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ゾンビの坩堝【8】
ゾンビの坩堝(77)
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肌寒い暗がりに潜り込み、縮こまっているうちに翌朝はきた。横暴に吹き鳴らすミュージックが、今朝はやたらとハイテンションに響き渡っている。このフロアだけでなく、施設そのものが胸躍っているようで、通路に並ぶ被収容者たちもそわそわしている一方、主役の一人であるジャイ公は、ぐいっ、ぐいっ、とストレッチをし、ミッチーらと昨晩のお笑い番組を話題にしていた。
余裕だな……――
それにしても、と自分はジャイ公をじっくりうかがった。肌の青みは水多めの水彩並みだし、筋力や体力といった運動機能もゾンビとしては高い方……いつでも社会復帰できるとうそぶいていたが、ここにとどまってでも元・自治会長に一泡吹かせたかったわけか……ジャイ公だって、差し入れ相手のいる外に出たいだろうに……はたして、これがどう転ぶのか……むわむわしているとウーパーがうつむき顔を並べ、突き当たりそばではディアが前屈みになっている。その真っ青な顔色は、一大イベントを控えたジャイ公とは対照的だった。リハビリ体操でもディアは指導員に散々けなされ、ジャイ公はいつも以上の高評価を得て、終わった後に病衣姿がフロアの中心に集まっていく。
格子状に並んでいく、微熱を帯びた青い分子……デイルームの西半分、北館の被収容者側は、日ごとに増えるせいで不揃いになっていく。その最後列で自分は火照り、右上腕をかいたり上衣の裾をいじったりした。かっと大輪の花のごとき社章、それを背にラフな腕組みのヘッド、列の左右に立つ指導員は、幕開け前の観客を思わせた。施設にとって南館の被収容者、元・自治会長もそれなりに寄付をする「上客」のはずだが、指導局としてはあくまで不干渉、それどころか面白がってさえいるらしい……ヘッドに呼ばれ、前に進み出た黒ヤマネコが恭しく一礼し、こちらに向き直った。
「指導局のご厚意により、これから自治会長選挙の投票を行います」
黒ヤマネコに粛々と促され、左右に候補者が立つ。南館の列の前には、被告として出廷したような寒色半纏姿の元・自治会長……そして北館の列の前には、不敵な面構えのジャイ公……いつもは伏し目のゾンビたちは顔を上げ、熱のこもるまなざしで口を半開きにしていた。
「どちらが自治会長にふさわしいか、皆さん、一晩よくお考えになったことと思います」黒ヤマネコが淡々と言う。「これから挙手していただき、過半数超の支持で当選とします。それでは始めます」
セルロイド風の無表情で元・自治会長を一瞥し、左手で控えめに示して、黒ヤマネコは抑揚なく続けた。
「451番がふさわしいと思う方、いらっしゃいますか」
南館側のそちこちで、ぱらぱらと手が挙がる。周りをうかがって中途半端を引っ込めたり、踏ん切りがつかなかったり……司会進行役の態度からして、挙げにくいものがあった。元・自治会長の青ざめた形相は、無慈悲に毛を刈られるヒツジのごとくゆがんでいた。
「それでは、次です」ふっと微笑み、黒ヤマネコの右手が伸びる。「1945番を支持する方、挙手をどうぞ!」
はいっ!――言い終わらぬうちにミッチーが挙げ、それをきっかけに北館側から連鎖が起こる。もやっとした視界が挙手で一杯になり、自分は慌ててそれらに倣った。噴泉さながらの歓声が上がり、発酵した臭いに満ち満ちていく。
ばんざぁーい! ばんざぁーい! ばんざぁーいっ!――
万歳三唱するミッチーたち、両こぶしを突き上げるジャイ公……ジャイ公が、自治会長……ぼやけた自分は、現実感が希薄だった。少なからず期待し、そうなり得るとは思っていたが、これは寝床の暗がりでの夢ではないだろうか……南館側はというと、ぽかんとした表情が少なくない。それらの前で元・自治会長は、敗者としてさらし者にされていた。
余裕だな……――
それにしても、と自分はジャイ公をじっくりうかがった。肌の青みは水多めの水彩並みだし、筋力や体力といった運動機能もゾンビとしては高い方……いつでも社会復帰できるとうそぶいていたが、ここにとどまってでも元・自治会長に一泡吹かせたかったわけか……ジャイ公だって、差し入れ相手のいる外に出たいだろうに……はたして、これがどう転ぶのか……むわむわしているとウーパーがうつむき顔を並べ、突き当たりそばではディアが前屈みになっている。その真っ青な顔色は、一大イベントを控えたジャイ公とは対照的だった。リハビリ体操でもディアは指導員に散々けなされ、ジャイ公はいつも以上の高評価を得て、終わった後に病衣姿がフロアの中心に集まっていく。
格子状に並んでいく、微熱を帯びた青い分子……デイルームの西半分、北館の被収容者側は、日ごとに増えるせいで不揃いになっていく。その最後列で自分は火照り、右上腕をかいたり上衣の裾をいじったりした。かっと大輪の花のごとき社章、それを背にラフな腕組みのヘッド、列の左右に立つ指導員は、幕開け前の観客を思わせた。施設にとって南館の被収容者、元・自治会長もそれなりに寄付をする「上客」のはずだが、指導局としてはあくまで不干渉、それどころか面白がってさえいるらしい……ヘッドに呼ばれ、前に進み出た黒ヤマネコが恭しく一礼し、こちらに向き直った。
「指導局のご厚意により、これから自治会長選挙の投票を行います」
黒ヤマネコに粛々と促され、左右に候補者が立つ。南館の列の前には、被告として出廷したような寒色半纏姿の元・自治会長……そして北館の列の前には、不敵な面構えのジャイ公……いつもは伏し目のゾンビたちは顔を上げ、熱のこもるまなざしで口を半開きにしていた。
「どちらが自治会長にふさわしいか、皆さん、一晩よくお考えになったことと思います」黒ヤマネコが淡々と言う。「これから挙手していただき、過半数超の支持で当選とします。それでは始めます」
セルロイド風の無表情で元・自治会長を一瞥し、左手で控えめに示して、黒ヤマネコは抑揚なく続けた。
「451番がふさわしいと思う方、いらっしゃいますか」
南館側のそちこちで、ぱらぱらと手が挙がる。周りをうかがって中途半端を引っ込めたり、踏ん切りがつかなかったり……司会進行役の態度からして、挙げにくいものがあった。元・自治会長の青ざめた形相は、無慈悲に毛を刈られるヒツジのごとくゆがんでいた。
「それでは、次です」ふっと微笑み、黒ヤマネコの右手が伸びる。「1945番を支持する方、挙手をどうぞ!」
はいっ!――言い終わらぬうちにミッチーが挙げ、それをきっかけに北館側から連鎖が起こる。もやっとした視界が挙手で一杯になり、自分は慌ててそれらに倣った。噴泉さながらの歓声が上がり、発酵した臭いに満ち満ちていく。
ばんざぁーい! ばんざぁーい! ばんざぁーいっ!――
万歳三唱するミッチーたち、両こぶしを突き上げるジャイ公……ジャイ公が、自治会長……ぼやけた自分は、現実感が希薄だった。少なからず期待し、そうなり得るとは思っていたが、これは寝床の暗がりでの夢ではないだろうか……南館側はというと、ぽかんとした表情が少なくない。それらの前で元・自治会長は、敗者としてさらし者にされていた。
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