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覚醒編

第4話 - 日常と異常

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 翌朝、阿部翔子は2階の自室で寝ている瑞希を起こしに向かった。扉を開けるとまだあどけなさの残る少女は眠っていた。今年で28歳になる自分がまだ高校生になったばかりの少女に一瞬見惚れてしまう。
 小さく寝息をたて、無防備に晒すその寝顔を見ると、通学のために起こすことは何かの罪に問われてしまうのではないかと錯覚してしまう。
 思わず頰を触れそうになる自分の手を制し、瑞希に声をかけた。

「瑞希ちゃん、朝よ。起きなさい」

 何度か肩を揺らした後、瑞希が目を擦りながらようやく起き上がる。

「んー……。翔子さんおはよ」
「おはよう。よく眠れた?」
「うん。お姉ちゃんは?」
「昨日夜中の3時過ぎに帰って来たわよ。まだ寝てる」
「そっかー。お仕事大変そうだね、、顔洗ってくる」
「はーい。顔洗って着替えたら下りてらっしゃい。朝ご飯出来てるよ」

 後ろで伸びをしている瑞希を背に翔子は部屋を後にした。

 月島姉妹と翔子が住むこの家は政府が自ら提供している。愛香の超能力は捜査において非常に重要な役割を担っており、彼女の護衛兼世話係として翔子は派遣され、快適に過ごせるようになっている。

 瑞希は2階にもある洗面所で顔を洗った後パジャマから制服に着替え、1階に下りて食卓につく。
 
 ふっくらとバターを含んだ香ばしいクロワッサン2個が入れられているバスケット、ベーコンエッグにレタスとトマトが丁寧に盛り付けられた皿が並べられている。

「飲み物どうする? 牛乳? ココア? それともコーヒー?」
「私コーヒー飲めないよ。今日はココア飲みたい」

 少ししてからココアが出される。

「瑞希ちゃん、早くコーヒー飲めるようになったらコーヒー3人分揃えるだけになるから楽なんだけどな~」
「精進します」

 瑞希は朝食をしっかりと食べた後、学校へ向かう準備を始めた。

「行ってきますっ」

 ローファーを履き片足ずつトントンッと蹴った後、瑞希は翔子に挨拶した。
 
「行ってらっしゃい。上野さんにもよろしくね」

 翔子は瑞希の背中が小さくなるまで見送った。


#####


 2時間目の授業が終わり、3-4時間目の体育の授業のために瑞希と菜々美は更衣室へ向かい、着替えている。

「今日の体育、体力測定テストだよ……」
「月ちゃん、運動神経も良いじゃん」
「いや~でもキツいよ」
「私はちょっとズルしちゃおっかな~」
「うっわ、それなっちゃん超能力使う気じゃん。バレたら怒られるよ?」
「そんな思いっきり使わないよ。バレない程度に使うの」
「ずっるー」

 瑞希はブラウスを脱ぎ、キャミソール姿になる。

「月島さんキレー」
「肌白い」
「スタイル良いー」
「上野さんもまじでスタイル良い」

 クラスの女子たちが2人に羨望の眼差しを向ける。
 
「あんまり見ないでもらうと嬉しいかな……」

 瑞希は恥ずかしそうに顔を赤らめ、自分のキャミソール姿を隠すようにして腕を前に組む。

「恥ずかしがっちゃって可愛いですなー、月ちゃん」

 瑞希とは対照的にクラスの女子たちと一緒になって騒いでいる菜々美が冷やかす。
 「まったく」と少し呆れた顔をした瑞希は体育服へ着替えてとっとと校庭へと向かった。

 体力測定テストではサイクスを使わず純粋な体力での測定をするように生徒たちは注意されている。

 7.21秒。

 50m走を終え、記録が記入されたデータを表示させながら瑞希は菜々美の元へと歩いてきた。

「月ちゃんお疲れー。じゃあ私行ってくるね」

 菜々美はそう言うとスタートラインへと歩いて向かって行った。
 
 片手にはサイクスを纏った注射器を持っている。

「(あ、使う気だ)」
「(なっちゃんの"病みつき幸せ生活ハッピー・ドープ"。サイクスで具現化された注射器を自分の脚に打ち体力、脚力、筋力と運動能力を飛躍的に向上させる。元々運動神経抜群のなっちゃんが使うからとんでもないことになっちゃう……)」
「(上手くやりなよ……てかバレないように)」

 2番手の子に圧倒的な差をつけた菜々美が得意気な顔をしてこちらへ向かってきた。

「いぇーい、月ちゃん、私6.1秒~。1秒も速い~」
「それ日本記録じゃない?」
「多分。測定係の人もビックリしてた」
「手加減しなよ」
「いやいや、本気でやったら100mを2秒以内で走りきれるよん」

 そこへ徳田花が2人に寄って来た。

「上野さん、あなたやったわね?」
「何のことですか、花ちゃん先生?」
「はぁ、上手くやりなさいよ」

 菜々美は悪戯っぽく笑うと次の指定された場所へと逃げるように猛ダッシュで向かった。

「先生、解除してくれたんですね」

 瑞希は両腕を後ろに組み、徳田を下から覗き込むようにして近付きこっそりと声をかけた。

「何のことかしら?」
「ふふっ、先生とっても似合ってる」
「ありがとう」
「でも髪の毛いっぱい伸ばしてメガネ外した姿も綺麗だったのでまた見たいです」
「考えとくわ」

 瑞希はニコニコしながら菜々美が向かった方へと歩を進めた。

「(上野さんの超能力ちからも単純だけどなかなか便利よねぇ。物質生成型超能力者だけど性能はまるで身体刺激型。サイクスって奥が深いわね……)」

 徳田は自分の次の担当である体育館の方へと移動し始めたその時、一本の電話がかかる。

「もしもし」

 警視庁からの連絡であることを確認した徳田は誰にも見られないように体育館の裏側へと向かった。

「もしもし、徳田か? 瀧だ」
「どうしたの?」
「たった今、新しい3人の遺体がそこの高校の近くで発見された。しかも死亡推定時刻から今朝に起こってる。犯人がまだこの周辺にいるかもしれない。これから捜索を始めるが、お前の方も警戒してくれ」
「了解」

 徳田は通話を切るとスマホをジャージのポケットへとしまった。

––––トスッ

 徳田が首筋に軽い痛みを感じた直後、身体の自由が効かなくなり徐々に目の前が暗くなっていくのを感じた。
 薄れゆく意識の中、徳田は必死に後ろを振り向き自分に針のような何かを刺した人物を確認しようとした。

 しかし、誰もいない。

 正確にはその何者かは既に振り向いた徳田の背後に廻っていた。

「遅い、遅い」
「ハァ……ハァ……あなた……は……」
「お、頑張るね」

 徳田は力を振り絞り相手の腕を握る。

「何、何? 粘っても無駄だよ」

 徳田の腕を振り解くと同時に徳田の意識は完全に落ちた。



––––上野菜々美は徳田を片手で担ぎ、体育館裏の奥へと消えていった。



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