ゾンビの坩堝

GANA.

文字の大きさ
上 下
49 / 94
ゾンビの坩堝【5】

ゾンビの坩堝(49)

しおりを挟む
 いつにも増してまずい夕食を終え、何倍にもむくんだようなだるさを押して歯磨きをしに洗面所へ……帰ってきてから、不在の間に汚れたトイレシートを始末……やがて消灯を迎えて部屋は真っ暗になった。寝床の暗がりで自分はとろとろし、息苦しさから何度も身もだえした。蒸された脳裏であれやこれやが揺らめき、入り混じっていく……奥からの、さざ波を思わせるうめき……壁の向こうからはノコギリっぽいいびき……ジャイ公が寝ているということは、もう日付は変わっているのだろう。やがて尿意を催し、仕方なく掛け布団をはいだ自分はぞくぞくっと身震いした。横になっていたにもかかわらず、だるさがずっしりとたまっている……くすぶる頭は煙っていて、ふうっと暗闇に散ってしまいそうだ。昼間の疲れのせいか、あるいは病が……かぶりを振り、目を凝らした自分は黒サンダルを履き、壁につかまって部屋を出た。
 鳥肌の立つ、ほの暗い通路に身を縮め、スピーカーからの繰り返しにさらされながら南館をぼんやり眺める……そうしているうち、自分はここがすべてという感覚にとらわれていった。この西通路を下って真っ暗なデイルームを横目に南館へ入り、南西の角を左折して南通路から東通路、北通路を経て、また振り出しに……逆に回っても同じこと……マール、マール、マール、マール、マール……やがてロバ先生みたいにさまよい、エレベーターの操作パネルをいたずらにいじって……芯から震えてきて、かちかちと歯が鳴った。
 こんなところにいて、たまるか……――
 ふらっと踏み出して角を曲がった先では、切れかかった照明がちらちら瞬いている。トイレの中は真っ暗……まずは照明のスイッチを……手すりから離れ、出入口に近付こうと通路を横切りかけたとき、自分はいきなりばくっと丸呑みされた。
 停電?――
 しばし立ち尽くし、自分は手探りで壁か手すりを求めた。しかし、手は闇をかくばかり……ふらつきながら腕を伸ばすほど、辺りは空になっていくようだった。マール、マール、マール……じっとりと病衣が濡れ、くらくらして前後左右があやふやに……それほど幅のある通路ではない。すぐそこに部屋だって並んでいるはずだが……――
 だッッ!?――
 背中にビス打ちかという衝撃があり、悲鳴を上げて自分は崩れた。膝と手をつき、じんじんする痛みに呆ける。一体、何が……――
 パシュッ――
 空気のはじける音がし、右尻の激痛で反り返って――自身のうめきに混じって、タンッ、タン、と小さな粒が床をはねる。闇のどこかで、嘲笑が押し殺されたような……――
 う、撃たれている?――
 耳をそばだて、あたふたと這う途中で左足の黒サンダルが脱げる。つんのめりながら立ち上がったところで壁にぶつかり、尻餅をついて――したたか後頭部を打って一瞬意識が遠のく。自分はまた四つん這いになり、冷え冷えとした床を這って、這って……助けを求めようにも喉からはあえぎばかり……――
 パシュッ、パシュッ――
 左頬辺りに連続し、間の抜けた悲鳴を上げてうずくまる自分の尻が再び的にされ、尻尾に火をつけられた亀さながらに這い回るうちに息が切れ、動けなくなっていく……パシュ、パシュ――前から後ろから、あちこちからやられ、そのたびにかすれた悲鳴が漏れる。パシュ、パシュ……パシュ、パシュ……マール、マール、マール……パシュ、パシュ、パシュ、パシュ、パシュ………………――――
 頭上から何やら声をかけられ、べたついたまぶたがわずかに開く。目の前には細かな傷、染みついた黒ずみ……自分は床にぐったりと、うつ伏せに倒れていた。
「そんなところで寝るなよ」
 くぐもった、含み笑い混じりの声が降ってくる。視線を這わせた先には、見覚えのある黒ブーツ……がく、がくと起き上がった前には腕組みの指導員が立っており、並んだ部屋のあちこちから青い冷淡がこちらを眺めていた。
「お前、漏らしてるぞ」
 スモークシールド越しの失笑が、自分にはよく分からなかった。股と内ももの冷たさに目をやると、染みの広がったストライプ柄が肌に貼り付いている……そこと接していた床は濡れ、ふうっと臭っていて……みじめな注目を集め、指導員の説教になぶられる自分は、いつまでも顔を上げられなかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

「メジャー・インフラトン」序章3/7(僕のグランドゼロ〜マズルカの調べに乗って。少年兵の季節 FIRE!FIRE!FIRE!No2. )

あおっち
SF
 とうとう、AXIS軍が、椎葉きよしたちの奮闘によって、対馬市へ追い詰められたのだ。  そして、戦いはクライマックスへ。  現舞台の北海道、定山渓温泉で、いよいよ始まった大宴会。昨年あった、対馬島嶼防衛戦の真実を知る人々。あっと、驚く展開。  この序章3/7は主人公の椎葉きよしと、共に闘う女子高生の物語なのです。ジャンプ血清保持者(ゼロ・スターター)椎葉きよしを助ける人々。 いよいよジャンプ血清を守るシンジケート、オリジナル・ペンタゴンと、異星人の関係が少しづつ明らかになるのです。  次の第4部作へ続く大切な、ほのぼのストーリー。  疲れたあなたに贈る、SF物語です。  是非、ご覧あれ。 ※加筆や修正が予告なしにあります。

影の多重奏:神藤葉羽と消えた記憶の螺旋

葉羽
ミステリー
天才高校生・神藤葉羽は、幼馴染の望月彩由美と共に平穏な日常を送っていた。しかし、ある日を境に、葉羽の周囲で不可解な出来事が起こり始める。それは、まるで悪夢のような、現実と虚構の境界が曖昧になる恐怖の連鎖だった。記憶の断片、多重人格、そして暗示。葉羽は、消えた記憶の螺旋を辿り、幼馴染と共に惨劇の真相へと迫る。だが、その先には、想像を絶する真実が待ち受けていた。

INNER NAUTS(インナーノーツ) 〜精神と異界の航海者〜

SunYoh
SF
ーー22世紀半ばーー 魂の源とされる精神世界「インナースペース」……その次元から無尽蔵のエネルギーを得ることを可能にした代償に、さまざまな災害や心身への未知の脅威が発生していた。 「インナーノーツ」は、時空を超越する船<アマテラス>を駆り、脅威の解消に「インナースペース」へ挑む。 <第一章 「誘い」> 粗筋 余剰次元活動艇<アマテラス>の最終試験となった有人起動試験は、原因不明のトラブルに見舞われ、中断を余儀なくされたが、同じ頃、「インナーノーツ」が所属する研究機関で保護していた少女「亜夢」にもまた異変が起こっていた……5年もの間、眠り続けていた彼女の深層無意識の中で何かが目覚めようとしている。 「インナースペース」のエネルギーを解放する特異な能力を秘めた亜夢の目覚めは、即ち、「インナースペース」のみならず、物質世界である「現象界(この世)」にも甚大な被害をもたらす可能性がある。 ーー亜夢が目覚める前に、この脅威を解消するーー 「インナーノーツ」は、この使命を胸に<アマテラス>を駆り、未知なる世界「インナースペース」へと旅立つ! そこで彼らを待ち受けていたものとは…… ※この物語はフィクションです。実際の国や団体などとは関係ありません。 ※SFジャンルですが殆ど空想科学です。 ※セルフレイティングに関して、若干抵触する可能性がある表現が含まれます。 ※「小説家になろう」、「ノベルアップ+」でも連載中 ※スピリチュアル系の内容を含みますが、特定の宗教団体等とは一切関係無く、布教、勧誘等を目的とした作品ではありません。

【一話完結】3分で読める背筋の凍る怖い話

冬一こもる
ホラー
本当に怖いのはありそうな恐怖。日常に潜むあり得る恐怖。 読者の日常に不安の種を植え付けます。 きっといつか不安の花は開く。

法術装甲隊ダグフェロン 永遠に続く世紀末の国で 野球と海と『革命家』

橋本 直
SF
その文明は出会うべきではなかった その人との出会いは歓迎すべきものではなかった これは悲しい『出会い』の物語 『特殊な部隊』と出会うことで青年にはある『宿命』がせおわされることになる 法術装甲隊ダグフェロン 第二部  遼州人の青年『神前誠(しんぜんまこと)』が発動した『干渉空間』と『光の剣(つるぎ)により貴族主義者のクーデターを未然に防止することが出来た『近藤事件』が終わってから1か月がたった。 宇宙は誠をはじめとする『法術師』の存在を公表することで混乱に陥っていたが、誠の所属する司法局実働部隊、通称『特殊な部隊』は相変わらずおバカな生活を送っていた。 そんな『特殊な部隊』の運用艦『ふさ』艦長アメリア・クラウゼ中佐と誠の所属するシュツルム・パンツァーパイロット部隊『機動部隊第一小隊』のパイロットでサイボーグの西園寺かなめは『特殊な部隊』の野球部の夏合宿を企画した。 どうせろくな事が怒らないと思いながら仕事をさぼって参加する誠。 そこではかなめがいかに自分とはかけ離れたお嬢様で、貴族主義の国『甲武国』がどれほど自分の暮らす永遠に続く20世紀末の東和共和国と違うのかを誠は知ることになった。 しかし、彼を待っていたのは『法術』を持つ遼州人を地球人から解放しようとする『革命家』の襲撃だった。 この事件をきっかけに誠の身辺警護の必要性から誠の警護にアメリア、かなめ、そして無表情な人造人間『ラスト・バタリオン』の第一小隊小隊長カウラ・ベルガー大尉がつくことになる。 これにより誠の暮らす『男子下士官寮』は有名無実化することになった。 そんなおバカな連中を『駄目人間』嵯峨惟基特務大佐と機動部隊隊長クバルカ・ラン中佐は生暖かい目で見守っていた。 そんな『特殊な部隊』の意図とは関係なく着々と『力ある者の支配する宇宙』の実現を目指す『廃帝ハド』の野望はゆっくりと動き出しつつあった。 SFお仕事ギャグロマン小説。

極彩禁域

むぎこ
ファンタジー
トンチキ和風ポストアポカなんたらファンタジー そんな真面目な話じゃないです 誤字はじわじわ直します

短な恐怖(怖い話 短編集)

邪神 白猫
ホラー
怪談・怖い話・不思議な話のオムニバス。 ゾクッと怖い話から、ちょっぴり切ない話まで。 なかには意味怖的なお話も。 ※追加次第更新中※ YouTubeにて、怪談・怖い話の朗読公開中📕 https://youtube.com/@yuachanRio

処理中です...