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ゾンビの坩堝【7】
ゾンビの坩堝(70)
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ピィー、ピィー、ピィー――
ヒートアップし、つい近付く双方に水をかけるウォッチだが、焼け石に水でたちまち蒸発し、すえた臭いの人いきれと混じってデイルームに立ちこめていく。もっと、もっとやれ……のぼせるほど鼓動は早まり、自分は周りと燃え上がっていく……――
「クビだ、クビっ!」
ジャイ公がわめき、ぎろっと観衆を見回す。
「自治会の規約にあるよな、過半数の賛成で解職できるって! おい、みんな! ここではっきりさせようじゃないか! 権力を悪用してレイプ、そんな犯罪者は許せないって奴、手を挙げろっ!」
すぐさまミッチー、そしてフォックスが挙手――メガネザル、コアラ、チンパン……北館側のほとんど、自分も斜めに右手を突き上げた。意外なことに南館側からも少なくない挙手があって、頼りなげなそれらは、悪用、レイプ、犯罪者といったワードに引っ張られているらしかった。
勝負あり、だった。
自治会長もとい451番は角をへし折られた顔をし、あぶられているかのように身もだえした。勢いのままの問いだったが、賛否はれっきとしたものとして居座った。
「……解職のようですね」
黒ヤマネコが仕方なさそうに認めると、どうだと言わんばかりにジャイ公が吠え、ばちばちばちばちっと派手に手を叩く。ミッチーらが拍手を加え、それにつられてデイルームの西側は沸き立った。
「選挙だ!」
両のこぶしを突き上げ、ジャイ公が宣言する。
「自治会長選挙をやるぞ! おれは立候補する! 自治会長になって、みんなをハッピーにするぞ!」
北館側から、また熱に浮かされた拍手――南館側は今さらながら狼狽の色も見られたが、異論を差し挟む者は誰もいなかった。
「こっ、こんなことは認められないっ!」老ヒツジ面がようやく、苦し紛れに鳴く。「きちんとした手続きを踏んでいないものなど、無効だ!」
「文句があるなら立候補しろよ」ジャイ公がせせら笑う。「信を問うってやつだ。やましいところがないんなら、ごちゃごちゃ言ってないで勝負しろよ。男らしくよお!」
そうだ、その通りだ、とミッチーが野次を飛ばし、北館側のあちこちから同調のつぶやきがある。南館側はただただ引きずられ、このままだとジャイ公の無投票当選になりかねなかったことから、元・自治会長は立候補宣言に追い込まれた。
「他に立候補される方は、いらっしゃいますか?」
黒ヤマネコが確かめたが、名乗りを上げる者はいない。投票は明日、候補者はこの二名……急展開の集会はそうして散会になり、興奮冷めやらぬデイルームでジャイ公は元・自治会長をレイプ犯だの何だのと罵り、おれが自治会長になったらこうするぞ、と一席ぶって注目を集め、少し離れたところではウーパーが下腹部をかばい、ぼんやりうつむいている。それらを呪わしげににらみ、右に、右に揺れながら離れていく元・自治会長……そんなとき自分の横で、ぐったりとした動きがある。ディアが疲れきった足取りで歩き出し、ジャイ公と取り巻きをよろよろと避けていく。
あっ、ロバ先生は……――
自分はうつろなウーパー、そして取り巻くストライプ柄越しにジャイ公をうかがった。妊婦でもあるし、とても世話を任せられる雰囲気ではない……落胆はしたが、それほどでもなかった。あの自治会長が解職され、ジャイ公と一騎打ち……どうなるのかは分からないが、予想外のそれ自体が風穴に感じられた。何かが変わる……ひょっとすると面倒から解放されることだって……マール、マール、マール……ジャイ公を中心とする密度は増し、構造は強まっていたが、たくさんのウォッチは黙ったままだった。
ヒートアップし、つい近付く双方に水をかけるウォッチだが、焼け石に水でたちまち蒸発し、すえた臭いの人いきれと混じってデイルームに立ちこめていく。もっと、もっとやれ……のぼせるほど鼓動は早まり、自分は周りと燃え上がっていく……――
「クビだ、クビっ!」
ジャイ公がわめき、ぎろっと観衆を見回す。
「自治会の規約にあるよな、過半数の賛成で解職できるって! おい、みんな! ここではっきりさせようじゃないか! 権力を悪用してレイプ、そんな犯罪者は許せないって奴、手を挙げろっ!」
すぐさまミッチー、そしてフォックスが挙手――メガネザル、コアラ、チンパン……北館側のほとんど、自分も斜めに右手を突き上げた。意外なことに南館側からも少なくない挙手があって、頼りなげなそれらは、悪用、レイプ、犯罪者といったワードに引っ張られているらしかった。
勝負あり、だった。
自治会長もとい451番は角をへし折られた顔をし、あぶられているかのように身もだえした。勢いのままの問いだったが、賛否はれっきとしたものとして居座った。
「……解職のようですね」
黒ヤマネコが仕方なさそうに認めると、どうだと言わんばかりにジャイ公が吠え、ばちばちばちばちっと派手に手を叩く。ミッチーらが拍手を加え、それにつられてデイルームの西側は沸き立った。
「選挙だ!」
両のこぶしを突き上げ、ジャイ公が宣言する。
「自治会長選挙をやるぞ! おれは立候補する! 自治会長になって、みんなをハッピーにするぞ!」
北館側から、また熱に浮かされた拍手――南館側は今さらながら狼狽の色も見られたが、異論を差し挟む者は誰もいなかった。
「こっ、こんなことは認められないっ!」老ヒツジ面がようやく、苦し紛れに鳴く。「きちんとした手続きを踏んでいないものなど、無効だ!」
「文句があるなら立候補しろよ」ジャイ公がせせら笑う。「信を問うってやつだ。やましいところがないんなら、ごちゃごちゃ言ってないで勝負しろよ。男らしくよお!」
そうだ、その通りだ、とミッチーが野次を飛ばし、北館側のあちこちから同調のつぶやきがある。南館側はただただ引きずられ、このままだとジャイ公の無投票当選になりかねなかったことから、元・自治会長は立候補宣言に追い込まれた。
「他に立候補される方は、いらっしゃいますか?」
黒ヤマネコが確かめたが、名乗りを上げる者はいない。投票は明日、候補者はこの二名……急展開の集会はそうして散会になり、興奮冷めやらぬデイルームでジャイ公は元・自治会長をレイプ犯だの何だのと罵り、おれが自治会長になったらこうするぞ、と一席ぶって注目を集め、少し離れたところではウーパーが下腹部をかばい、ぼんやりうつむいている。それらを呪わしげににらみ、右に、右に揺れながら離れていく元・自治会長……そんなとき自分の横で、ぐったりとした動きがある。ディアが疲れきった足取りで歩き出し、ジャイ公と取り巻きをよろよろと避けていく。
あっ、ロバ先生は……――
自分はうつろなウーパー、そして取り巻くストライプ柄越しにジャイ公をうかがった。妊婦でもあるし、とても世話を任せられる雰囲気ではない……落胆はしたが、それほどでもなかった。あの自治会長が解職され、ジャイ公と一騎打ち……どうなるのかは分からないが、予想外のそれ自体が風穴に感じられた。何かが変わる……ひょっとすると面倒から解放されることだって……マール、マール、マール……ジャイ公を中心とする密度は増し、構造は強まっていたが、たくさんのウォッチは黙ったままだった。
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