TRACKER

セラム

文字の大きさ
上 下
9 / 172
覚醒編

第8話 - 覚醒

しおりを挟む
––––菜々美に生じた一瞬の隙を見逃さなかった。

 徳田は床に落ちているボールペンを拾い、自身のサイクスを込めて菜々美の頚動脈目掛けて投げ付けた。徳田はそれが刺さるか刺さらないかの瞬間に懐に飛び込み、菜々美の脇腹に左拳で打撃を加えた。
 "病みつき幸せ生活ハッピー・ドープ"によって身体能力が強化された菜々美に大した効果は期待できない。しかし、旧校舎・事務室から脱出するのには十分な時間を生み出した。

 廊下に出ると瑞希が立っていた。

「先生っ!?」
「(月島さんが危ない!)」

 徳田は振り向かずとも背後からの脅威に気付いていた。
 旧校舎博物館において受付として勤める山内やまうち 佳子《よしこ》は菜々美から追加の注射を投入され、更なる多くのサイクスを右拳に込めて振り下ろした。
 
 徳田は瑞希を抱きかかえて既の所でその拳を躱した。振り下ろされた拳は地面に触れた瞬間大きなヒビをこしらえ、状況を理解していない瑞希に恐怖心を与えるのに十分過ぎるものとなった。

「(何!? 地面が割れっ……誰!?)」

 徳田は間髪入れずに瑞希を横向きに抱きかかえるとサイクスを足に集中させてバランスを保ち、階段を使って上階へと逃れた。
 瑞希は徳田に抱きかかえられながら視界の端に菜々美を捉えた。

「先生、なっちゃんが!」
「説明は後!」

 徳田は3階まで上がると廊下を一気に駆け抜け旧校舎・科学実験室へと逃げ込んだ。

「愛香にはもう連絡したの!?」
「えっえっ……」
「だから……」

 徳田は瑞希の表情を見てハッとする。

「(そうか……突然こんなことがあったら普通パニくるわね……まずは落ち着かせなきゃ)」

 徳田は瑞希を抱きしめ、後頭部を撫でて気持ちを落ち着けようと努める。少しずつ瑞希の呼吸が一定のリズムを刻み始める。

「月島さん、最近お互いに争った形跡のある遺体が発見された事件が数件あったのニュースで見た?」
「はい。確かお姉ちゃんもそれについて捜査してるとか何とか……。詳しくは知らないですが」
「そうその事件。落ち着いて聞いて欲しいんだけど……。その犯人が上野さんだったの」

 一瞬の沈黙が流れる。

「先生、一体何言って……」
「いきなり言われても信じられないのは分かってる。でも事実よ。そして上野さんの狙いは月島さん、あなたなの」
「え、私?」
「そう。上野さん、新しい超能力ちからを手に入れていて注射器を他人に刺すと操れるようになったみたい。それを使ってあなたを自分のモノにするって」
「……」

 こんな突拍子もない話をいきなりされても簡単に信じられないのも無理もない。しかし徳田は構わず続ける。

「それでここに来る前に愛香にはもう伝えたの?」
「いえ……こんな事になってるなんて思わなくて」

 私は昼に捕まってから携帯は取られている。

「じゃあ、今愛香に電話してくれる?」
「その……さっきの衝撃で携帯落としちゃって……」

「(まずい、自力でここを抜け出して助けを呼ばなきゃ)」

「分かった。月島さん、とにかく落ち着いて。あなたは私が守るわ」

 徳田は再び瑞希を抱きしめながら次の手を考えている。

「(月島さんがここへ来てしまった以上、上野は彼女を最優先に狙う可能性が高まった。いや、月島さんが戦闘面において期待が出来ないことから私を先に全力で潰しに来る? それなら私が囮になって月島さんを逃す隙を作ることが可能かもしれない。懸念点としては私のサイクスの残量。かなり消費してしまった。館長さんを無力化出来たとはいえ、注射器で強化された相手を2人。しかも私は2人とも面識がある。それはつまり打撃のみで2人を無力化する必要があるということ)」

 落ち着きを取り戻しつつも微かに震える瑞希の様子を見る。

「(まずはこの子の安全確保。その為には2人の居場所を把握しないと……)」

 その時突然真下から山内が拳で突き上げてきた。

「(なっ!? ここ3階よ!?)」

 山内の右手は大量の血で汚れている。

「(注射の打たれ過ぎで身体が壊れかけてる!? それなら山内さんも早く救わなきゃ取り返しのつかないことになるかもしれない)」

 菜々美が科学実験室の壁を蹴破り、徳田の目の前に現れる。

「せーんせっ、月ちゃんと2人で何してるの?」
「(まずっ……)」

 そう思う時間を与えられぬままノータイムで徳田の鳩尾みぞおちに衝撃が走った。

「がっ……グッ……」

 徳田はそのまま科学実験室の壁を突き破って吹き飛ばされた。
 菜々美は徳田の吹き飛ばされた方向を少しの間見つめた後、そこで力なく座り込んでいる瑞希の方を笑みを浮かべながら振り返った。

「月ちゃん、来たんだね」
「なっちゃん……」

 瑞希の声が少し震えている。
 そんな様子を見ながら菜々美は愛おしそうに両手で瑞希の両頬をなぞる。

「月ちゃん、可愛い……」

 そう言うと菜々美は瑞希にキスをした。

「んっ……なっちゃん……何を……んちゅっ……」
「むちゅっ……ちゅくっ……」

 菜々美は片手に"病みつき幸せ生活ハッピー・ドープ"を持ち、瑞希の首筋に突き刺そうとした。
 その様子を見た徳田は瓦礫にサイクスをありったけ込めて菜々美に向けて投げた。

「もう邪魔しないでくれないかなぁ……」

 投げられた瓦礫を右手で受け止め、徳田の方を向く。

「月ちゃん、2人でゆっくりいっぱい楽しめるように邪魔なものは消しちゃおうね」

 菜々美はそう瑞希に微笑みかけると徳田の方へと向かった。

「(月島さん、逃げて……。私はもうサイクスが残っていない。ここで殺される。けどあなたが逃げて愛香に伝えてくれれば可能性が高まる……。だから……逃げて……)」

 菜々美が徳田の目の前に立ち、右手にサイクスを溜めた。
 それを見た徳田は覚悟を決め、目を閉じた。

「じゃあね、せんせっ♡」

 菜々美がその右拳を振り上げようとした刹那、東京第三地区高等学校・旧校舎全体を覆うほどの強大なサイクスが徳田、菜々美、山内を襲った。
 徳田と菜々美はそのサイクスの発生源の方へと視線を向けた。


 その視線の先には……


––––月島瑞希が立っていた。

しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】 ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。

【長編・完結】私、12歳で死んだ。赤ちゃん還り?水魔法で救済じゃなくて、給水しますよー。

BBやっこ
ファンタジー
死因の毒殺は、意外とは言い切れない。だって貴族の後継者扱いだったから。けど、私はこの家の子ではないかもしれない。そこをつけいられて、親族と名乗る人達に好き勝手されていた。 辺境の地で魔物からの脅威に領地を守りながら、過ごした12年間。その生が終わった筈だったけど…雨。その日に辺境伯が連れて来た赤ん坊。「セリュートとでも名付けておけ」暫定後継者になった瞬間にいた、私は赤ちゃん?? 私が、もう一度自分の人生を歩み始める物語。給水係と呼ばれる水魔法でお悩み解決?

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

完結【進】ご都合主義で生きてます。-通販サイトで異世界スローライフのはずが?!-

ジェルミ
ファンタジー
32歳でこの世を去った相川涼香は、異世界の女神ゼクシーにより転移を誘われる。 断ると今度生まれ変わる時は、虫やダニかもしれないと脅され転移を選んだ。 彼女は女神に不便を感じない様に通販サイトの能力と、しばらく暮らせるだけのお金が欲しい、と願った。 通販サイトなんて知らない女神は、知っている振りをして安易に了承する。そして授かったのは、町のスーパーレベルの能力だった。 お惣菜お安いですよ?いかがです? 物語はまったり、のんびりと進みます。 ※本作はカクヨム様にも掲載しております。

【完結】ご都合主義で生きてます。-商売の力で世界を変える。カスタマイズ可能なストレージで世の中を変えていく-

ジェルミ
ファンタジー
28歳でこの世を去った佐藤は、異世界の女神により転移を誘われる。 その条件として女神に『面白楽しく生活でき、苦労をせずお金を稼いで生きていくスキルがほしい』と無理難題を言うのだった。 困った女神が授けたのは、想像した事を実現できる創生魔法だった。 この味気ない世界を、創生魔法とカスタマイズ可能なストレージを使い、美味しくなる調味料や料理を作り世界を変えて行く。 はい、ご注文は? 調味料、それとも武器ですか? カスタマイズ可能なストレージで世の中を変えていく。 村を開拓し仲間を集め国を巻き込む産業を起こす。 いずれは世界へ通じる道を繋げるために。 ※本作はカクヨム様にも掲載しております。

転生悪役令嬢に仕立て上げられた幸運の女神様は家門から勘当されたので、自由に生きるため、もう、ほっといてください。今更戻ってこいは遅いです

青の雀
ファンタジー
公爵令嬢ステファニー・エストロゲンは、学園の卒業パーティで第2王子のマリオットから突然、婚約破棄を告げられる それも事実ではない男爵令嬢のリリアーヌ嬢を苛めたという冤罪を掛けられ、問答無用でマリオットから殴り飛ばされ意識を失ってしまう そのショックで、ステファニーは前世社畜OL だった記憶を思い出し、日本料理を提供するファミリーレストランを開業することを思いつく 公爵令嬢として、持ち出せる宝石をなぜか物心ついたときには、すでに貯めていて、それを原資として開業するつもりでいる この国では婚約破棄された令嬢は、キズモノとして扱われることから、なんとか自立しようと修道院回避のために幼いときから貯金していたみたいだった 足取り重く公爵邸に帰ったステファニーに待ち構えていたのが、父からの勘当宣告で…… エストロゲン家では、昔から異能をもって生まれてくるということを当然としている家柄で、異能を持たないステファニーは、前から肩身の狭い思いをしていた 修道院へ行くか、勘当を甘んじて受け入れるか、二者択一を迫られたステファニーは翌早朝にこっそり、家を出た ステファニー自身は忘れているが、実は女神の化身で何代前の過去に人間との恋でいさかいがあり、無念が残っていたので、神界に帰らず、人間界の中で転生を繰り返すうちに、自分自身が女神であるということを忘れている エストロゲン家の人々は、ステファニーの恩恵を受け異能を覚醒したということを知らない ステファニーを追い出したことにより、次々に異能が消えていく…… 4/20ようやく誤字チェックが完了しました もしまだ、何かお気づきの点がありましたら、ご報告お待ち申し上げておりますm(_)m いったん終了します 思いがけずに長くなってしまいましたので、各単元ごとはショートショートなのですが(笑) 平民女性に転生して、下剋上をするという話も面白いかなぁと 気が向いたら書きますね

処理中です...