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ゾンビの坩堝【7】
ゾンビの坩堝(65)
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がほっとむせ、悪臭こもる暗がりでもがき、必死に這い出して……どっ、どっ、どっ、と胸が震え、汗ばんだ肌に寒気が走る。
また……――
底冷えのする闇の奥から、摩耗の息遣い……自分はまた寝床に潜り、そちらを背に縮こまった。はっきりと夢を見るわけではない、何か見たとしても覚えてはいないのだが、泥に埋もれていくような苦しみだけは……しかも日を追うごとにひどくなっていく。疲れのせいだろう……病を押してのリハビリに加え、ロバ先生の介護……早朝のトイレ誘導から始まって、朝昼晩の食事の世話、エレベーターの操作パネルをいじったりしないようにして、日によってはシャワー浴やリネン交換……昨夜は歯磨きをする気力もなく、ロバ先生を寝かせると早々に床に就いた。ディアはディアでよろよろとノラの世話をしており、自分がやると言った手前もあって頼るつもりはなかった。
それにしても……――
壁際のかすかな寝息に耳をそばだて、自分はぎゅっと掛け布団に包まった。ディアは声をかけたあのときも、その後もこの寝床で休もうとはしなかった。居候みたいなものだし、遠慮しているのだろうが……いずれにせよ、自分が社会復帰すれば、この寝床はディアのものになるだろう。そのためにもリハビリに専念しなければ……ウーパーの体調はまだ戻らないのだろうか……横になっていられず、自分は床頭台を手探りした。
T字カミソリとフェイスタオルを持って出た通路は、薄暗くぼやけていた。マール、マール、マール……日中より音量の低いそれが、骨身にしみてくる。
……――
あの晩のことがよみがえり、足がすくむ……皮肉にも催してきた下腹部を引き締め、手すりを両手でつかんだ自分は、ほどなく共同洗面所で角型鏡の前に立った。
思わず目を背けそうになる、そんな顔だった。
青ざめた顔は煤け、目元は黒ずんでいて……頬には、治りきらない引っかき傷……昨日より、日を経るごとにひどくなっていく……この病に冒される前はどうだったか、どうにも思い出せなかった。目の焦点をぼかし、しょっ、しょっ、とひげを剃ったら、清潔感というよりも生気が薄れてしまった。
冷水で顔を洗い、かすかに震えながら戻った自分は、行き止まりの隅にしゃがんだ。
朝まで、ここにいよう……――
洗面用具を脇に置き、膝を抱えて……ディア、何よりもノラがいるところに入りたくはない。身を縮めながら徳念にさらされ、うつらうつらしているといつもの号令がかかり、明るくなったフロアがもぞもぞとうごめく。
また……――
底冷えのする闇の奥から、摩耗の息遣い……自分はまた寝床に潜り、そちらを背に縮こまった。はっきりと夢を見るわけではない、何か見たとしても覚えてはいないのだが、泥に埋もれていくような苦しみだけは……しかも日を追うごとにひどくなっていく。疲れのせいだろう……病を押してのリハビリに加え、ロバ先生の介護……早朝のトイレ誘導から始まって、朝昼晩の食事の世話、エレベーターの操作パネルをいじったりしないようにして、日によってはシャワー浴やリネン交換……昨夜は歯磨きをする気力もなく、ロバ先生を寝かせると早々に床に就いた。ディアはディアでよろよろとノラの世話をしており、自分がやると言った手前もあって頼るつもりはなかった。
それにしても……――
壁際のかすかな寝息に耳をそばだて、自分はぎゅっと掛け布団に包まった。ディアは声をかけたあのときも、その後もこの寝床で休もうとはしなかった。居候みたいなものだし、遠慮しているのだろうが……いずれにせよ、自分が社会復帰すれば、この寝床はディアのものになるだろう。そのためにもリハビリに専念しなければ……ウーパーの体調はまだ戻らないのだろうか……横になっていられず、自分は床頭台を手探りした。
T字カミソリとフェイスタオルを持って出た通路は、薄暗くぼやけていた。マール、マール、マール……日中より音量の低いそれが、骨身にしみてくる。
……――
あの晩のことがよみがえり、足がすくむ……皮肉にも催してきた下腹部を引き締め、手すりを両手でつかんだ自分は、ほどなく共同洗面所で角型鏡の前に立った。
思わず目を背けそうになる、そんな顔だった。
青ざめた顔は煤け、目元は黒ずんでいて……頬には、治りきらない引っかき傷……昨日より、日を経るごとにひどくなっていく……この病に冒される前はどうだったか、どうにも思い出せなかった。目の焦点をぼかし、しょっ、しょっ、とひげを剃ったら、清潔感というよりも生気が薄れてしまった。
冷水で顔を洗い、かすかに震えながら戻った自分は、行き止まりの隅にしゃがんだ。
朝まで、ここにいよう……――
洗面用具を脇に置き、膝を抱えて……ディア、何よりもノラがいるところに入りたくはない。身を縮めながら徳念にさらされ、うつらうつらしているといつもの号令がかかり、明るくなったフロアがもぞもぞとうごめく。
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