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ゾンビの坩堝【3】
ゾンビの坩堝(27)
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「とにかく、ま」こちらを差す、ジャイ公のぶっとい指。「踏み倒すなよ! いいな!」
言い残してミッチーと去り、ぽつんと自分は残された。さっきまでとは打って変わってがらんとし、熱が引いたことで余計に寒々しい空間に響く、スピーカーからの斉唱……一本調子なそれはフロアの隅々まで響き渡ってここに集中し、自分をどんどん削っていくようで……マール、マール、マール、マール、マール……そら恐ろしくなり、自分は足をもつれさせながら逃げ出した。
マール、マール、マール……反響するほどのぼせ、かすんでいく……見えない足かせのはまった足を引きずり、手すりを頼りに粘土質っぽくなった体を前のめりに運ぶ。共同洗面所で渇いた喉を潤し、むずかる腹部を抱えて共同トイレ奥の個室で腰を下ろす。四方を壁に囲まれたここでも、徳念は空気を震わせてくる……前屈みになっていきむと、ちょぽん、ちょぽっ、と緩いものが出た。腹には、鈍い痛みが残っている……ののしって腹圧をかけるとまた出て、むふっと悪臭が立ちのぼってきた。
そうして時を置いたにもかかわらず、148号室はまだ濃厚に臭っていた。
空調なんて、まともに動いてやしない……天井のそれをにらんだ自分は、こちらの間仕切りカーテンを閉めきって空包装をごみ箱に捨てた。寝床に倒れ込み、薄っぺらな掛け布団をかぶる。外からの斉唱も奥のうなりもごっちゃになり、暗がりに吸い込まれていく……――
ピンポーン――
チャイムで引き戻され、自分は何事かと跳ね起きた。
『4891番、いますか?』
枕側のスピーカーから、くぐもった声――自分はうろたえ、正座をして、はい、と半分声を裏返らせた。一昔前の表計算ソフト風の口調は、昼休みに南館をうろついていましたね、と単刀直入に問いただしてきた。
『苦情が複数入っています。みだりに南館に立ち入らないように』
自治会長に用があったから……しかし、下手に口答えして評価に響いては……押し殺した自分は、ストライプ柄の膝の上でこぶしを握った。
『聞いているのか』
いきなり変わった語調に自分はすくみ、すみません、と謝った。ぶつっと通話が切られ、縞模様の隙間から視線が落ちていく……横たわって掛け布団をずり上げ、自分は屈葬のような格好になった。遠くから喉の震え、うめきが這いずってきて、やがてあの醜い四つん這いが……目をつぶるほどそれは明瞭になり、いつしか自分と重なって……――
ああっ!――
叫びを押し殺すと汗があふれ、病衣をべたつかせていく……暗がりにこもる、すえた臭い……頭からじんわりと、微熱が全身を蝕んでいく……消して、消してしまえばいい……いざとなれば、自分にはそれができる……あいつも、何もかも消してしまうことが……――
言い残してミッチーと去り、ぽつんと自分は残された。さっきまでとは打って変わってがらんとし、熱が引いたことで余計に寒々しい空間に響く、スピーカーからの斉唱……一本調子なそれはフロアの隅々まで響き渡ってここに集中し、自分をどんどん削っていくようで……マール、マール、マール、マール、マール……そら恐ろしくなり、自分は足をもつれさせながら逃げ出した。
マール、マール、マール……反響するほどのぼせ、かすんでいく……見えない足かせのはまった足を引きずり、手すりを頼りに粘土質っぽくなった体を前のめりに運ぶ。共同洗面所で渇いた喉を潤し、むずかる腹部を抱えて共同トイレ奥の個室で腰を下ろす。四方を壁に囲まれたここでも、徳念は空気を震わせてくる……前屈みになっていきむと、ちょぽん、ちょぽっ、と緩いものが出た。腹には、鈍い痛みが残っている……ののしって腹圧をかけるとまた出て、むふっと悪臭が立ちのぼってきた。
そうして時を置いたにもかかわらず、148号室はまだ濃厚に臭っていた。
空調なんて、まともに動いてやしない……天井のそれをにらんだ自分は、こちらの間仕切りカーテンを閉めきって空包装をごみ箱に捨てた。寝床に倒れ込み、薄っぺらな掛け布団をかぶる。外からの斉唱も奥のうなりもごっちゃになり、暗がりに吸い込まれていく……――
ピンポーン――
チャイムで引き戻され、自分は何事かと跳ね起きた。
『4891番、いますか?』
枕側のスピーカーから、くぐもった声――自分はうろたえ、正座をして、はい、と半分声を裏返らせた。一昔前の表計算ソフト風の口調は、昼休みに南館をうろついていましたね、と単刀直入に問いただしてきた。
『苦情が複数入っています。みだりに南館に立ち入らないように』
自治会長に用があったから……しかし、下手に口答えして評価に響いては……押し殺した自分は、ストライプ柄の膝の上でこぶしを握った。
『聞いているのか』
いきなり変わった語調に自分はすくみ、すみません、と謝った。ぶつっと通話が切られ、縞模様の隙間から視線が落ちていく……横たわって掛け布団をずり上げ、自分は屈葬のような格好になった。遠くから喉の震え、うめきが這いずってきて、やがてあの醜い四つん這いが……目をつぶるほどそれは明瞭になり、いつしか自分と重なって……――
ああっ!――
叫びを押し殺すと汗があふれ、病衣をべたつかせていく……暗がりにこもる、すえた臭い……頭からじんわりと、微熱が全身を蝕んでいく……消して、消してしまえばいい……いざとなれば、自分にはそれができる……あいつも、何もかも消してしまうことが……――
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