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7-2『影のKと忍び寄る者達』

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 遺解剖や解析のために武装警察に遺体の回収を頼み、僕らは米山さんから詳しい事情を聞くため、『トゥルーブラック』という喫茶店に来ていた。
 フェイバリットよりも圧倒的に新しめのお洒落な内装で、その上、お客も店員も含めて、10~20代程の若々しい人々が沢山いる。
 ライバル喫茶店の従業員としては、ちょっと嫉妬しそうだ。

「お待たせしました。ブラック2つとカフェオレです」
 白髪で顔立ちの綺麗な女性が僕らの分のドリンクを持ってくると、僕らは礼を言って一口飲んだ。
「キヤマくん、ここ好きだよね」
 コーヒーカップをソーサーに置き、基山くんはクールに微笑む。
「Favoriteも好きなんだが、少々苦味が足らん気がしてな…」
 申し訳なさげに言うが、人それぞれの好みの問題だから、誰も怒りはしない。
 彼の言うとおり、フェイバリットのコーヒー、ブルーアイはブラックでもほんの少しだけ甘味が強い。
 基山くんは苦味の強いものが好きだから、フェイバリットよりもこっちの方が好きみたいだ。
 ちなみに、僕は彼とはほぼ逆の味覚だから、こっちはあまり好きではない。
 正直、フェイバリットの方が美味いと思うし…。 
「あの…」
「おっと、失礼しました。それではヨネヤマさん。初めからもう一度、依頼の内容と発見当時の子とについてをお話ししてもらえますか?」
 僕の嫉妬を他所に、基山くんが米山さんに提供を指示する。
「あ、はい…」
 彼はそっとコーヒーを机に置いて、事件の流れを説明し始めた。
「まず先に依頼は『不振な遺体について調べてほしい』という事でして…」

 改めて、事件の全体の流れを解説しよう。
 今回の依頼者は、米山ヨネヤマ 堂真ドウマさん、不動産業を営んでいる中年の男性。
 ここらではなかなか名が通っている不動産業者で、ここの隣の店の不動産もこの人のものらしい。
 数年程前、彼が貸していたビルディングで経営をしていたとある中小企業が、合併のために計画的倒産をし、その物件を手放してしまったのが始まりだった。
 今日に至るまで、米山さんには数多くの顧客が来ていたのだが、何故か不思議なことに、約一年半前に手放されたそのビルディング、つまり死体が捨てられていた場所にだけは誰一人として入居希望企業が来なかった。
 多くのお金をかけた上に、頑丈で良物件なのに、誰も人が来ずに少しずつ廃れていくビル。
 それを奇妙に思いつつも、彼はその物件をもっと入居がしやすいようにリフォームすることを決意する。
 そのため、米山さんは建物リフォーム前のビルを見に来ると、懸案の死体を発見してしまった。
 それが、僕らが来る数時間前の事。
 初めは特殊清掃業者に頼もうとしていたらしいが、無数の弾痕や砕かれた顎から、この死体はミラーマフィアによる物なのではないか?と彼は考えてしまった。
 もしも遺体を普通の業者に回収を求めれば、我が身と業者の人の命が危ないのでは…?そう考えた米山さんは、その場から逃走。
 そのまま武装警察に連絡し、その警察からこっちに仕事を回された…と言うことだ。

「なるほどねぇ…」
 頬杖を付きながら考える。
 確かに、見慣れた場所に突然穴だらけの死体がドンと置いてあったら、まずは自殺よりも事件を疑う。
 死体から足がついてアジトをみつけられる…なんて事もあったから、発見した人が口減らしのために殺されてもおかしくはない。
 彼の判断は懸命だった。
「こんな物…誰にも頼れる訳がないですし…もしも、ミラーマフィアに目をつけられて…そのまま殺されたらなんて思うと……」
 珈琲に写る自分の顔をみながら、米村さんは肩を震わせて脅えている。
 彼の気持ちがわからないわけがない。
 僕らのような特殊な人間でない者にとって、こんな深夜の人称サスペンス劇場みたいな出来事に出会って、恐怖以外の何物でもないだろう。
 むしろ、よく勇気を出してここまで来れたものだ…。
「ヨネヤマさん」
 見かねた基山くんが、彼の名前を呼ぶ。
「俺達に任せてください。この謎を必ず解いて、あなたを安心させてみせます…」
 依頼者の恐怖が払拭するように、余裕の笑みを浮かべながら宣言する。
 すりと、その依頼者である米山さんは、微かに口角を緩ませた。
「改めて…宜しくお願いします…っ!」
 喜びにつつまれた彼は、座ったまま頭を下げた。
 怖い思いしてまで通報したのだから、これくらいしてやるのは当然だな。

 ピコン!

 米山さんの携帯が鳴った。
 ポケットから、今時珍しいガラパゴス携帯を取り出し、彼は着信したメールを見ると、あっ!と口を開けた。
「すみません…ちょっと仕事に戻らないと行けなくて…」
 どうやら、職場からのメールだったようだな。
「行ってきたら良いよ。こっちで何とかしとくから」
 僕の言葉を聞くなり、彼は立ち上がり、律儀にまた頭を下げた。
「ほんとにすみません…お代はここに置いときます。すみません…よろしくお願いします…すみません……」
 お金を置くなり、米山さんはこちらに何度も何度も頭を下げながら退店し、本来の仕事へと戻っていった…。
 別にこれくらい(基山くんが)奢るのに…礼儀正しいことだな。
「謝罪が多い人だねぇ…。ま、そう言う人なら嫌いじゃないけどね」
 ニヒルに独り言を呟きつつ、僕はカフェオレをまた口に含んだ。
 やっぱり、いつもより苦い。

「水原」
 ふと、基山くんが話しかけてきた。
「ん?」
「お前……もう解ってるんだろう?」
「なにがぁ?」
 少々おちゃらけて返すと、基山くんは、馬鹿馬鹿しいと言うかのごとく、ふんと息を吐いた。

「わざとらしく聞くな。遺体遺棄の犯人のことだよ…」

「……あぁ」
 真剣な眼が僕に突き刺さると、いつも通りのニヒルな笑みを返した。
 やはり、基山くんは気づいていたようだ。
「初めからおかしかったんだよ。なんで米山さんがなんで露骨にミラーマフィアのせいにしようとしているのか…がね…」
 カフェオレをソーサーに置き、僕は思ったことを淡々と話し始める。
「普通…こういうときにはミラーマフィアだけではなく、ヴィーガレンツやその他の反政府ゲリラ組織にも視野を入れるはずだからね…」
 僕の言い分に頷く基山くん。
「なにより…俺たちは初めから"ミラーマフィアの仕業ではない"って言ってたわけだしな」
「どうしてもミラーマフィアのせいにしたいわけは…。身分を騙しているからなのか、ミラーマフィアに因縁があるか、はたまた僕らを嵌めようとしているか…だね…」
「団体か個人かも…まだわからんからな…」
 やはり、こういう推理に慣れている人間の方が、右も左も分からない新人よりも話が早くて助かる。
「そんで、もうひとつ疑問があるとしたら、あの遺体だよね…」
「あぁ…あんなに穴だらけの遺体の癖に、ほとんど腐ってないのは、さすがに奇妙だ」
 もちろんの事だが、今回の事件に置いて、飛び抜けて異端なのが放棄されていた、穴だらけの遺体だ。 
 ただ気になったのは置いてあるという状況だけではなく、遺体の状態。
 普通、死体を野晒しで放置していたら、肉が朽ちてたり、地面に血がベットリついていたりするはずだ。
 しかし、死体を初めて見つけた時を思い出してみると、遺体はほとんど腐っても朽ちてもいない状態だった。
「それに、あの地面には"血が数量しかついていなかった"ってのも気になるんだよね…」
 あれだけ、穴だらけの遺体なのに、血が少ないのは明らかに異端だ。
 拭き取られたり洗われたような後はなかったし…どう考えても遺体から少ししか流れていなかったようにしか思えない…。
「なら、犯人はどうやって遺体をあのビルの路地裏に持っていくのか…ってのが問題だ」
 コーヒーカップを揺らしながら一考する基山くん…。
「考えられるとしたら…やっぱり、ミラーマフィアが鏡越しに運んだ…っていういつもの手口になるのか、それとも大勢で棺桶とかに入れて遺体を運んだか…」
「それか、なにかしらの異能力を使って運んだか…」
「確かに、そうとも考えられるよね…」
 考えれば考えるほど、迷い道が出きる。
 それが、推理の煩わしいところだな。
「遺体を運んだかどうかを捜査するには、やっぱり監視映像が一番だろうが……あんなところに監視カメラがあるとは思えない…。ミヤサワに一応周辺映像を漁って貰うが…期待はできないな」
「そうだねぇ…仕方がないけど……」
 結局、いつもの面白味のない聞き込みが始まるのか。
 正直、占い込みの聞き込みが僕は一番楽なんだけども…基山くんことだろうから、許してくれないんだろうな…。
「まぁ、気楽に行こうか気楽に」
 そう言って、僕は残っていたカフェオレを飲み干した。
 やっぱりちょっと苦い。
「気楽ってなぁ……」
 基山くんもコーヒーを飲み干し、僕に向けて憐れみのため息を吐いた。
「まったく、事態は一刻を争うってのに…大体、お前はな…」
「はいはい。いつも通り頭がお堅いようで~。フワフワヘアの癖に」
「フワっ……うるさい!」
 小言がはじまりそうだから、彼のコンプレックスを放り込んで強引に締めてやった。
 仕事なんて、とりあえず顧客を満足させて終わらせりゃこっちの勝ちなんだから、そこまで固くなりすぎなくても良いのに。
 まぁ、それを言ったところでまた怒られるだろうから、とりあえずボチボチ仕事に向かうか…。
「……うぉっと!」
 仕事に向かうために立ち上がった衝撃で、空のコーヒーカップが落下する。

 フワッ…

 急いで、それを拾い上げようとした瞬間、落とした筈のコーヒーカップが宙に浮かんだ…。
「大丈夫ですか?」
 僕ら含め周りにいる人々も驚く中、たまたま通りかかった白肌の店員さんが、平静に宙に浮かんだコーヒーカップを手袋をした手で拾い上げ、そっと机に置いた。
「すみません…お騒がせしてしまって……」
 僕が言う前に基山くんが頭を下げる。
「いえ、気を付けてくださいね」
 何事もなかったかのように、にこりと微笑む女性店員。
 こういう現象はなにも珍しいことではないため、周りの人々は何事もなかったかのように戻っていった。
「お姉さんすごいね…もしかして異能力者?」
 失礼を承知で聴いてみると、彼女は嫌な顔ひとつせずに首を横に振る。
「いえ。実は私、蜘蛛のリージェレンスなんです。外見は人間多めですが、軽い特性持ちなので、手から出る糸でこう言うことが出きるんですよね」
 すると、彼女は机に置いたカップを見えない糸で手繰り寄せ、また宙に浮いているかのように見せた。
「そうなんだ…すごいね…」
 確かに、リージェレンスであっても希に特性が使える場合はあるが、カップを持ち上げられる位、強くて極細の糸を使う特性は初めて見たな…。
「あっ、ごめんねお仕事中に」
「いえいえ、おきになさらず。ごゆっくりどうぞ…」
 彼女は笑顔のままお辞儀をして、また自分の仕事へと戻っていった。
 その拍子に、前髪に隠れていた6つの小さな複眼がチラリと見えた。
 手袋をしていたのは、恐らく掌に目に見えない小さな鉤爪がついているからだろう。
 なんか、海外映画のスーパーヒーローに似てるが、凡人が蜘蛛と人間の半獣人を描くとしたら、大体こんなもんだよ。
 それが、半異形人類リージェレンスってものだしな…。

「最近は色んな能力があるんだねぇ…。一瞬、重力系の能力かと思っちゃったよ…」
 やれやれと机にもたれながら呟く僕。
 すると突然、基山くんがハッとなにかを悟ったように立ち上がった。
「ミズハラ、それだ!」
「え…?」
「重力操作だ!覚えていないか!あいつを!」
 必死に訴える彼の言葉で、ようやくそのことを思い出した…。
「そうか…!あいつか!」
 自分が思い浮かぶ重力操作能力者は二人。
 あおいと…もう一人、僕らにとっての驚異となっている人物だ…。
「だとしたら…調べてみる価値はある!いくぞ!」
「うん!」
 思い立ったが吉日。
 僕らは机にコーヒー代金を置いて店を出た。
 ついにこの事件の歯車が動き出す…。



                       ◆



 入り口付近であっても、お役所仕事の場所というのはなんか陰気臭い…。

 スプリミナルとして、しっかりとした捜査を行うにはまだまだ警視庁等との連携が必要だ。
 ましてや、リージェンが多く蔓延っている世界であっても、公安と言う警察の部署は存在している。 
 マフィアやらの異種族事件のほとんどは武装警察に仕事を取られがちではあるが、テロ対策や戸籍情報等の管理やらは、彼らなしでは動けないとさえも(主に上層部が勝手に)言われている。

「おっ、やぁサンジョウくん」
 そんな中、僕らが訪ねたのは公安の情報管理課の重要人、三条紘。
 重要人と言っても、彼は17歳とまだ高校生くらいの人間。
 しかし、彼は情報操作や管理に猛ており、宮澤くんと同じくスカウトされた人間だ。
 100均でも売ってそうな不織布のマスクをつけながら、長い髪で片眼を隠し、ノートを常備しているのが特徴。
 現時代は警視庁であろうがなんだろうが、実力主義の考えが優位のため、こういう子供でも重要な仕事を任せられるらしい。
「電話で話していた通りだ。バラーディア市部に住んでいる能力者の能力リストを見せてくれ」
 基山くんが要望した瞬間、三条くんは露骨に僕らを睨み付けると同時に、投げ捨てるようにして資料を渡す。
「お…おい…」
 基山くんの言葉を遮るように、三条くんはノートを広げた。
 開かれたページには、『それを見たらとっとと帰れ』と書かれている。
 三条くんは効率重視な人間で、基本的に自分から言葉を話す事はなく、テンプレートのように予め書かれた言葉だけで会話をする。
「まだ能力者は嫌いかい?さすがにいつもこれじゃ傷つくよ?」
 おどけてみせる僕に向けて、彼は違うページを開く。
『能力者だけじゃない。人間もリージェンも、大半は信じるに値しない。俺が信じてるのはせいぜい警視総監くらいだ』
 ページを見せて数秒、彼は唾を吐き捨てるようにノートを閉じて、その場から立ち去った。
 なんか感じが悪いが、対人嫌悪の彼の事だから、スプリミナル一同、仕方がなく受け入れてる。
「やれやれ…やっぱり彼とスプリミナルでは、なかなか釣り合わなそうだね」
 呆れながら、スタスタと我が道かのように歩いていく三條くんの背を眺める。
 この世界にはあらゆる思想を持つ人間がいて、そのなかにはあらゆる人間が敵に見える者だっているだろう。
 自分だって似たようなもんだし、各々の至上主義者や、武装警察にいる斐川って奴も、能力者嫌いだ。
 結局、全ての生命を愛している者なんてほとんどいない…。
 よほどの聖人であっても、何かしら嫌うものはあるんだからな。

「アイツが言いたいことはわからなくもない…。俺たちにできるのは、それを尊重して接するくらいだ。あいつがこれくらいの距離が良いなら、それに合わせてやるだけだ」
 人間嫌いの三条くんを推し量ってやろうとする基山くん。
 彼も人間愛者というわけではないが、気難しい奴を分かってやろうとする姿勢が強い。
 恐らく、スプリミナルに入る前の職場が陪川くんと同じ場所だったからだろうな…。
「さっ…次は監視課だろう?いくぞ」
 そう言って、彼は資料を片手に歩き始める。
 いつも厳しげだけど、個人の思いはできるだけ新調してやろうとしてくれるのが、彼の愛される点なのだろうな。
 なんて思いつつ、僕も駆け足で彼を追っかけた。
「キヤマくん、結構性格きついのに優しいよね」
「そこまでキツくない。スミウラやミヤマと比べればな」
 フンと息を吐きつつ、彼は僕と足並み揃えて歩く。
 やはりお世辞は通用しない面白味のない人間だが、結構頼りにはなる存在なのだ…。



                     ◆



 昼過ぎ、暗雲立ち込めようとする中、僕らは米山さんを死体があった場所に呼び出した。
 特殊清掃員の手によって、死体を形どる白線以外は、綺麗に掃除されていて、匂いも消えていた。

 僕らは全ての調査を終えた。
 僕らが求めていた証拠や情報は全て存在し、こうはあってほしくなかった結果となってしまった。
 はじめからわかっていたが、結果的にそうなるのであれば、僕らは警戒を強めなければならない…。
「すみません。お仕事で遅れてしまいまして…」
 僕らの沈黙を裂くように、米山さんが仕事から抜け出して来た。
「いえ…大丈夫です」
 彼に気を遣いつつ、基山くんは資料を開く。
「それでは早速ですが、今回の事件について、色々と解ったことをご説明しましょう」
 その言葉と共に、スプリミナルによる調査結果報告がついに始まった。

「今回の事件は、反政府ゲリラ組織の犯行で間違いないです。というのも、米山さんから依頼を貰った時から、俺たちはこの死体をどうやってここまで運ぶのか…?と言う点に目を付けました」
「運ぶ…?ここで殺して、そのまま置きっぱなしと言うわけではなくですか…?」
 米山さんが首をかしげる。
 普通なら自然な行動だな。
「はい。気づきませんでしたか?地面に血液があまり付いていなかったのを…」
 淡々と話す基山くんに、米山さんがピクンと小さく眉を動かした事に、僕は見逃さなかった。
「普通、あそこまでバンバン撃ったら、そこら中に血がへばりつくからね…。でも、その形跡はなかった…」
「恐らく、別の場所で殺した上で、自分達のアジトがバレないように移動させたのでしょう。それがたまたま、貴方の土地に置かれてしまった…と言うのが、殺すまでの道のりの推理です」
 僕らのここまでの推理と解説を聞き、米山さんは成る程と頷く。
「では…その殺害現場は…どこに…?」 
「そこまでは僕らもわからない。ただ、考えられるのは……鏡の中で殺害するとか、鏡の中に遺体を保管するとかね?」
 ノーインは鏡の中だけで生息するのはもうお分かりだろう。
 しかし、それ以外でも特殊な条件を満たしているのであれば、鏡の中にいける場合がある。
「鏡の中…?ミラーマフィアが鏡を利用するのは、移動手段だけでは…?」
 ついにボロが出たな…。
「……なんで、君がそれを知ってるの?」
 聞き逃さなかった僕が聞くと、米山さんの瞳孔が開き、額から汗が流れだした。
 普通、一般人ならミラーマフィアがそう呼ばれている正確な理由しらない。
 少々、カマをかけさせて貰った…。
「混乱を防ぐために"ミラーマフィアは鏡を媒体として活動するためにそう呼ばれた"としか、国民には知らされていない気がするんだが…?」
 基山くんもこれには彼に鋭い視線をつけざるをえなかった。
「そ…それは…あ、あくまで噂ですよ!よくインターネットニュースを目にするので…それで…」
 米山さんは急にあたふたとし始めた。
 どうやら、目に見えるほどに嘘が苦手なようだ…。
「リージェンの強みは、鍛えさえすれば鏡を媒体として移動ができると言うこと。勿論、迷惑防止条例でキツく禁止はされているんだがな。しかし……特殊な条件をもっている人間なら、鏡を媒体として移動することができる場合がある」
 僕は鏡に手を触れると、まるで水面のように揺れて、肘を飲み込む。
「それは、僕らとかね?」
 トランススーツを着用した特異点、もしくはリージェンの血を体内に含んだ人間は、このようにミラーマフィア同様に鏡を媒体として別の場所に移動することができる。
 ただし、後者は成功率が50%にも満たないらしいが。
「その技術を知っている人間はスプリミナルだけ…。しかし、それ以外にももう一人だけ、それを知っている人間がいる…」
 僕らの頭に浮かぶのは、スプリミナルの最高の味方であるはずであった、最悪の敵…。
「ヴィーガレンツ総大将…████……」
 その名を告げた瞬間、その場の空気が一瞬で冷えた…。
 この名を第四の壁にいる君に告げるには、まだ早すぎる。
「元々はぼくら側だった彼なら、鏡の中に入るための条件を知っているだろうから、それを部下に広める事もできるはずだよね…?」
 睨み付ける僕ら、顔を青くしていく米山。
 その問いは遠回しに『ミラーマフィアの疑いは濡れ衣だ』と言うことを突きつけ、並びに彼の真の立場を問うている…。

「なぁ…ヨネヤマさん。ちょっと聞くんだが、あんた…なにを理由に俺たちをここに連れてきた…?」
 眼光鋭い基山くんに怯える米山さん。
 彼はそっと深呼吸をして、気を落ち着かせ、再度口を開いた。
「わ…私は…死体がここに運ばれた理由をですね……」
「違う。君は僕らを混乱させたかっただけだ。死体をわざとここに置いてね」
 折角、気を落ち着かせた彼だが、僕がこの事件の結論を提示したせいで、またドキンと鼓動を大きく鳴らしていた。
「お前が俺たちをここに連れてきた理由…。それは、お前らの計画のカモフラージュだったんだろう?」
 そう言って基山くんが出したのは、一台のタブレット端末。
 そこには、あのアブのリージェンが殺される前、理髪店でエプロンを着て客を見送っているシーン。
 ここで殺されたリージェンは、ミラーマフィアなどではなく、下町の理髪店で働いている一般人だったのだ。
「警視庁には監視課があるの…知らなかった?君が杜撰ずさんな犯行計画を立ててくれたおかげで、彼がマフィアのメンバーじゃないこと位、すぐわかったよ…」
 恐らく、殺されたリージェンは、身元を分からなくさせるためにあえて裸にさせられたのだろう…。
 そのお陰で、監視課での捜索作業に結構骨を折ったが、なんとか見つけられてよかった。
「ミラーマフィアじゃないってことはさ…?このアブのリージェン、赤穂 恵羅あこう めくらさんは、ただ単純に"何らかの殺人事件に巻き込まれただけ"ということになるよね?」
「ミラーマフィアは無駄殺しはしない。それに、殺したら殺したでそのままだったり、刻んで鯉のエサにしたりするのが一般的だ…」
 佳境を向かえる推理と、瞳孔ガン開きの顔のままうつむきだした米山。
「しかし…お前はこれとは別の計画を隠すために、"敢えて自分から捜査を志願"したんだろう…?」
 すると、基山くんは容疑者の肩をそっと叩き、重苦しい声で囁く。

「なぁ?ヴィーガレンツの新人…ヨネヤマ ドウマ…」

 離れていても身震いしそうな程、凍えそうな声とグルーミーな言葉だな…。
「し…しかし……それではおかしいじゃないですか…?私が能力者と関係を持っているという証拠はあるのですか?こんな、重い身体を運べる能力者と!」
 基山くんの態度に恐怖を覚えながらも、米山は反論する。
「いるよ。いや…視点を一般的に変えると『いない』になるかな…?これを見れば…」
 ポケットの中から、僕は公安の三条くんから貰った資料を取り出した。
 そこには、TK市部一体の異能力者の名前と、その能力が記載されている。 
 異能力保持者は、自分の能力がわかった場合には、必ず市役所に届け出を出さなければならない。
 そのため、異能力者情報が必要となった場合には、公安がこの町で生きている生存者を調べあげて、即座にファイリングすることができる。
「死体を少し調べさせて貰ったんだけど…。これには指紋や触った後が見当たらないんだよね…。その変わりに、何故か肉が割れて壊れたり、触れたら壊れそうな場所ですら綺麗に残っていた…。ということは、これを運んだのは"重力操作異能力保有者"だと考えられるんだけど……」
 そのリストに書かれている異能力者の中には『重力操作をする異能』は一人も記載されていない。
 あくまでも一般人のみを集められているため、スプリミナルと反社会組織は弾かれている。
「今、この町で重力の操作ができる能力保持者は二人しかいないはずだ…。スプリミナルの中の一人、そして…"ヴィーガレンツの主要幹部、エル"だってね…?」
 その名を口にすると、米山はピクンと肩を揺らした。
「ヴィーガレンツにいるはずだろう?仮面を被って顔を見せず、ずっと俺たちを敵対しているじじいが…」
 基山くんの声は、憎しみを隠らせたようにさらに重くなっていた。
 ヴィーガレンツは少々自由で宗教的なため、主力メンバーの名前を捜すとなれば簡単なこと。
 しかし、このエルと言う人物だけは、どんな状況であっても自分の姿を一切明かさない代わりに、重力異能で多くのリージェンの殺害をこなし、戦闘時にはとことん邪魔をしてくる厄介な人間だ。
 武装警察も、頑張ってエルの捜索や特定をしているのだが、未だにその正体はわかっていない…。
 それを知っているような素振りを見せるということは、米山は確実に黒だ。
「どうなんですか…?米山さん…」
 基山くんがついに彼に釘を刺した。
 その途端、米山は諦めたかのように息を吐いた。

「……やはり…あなた方はすごい人達だ…」
 ついに肩の荷を下ろし、本性を現す米山…。
「あなた方の言うとおりです…。私は人間至上主義者…ヴィーガレンツ。アブ野郎を殺したのは私、そしてこの土地は私の所有物ではない…」
 彼が無気味でニヒルに微笑む反面、基山くんは米山に哀れの目を向けていた。
「……捜査ついでに、お前についても少々調べさせて貰った…。会社、リージェンの大地主に乗っ取られたんだよな…。お前が…ヴィーガレンツに入りたくなる理由もわかる…。でも、それで関係ないリージェンを巻き込むのは…お門違いにも甚だしいんじゃ…」

「違う!!」

 知ったような口ぶりに苛立ったのか、米山は怒りを大声に換算する。
「大地主に取られただけなら…私だって人間至上主義にはならなかった…。だがあいつらは!リージェンと言う種族は!!私と、私の大切な社員を!情弱な土地乞食の土民だと罵倒した!!この地球には人間しかいなかったはずだ!なのに!!!」
 憎しみに顔を歪めながら、彼は懐から拳銃を取り出した。  
「私は……人間として当たり前のことをした…。私はぁあっ!」

 ガキィン!

 彼が引き金を引こうとしたその時、基山くんの特異が銃を弾き飛ばす。
「諦めろ…。お前じゃ俺には敵わない…」
 ナイフのような鋭く冷たい眼光を向けると共に、僕らは彼を完全に敵と見なした。
 殺人罪、銃刀法違反、業務妨害等…。
 彼を犯罪者認定するには、十分すぎる量の違反行為だ。
 …って、元々罪人の僕らがなに思ってんだか。

「……ふ…ふふふ……」
 袋の鼠同然の状況のなか、米山から笑みがこぼれだす。
「そうですね…まだまだしたっぱの私には敵わないでしょうね…。ですが…っ!」
 途端、物陰から白いフード付きのローブを着た人間がゾロゾロと出てきた。
 白いローブには、スプリミナルと似たような金色の線と、背面には『リージェンに向ける白い目』を表した、彼らのエンブレムのようなものが描かれている。

 彼らこそ、人間至上の為に動くテロリスト…ヴィーガレンツだ…。

「やはり…同胞が待機してたか…」
 首謀者が危険の中で笑ったあとに、強気な台詞が出たら大体こうなる。
 こんな国内漫画でもよく見るベタな展開であっても、これから攻撃を受ける側からすれば、少々厄介なんだよな…。
「あなた方の推理はとても素晴らしかったです……。しかし…一つだけ間違っていた…」
「なに…?」
「エル様のような上級幹部が…私たちなんぞに振り向いてくれると思いましたか…?」
 にやりと微笑む米山は、仲間を背に得意気に僕らに伝う。
「どういうことだ…?」
「私たちは…自分達であの不審な死体を作り出したのです…。あのアブを殺した後…私たちは、如何に遺体を傷つけずに、どうやってここに運ぶかを悩んでいました…。そんな中、このヴィーガレンツの下っぱ連中にも、異能力者が存在していた…」
 米山がそう言うと、背後にいた彼よりも若い男がフードを捲って自分の童顔を僕らに見せた。
「それが彼…『中のものを一切傷つけずに物を運べる能力』です…」
 その能力概要に僕らはハッとした。
「そうか……『下級異能力問題』の類いか…」
 下級異能力とは、生活に支障が殆んどないと判断された異能力の類い。
 例えば、地面から数ミリだけ浮ける能力や、暗闇でも辺りが見渡せる能力、舌を服の襟の当たりまで伸ばせる能力等、僕たちのような、並外れているとは呼べない物、それが下級異能力。
 簡単に言えば"ショボい異能力"ということだ。
 普通なら届け出を出さなければならない所、弱すぎるからと言って免除されているのが特徴で、僕らはそれに引っ掛かってしまったのだ。
 ちなみに、下級異能力問題というのは、その下級の異能力者が、いつか何らかの事件を引き起こすのではないか?という議論が延々と続いていること。
 一方はどんな能力であっても届け出を出すべきだと言い、もう一方は何もしなくて良いと言う。
 議論が続いている理由の一番の問題が、ヴィーガレンツだ。
 例え小さな小さな能力であっても、使い様によっては罪を犯せる。
 その悪意が向いた先が、誰であっても…。

「さて……そろそろ…良いですかね?」
 米山さんの言葉と共に、ヴィーガレンツの人間は全員、ローブの中から拳銃を取り出した。
 色や形は様々だが、込められている弾丸はハイドニウム。
 僕らの最大の敵だ…。

「俺たちを撃つ前に先に聞かせてくれ…」
 この場から逃げ出すことに失望している基山くんは、心静かに彼に問う。
「お前が…隠したがっていた犯行はなんだ…?」
「それは……」
 彼の問いに米山は口を開こうとはしていたが、ふぅと息を吐いて、辞める。
「死んでから知ってください」
 氷のように冷たい言葉と共に、ヴィーガレンツの人間は、僕らに向けて、引き金を引いた。

 ダダダダダダダダダダダッ!!


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