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ゾンビの坩堝【8】
ゾンビの坩堝(75)
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「これからフロアを一回りする。一緒に来てくれ!」
ミッチーがウーパーを追い立て、ぎらつきを握る者たちが数歩ずつ遅れていく……マール、マール、マール……間を空けた行進はデイルーム西側から北館を回っていき、先頭のジャイ公が遠慮なく片引き戸を開け、ずかずかと入っては投票を呼びかけていく。開けっぱなしのそこを後からのぞくと、誰もがキャンディ包みを手にしてあっけにとられている。
オレはやる、オレはやる、オレはやる――
どら声の連呼に徳念がブレンドされ、シュールな合唱になっていく……右や左に姿勢がゆがみ、足を引きずっていく流れは、北西の角部屋を抜かして北通路に入った。こうして歩くだけでもゾンビには重労働にも等しく、前からも後ろからも荒い息遣いが聞こえてくる。引っ張られていくうちに間隔が狭まり、とうとう左手首の黒輪が一斉に鳴り出したが、ジャイ公はひるむどころか左こぶしを突き上げ、いっそうどら声を張り上げた。
近付くな、かかわるな、重症化リスクが……――
そうしたアラートは、オレはやる、オレはやる、というシュプレヒコールで化学反応を起こして、熱烈な歓声に聞こえてきた。ウォッチを押さえ、いつスピーカーから天の声がとどろくかとびくついていた自分だったが、もうどうにでもなれと声を出し、こぶしを突き上げた。罰せられるときは、自分だけじゃない……どんどん熱くなって視界がかすみ、霧の中を歩いている心地で叫ぶたびに鬱憤が薄れていく……東通路を下る先頭はエレベーターホールを通過し、106号室を素通りしてその次を開け、我が物顔で入っていく。
「レイプ反対! レイプ反対っ!」
そう訴えながら、やはり南館でもチョコを押し付けていく。困惑されようが眉をひそめられようがお構いなし……レイプ反対、レイプ反対、オレはやる、オレはやる――熱に浮かされ、たぎる血のままに自分も声を上げ続けた。
東南の角に差しかかったところでなぜか行進が早まり、どら声がメガホンから拡声器レベルになって、レイプ反対、レイプ反対、とがなり立てる。遅れて角を曲がった自分が目にしたのは、ぎりぎりとしわを引きつらせる老ヒツジ面……そのそばで、片引き戸が中から閉められる。
あそこの部屋は確か、黒ヤマネコの……――
選挙運動をしていたのだろう……と、対立候補めがけて、ジャイ公の手から毒々しい色彩が飛ぶ。
「レイプ反対っ! レイプ反対っ!」
豆まきさながらにチョコをぶつけられて悲鳴を上げ、元・自治会長はゆがんだ右側によろけた。いい気味だ……燃え上がるシュプレヒコールにたじろぎ、通路の壁を背にした獲物は吠え立てるジャイ公、その近くでうつむくウーパーをにらみ、紫がかった唇をわななかせた。
レイプ反対っ! レイプ反対っ! レイプ反対っ!――
ひとしきり暴れると群れはまた動き出し、散々辱められたみじめな姿が残される。熱情に酔ったゾンビの列はフロアを一回りし、息を切らしながらデイルームに並んだ。間隔を取ったことでウォッチは静まり、空のギフトボックスを小脇に抱え、荒く肩で息するジャイ公は脂ぎった笑みでガッツポーズをキメた。
「ありがとう、みんな! オレはやるぞ! 投票よろしくなっ!」
耳を聾する拍手が応え、自分もそれにおぼれていった。とにかくやってほしい……もうろうとした頭には、それしか浮かばなかった。興奮のうちに集会は終わり、手を振るジャイ公がウーパーを連れ、ミッチーらと去って、聴衆は火の粉のごとく散っていく……自分も遅れて、熱に浮かされたまま歩き出した。
ミッチーがウーパーを追い立て、ぎらつきを握る者たちが数歩ずつ遅れていく……マール、マール、マール……間を空けた行進はデイルーム西側から北館を回っていき、先頭のジャイ公が遠慮なく片引き戸を開け、ずかずかと入っては投票を呼びかけていく。開けっぱなしのそこを後からのぞくと、誰もがキャンディ包みを手にしてあっけにとられている。
オレはやる、オレはやる、オレはやる――
どら声の連呼に徳念がブレンドされ、シュールな合唱になっていく……右や左に姿勢がゆがみ、足を引きずっていく流れは、北西の角部屋を抜かして北通路に入った。こうして歩くだけでもゾンビには重労働にも等しく、前からも後ろからも荒い息遣いが聞こえてくる。引っ張られていくうちに間隔が狭まり、とうとう左手首の黒輪が一斉に鳴り出したが、ジャイ公はひるむどころか左こぶしを突き上げ、いっそうどら声を張り上げた。
近付くな、かかわるな、重症化リスクが……――
そうしたアラートは、オレはやる、オレはやる、というシュプレヒコールで化学反応を起こして、熱烈な歓声に聞こえてきた。ウォッチを押さえ、いつスピーカーから天の声がとどろくかとびくついていた自分だったが、もうどうにでもなれと声を出し、こぶしを突き上げた。罰せられるときは、自分だけじゃない……どんどん熱くなって視界がかすみ、霧の中を歩いている心地で叫ぶたびに鬱憤が薄れていく……東通路を下る先頭はエレベーターホールを通過し、106号室を素通りしてその次を開け、我が物顔で入っていく。
「レイプ反対! レイプ反対っ!」
そう訴えながら、やはり南館でもチョコを押し付けていく。困惑されようが眉をひそめられようがお構いなし……レイプ反対、レイプ反対、オレはやる、オレはやる――熱に浮かされ、たぎる血のままに自分も声を上げ続けた。
東南の角に差しかかったところでなぜか行進が早まり、どら声がメガホンから拡声器レベルになって、レイプ反対、レイプ反対、とがなり立てる。遅れて角を曲がった自分が目にしたのは、ぎりぎりとしわを引きつらせる老ヒツジ面……そのそばで、片引き戸が中から閉められる。
あそこの部屋は確か、黒ヤマネコの……――
選挙運動をしていたのだろう……と、対立候補めがけて、ジャイ公の手から毒々しい色彩が飛ぶ。
「レイプ反対っ! レイプ反対っ!」
豆まきさながらにチョコをぶつけられて悲鳴を上げ、元・自治会長はゆがんだ右側によろけた。いい気味だ……燃え上がるシュプレヒコールにたじろぎ、通路の壁を背にした獲物は吠え立てるジャイ公、その近くでうつむくウーパーをにらみ、紫がかった唇をわななかせた。
レイプ反対っ! レイプ反対っ! レイプ反対っ!――
ひとしきり暴れると群れはまた動き出し、散々辱められたみじめな姿が残される。熱情に酔ったゾンビの列はフロアを一回りし、息を切らしながらデイルームに並んだ。間隔を取ったことでウォッチは静まり、空のギフトボックスを小脇に抱え、荒く肩で息するジャイ公は脂ぎった笑みでガッツポーズをキメた。
「ありがとう、みんな! オレはやるぞ! 投票よろしくなっ!」
耳を聾する拍手が応え、自分もそれにおぼれていった。とにかくやってほしい……もうろうとした頭には、それしか浮かばなかった。興奮のうちに集会は終わり、手を振るジャイ公がウーパーを連れ、ミッチーらと去って、聴衆は火の粉のごとく散っていく……自分も遅れて、熱に浮かされたまま歩き出した。
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