暫定後継者になった瞬間にいた、私は赤ちゃん?? 私が、もう一度自分の人生を歩み始める物語。給水係と呼ばれる水魔法でお悩み解決?

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

完結【進】ご都合主義で生きてます。-通販サイトで異世界スローライフのはずが?!-

ジェルミ
ファンタジー
32歳でこの世を去った相川涼香は、異世界の女神ゼクシーにより転移を誘われる。 断ると今度生まれ変わる時は、虫やダニかもしれないと脅され転移を選んだ。 彼女は女神に不便を感じない様に通販サイトの能力と、しばらく暮らせるだけのお金が欲しい、と願った。 通販サイトなんて知らない女神は、知っている振りをして安易に了承する。そして授かったのは、町のスーパーレベルの能力だった。 お惣菜お安いですよ?いかがです? 物語はまったり、のんびりと進みます。 ※本作はカクヨム様にも掲載しております。

【完結】ご都合主義で生きてます。-商売の力で世界を変える。カスタマイズ可能なストレージで世の中を変えていく-

ジェルミ
ファンタジー
28歳でこの世を去った佐藤は、異世界の女神により転移を誘われる。 その条件として女神に『面白楽しく生活でき、苦労をせずお金を稼いで生きていくスキルがほしい』と無理難題を言うのだった。 困った女神が授けたのは、想像した事を実現できる創生魔法だった。 この味気ない世界を、創生魔法とカスタマイズ可能なストレージを使い、美味しくなる調味料や料理を作り世界を変えて行く。 はい、ご注文は? 調味料、それとも武器ですか? カスタマイズ可能なストレージで世の中を変えていく。 村を開拓し仲間を集め国を巻き込む産業を起こす。 いずれは世界へ通じる道を繋げるために。 ※本作はカクヨム様にも掲載しております。

転生悪役令嬢に仕立て上げられた幸運の女神様は家門から勘当されたので、自由に生きるため、もう、ほっといてください。今更戻ってこいは遅いです

青の雀
ファンタジー
公爵令嬢ステファニー・エストロゲンは、学園の卒業パーティで第2王子のマリオットから突然、婚約破棄を告げられる それも事実ではない男爵令嬢のリリアーヌ嬢を苛めたという冤罪を掛けられ、問答無用でマリオットから殴り飛ばされ意識を失ってしまう そのショックで、ステファニーは前世社畜OL だった記憶を思い出し、日本料理を提供するファミリーレストランを開業することを思いつく 公爵令嬢として、持ち出せる宝石をなぜか物心ついたときには、すでに貯めていて、それを原資として開業するつもりでいる この国では婚約破棄された令嬢は、キズモノとして扱われることから、なんとか自立しようと修道院回避のために幼いときから貯金していたみたいだった 足取り重く公爵邸に帰ったステファニーに待ち構えていたのが、父からの勘当宣告で…… エストロゲン家では、昔から異能をもって生まれてくるということを当然としている家柄で、異能を持たないステファニーは、前から肩身の狭い思いをしていた 修道院へ行くか、勘当を甘んじて受け入れるか、二者択一を迫られたステファニーは翌早朝にこっそり、家を出た ステファニー自身は忘れているが、実は女神の化身で何代前の過去に人間との恋でいさかいがあり、無念が残っていたので、神界に帰らず、人間界の中で転生を繰り返すうちに、自分自身が女神であるということを忘れている エストロゲン家の人々は、ステファニーの恩恵を受け異能を覚醒したということを知らない ステファニーを追い出したことにより、次々に異能が消えていく…… 4/20ようやく誤字チェックが完了しました もしまだ、何かお気づきの点がありましたら、ご報告お待ち申し上げておりますm(_)m いったん終了します 思いがけずに長くなってしまいましたので、各単元ごとはショートショートなのですが(笑) 平民女性に転生して、下剋上をするという話も面白いかなぁと 気が向いたら書きますね

処理中です...