ゾンビの坩堝

GANA.

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ゾンビの坩堝【6】

ゾンビの坩堝(56)

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「それじゃ、部屋に戻って」
 起床時間前だから静かに、と付け加えられる。部屋……立ち尽くす自分に指導員はいら立ち、脱衣所から追い出した。
 マール、マール、マール、マール……サンダルの裏を擦り、フロアの北西へ……通路のほの暗さに染められながら、とうとう自分はあの片引き戸を前にしてしまった。聞き耳を立ててみたが、徳念のせいで中の様子はまったく分からない。
 入りたくない……――
 入るのが恐ろしい……あんなことがあったのに、同じ部屋のままなんて……どんな反応されるのか……もしかすると、自分はまたあいつを……だが、風邪の熱は引いたとはいえ、ぐったりしてもはや立っているのもやっとだった。開けた途端に騒ぎ出されたら……まだ起床前のフロアに目をやり、ためらっている間も自分はすり減って、怒りをかき立てられていく。うなられようが、わめかれようが、関係ない……こっちは被害者なんだから……取っ手をつかみ、はねのけるように開けて自分は目を丸くした。
 バケツやトイレシートのパック横――膝を抱えていた影が、通路から差し込む薄明かりに顔を上げた。
 ディアだった。
 どうして、ここに……戸惑っていると、相手は壁を這うように立ち上がって、ごめんなさい、と肩をすぼめた。薄闇が残ったままの奥では、逆立ったうなり声の針が震えていた。
「あの子の面倒見ろって……」
 陰影の濃いディアは奥に目をやり、1945番ことジャイ公にそう命じられたと言った。ということは、不在の間に糞尿の始末をしていたのか……ばつが悪くなり、自分は仕方なく頭を下げた。それで隣に戻るのかと思いきや、ディアは痛んだ長髪を撫で付けて言いよどんだ。
「……昨晩遅くにまた一人収容されてきて、わたしの場所を譲ることになったの……つまりその、寝るところもなくなってしまって……お手伝いさせてもらいますから、ここに置いてもらえませんか……」
 座り直して乞う中年の姿は、なんとも哀れだった。そのそばには、洗面用具やらで一杯の手提げビニール袋が身を寄せている。居場所がなくなったということか……通路よりは室内の方が寒くはない。南館に入り込むわけにもいかないだろうし、こんな部屋でも仕方がないということだろう……ディアを見下ろす自分はしゃべるのもおっくうで、適当にうなずいて手前の間仕切りカーテンの中に倒れ込んだ。
 多少狭くはなるが、あいつの世話をしてくれるのなら……それにしても、とうとう過剰収容……巷でゾンビは増える一方らしいし、それを野放しにもできないのだろうが……――
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