18 / 94
ゾンビの坩堝【3】
ゾンビの坩堝(18)
しおりを挟む
「これから奉仕活動だ。ついてこい」
ジャイ公はハンバーガーのパティっぽい背中を向け、ミッチーが無精ひげのあごをしゃくる。通路ではウーパーが腕を抱えており、ミッチーから三歩ほど後ろの自分に続いた。
がんばろう自分、と微笑む掲示板の前には二十名前後の、うつむき加減の被収容者がばらばらにいた。重たげに曲がった背中、左右にゆがんだ背骨や骨盤、青くうっ血した感じの顔ぶれ……どれもが北館側で見かけたものだった。
「おう、集まってるな」
顔役ぶったジャイ公が右手を上げ、ぼやっとした目が集まる。ぺこっと頭を下げ、へつらい笑いを返す者もいる。ジャイ公は品定めの目つきで一同をチェックし、監視カメラをちら見して、ぱんぱんと景気よく手を叩いた。
「それじゃ、今日も頑張っていこうか!」
ジャイ公はこっちを振り返り、先輩風を吹かせながら説明し始めた。奉仕活動とは、有志による自主的な清掃……お世話になっている施設への感謝を表すことだった。自室掃除もその一環……心を込めてやろう、と張りきるジャイ公……それを上目遣いに見る参加者……本来これは、施設側でやることじゃないのか……――
「じゃ、担当を決めるぞ」
ジャイ公のぶっとい人差し指の先がずいずい動き、脱衣所とシャワー室は、洗面所は、東通路は、北通路は、南館の方は……と割り振って、ミッチーがそれを繰り返し、参加者はそれぞれの持ち場にのろのろ歩き出す。
「おい、新入り!」
かぎ爪じみたどら声に引っかけられ、自分はつい逃げ腰になった。
「お前は、トイレ掃除だ。相方の分までしっかりやれよ!」
ちひっ、とミッチーが出っ歯をのぞかせて笑う。相方……どうやら、ノラのことらしい。自分はみじめな愛想笑いをし、共同トイレへとふらついた。通路では参加者が床を掃き、モップで壁のほこりを取り始めていたが、それらはすでにへとへとといったのろさだった。
共同トイレ奥――掃除用具入れの中には、壁に床ほうき、ちりとり、モップ……反対側の壁には、洗濯ばさみでつるされたビニル手袋と雑巾二枚、ラバーカップがぶら下がって、下にバケツが置かれている。こういうことは、学生時代以来……振り返ると、ジャイ公が洗面台に寄りかかって現場監督風の腕組みをしていた。
「まずは、ほうきで端から掃くんだ。心を込めてな」
緊張しながら言われた通り掃き、ちりとりでごみ箱に捨てた。続いてバケツにためた水を便器と小便器にかけ、ブラシでごしごしこする。かじかんできた手がもたつくと、しょうがないなとジャイ公が嘆息し、ブラシでこすり終わった便器を雑巾で拭いていく。すみません、と自分は恐縮した。正直、借りなんて作りたくはなかったが……便器磨きの次は、モップで床をぬっさぬっさと拭く。壁越しの向こうから、ミッチーのかさにかかった声が聞こえてくる。どうやらまたロバ先生がうろついていて、それが掃除の邪魔だからどうにかしろ、とウーパーを怒鳴っているらしい。隅々まで拭いた自分は、冷たい雑巾を絞って洗面台と角型鏡をきれいにした。
ジャイ公はハンバーガーのパティっぽい背中を向け、ミッチーが無精ひげのあごをしゃくる。通路ではウーパーが腕を抱えており、ミッチーから三歩ほど後ろの自分に続いた。
がんばろう自分、と微笑む掲示板の前には二十名前後の、うつむき加減の被収容者がばらばらにいた。重たげに曲がった背中、左右にゆがんだ背骨や骨盤、青くうっ血した感じの顔ぶれ……どれもが北館側で見かけたものだった。
「おう、集まってるな」
顔役ぶったジャイ公が右手を上げ、ぼやっとした目が集まる。ぺこっと頭を下げ、へつらい笑いを返す者もいる。ジャイ公は品定めの目つきで一同をチェックし、監視カメラをちら見して、ぱんぱんと景気よく手を叩いた。
「それじゃ、今日も頑張っていこうか!」
ジャイ公はこっちを振り返り、先輩風を吹かせながら説明し始めた。奉仕活動とは、有志による自主的な清掃……お世話になっている施設への感謝を表すことだった。自室掃除もその一環……心を込めてやろう、と張りきるジャイ公……それを上目遣いに見る参加者……本来これは、施設側でやることじゃないのか……――
「じゃ、担当を決めるぞ」
ジャイ公のぶっとい人差し指の先がずいずい動き、脱衣所とシャワー室は、洗面所は、東通路は、北通路は、南館の方は……と割り振って、ミッチーがそれを繰り返し、参加者はそれぞれの持ち場にのろのろ歩き出す。
「おい、新入り!」
かぎ爪じみたどら声に引っかけられ、自分はつい逃げ腰になった。
「お前は、トイレ掃除だ。相方の分までしっかりやれよ!」
ちひっ、とミッチーが出っ歯をのぞかせて笑う。相方……どうやら、ノラのことらしい。自分はみじめな愛想笑いをし、共同トイレへとふらついた。通路では参加者が床を掃き、モップで壁のほこりを取り始めていたが、それらはすでにへとへとといったのろさだった。
共同トイレ奥――掃除用具入れの中には、壁に床ほうき、ちりとり、モップ……反対側の壁には、洗濯ばさみでつるされたビニル手袋と雑巾二枚、ラバーカップがぶら下がって、下にバケツが置かれている。こういうことは、学生時代以来……振り返ると、ジャイ公が洗面台に寄りかかって現場監督風の腕組みをしていた。
「まずは、ほうきで端から掃くんだ。心を込めてな」
緊張しながら言われた通り掃き、ちりとりでごみ箱に捨てた。続いてバケツにためた水を便器と小便器にかけ、ブラシでごしごしこする。かじかんできた手がもたつくと、しょうがないなとジャイ公が嘆息し、ブラシでこすり終わった便器を雑巾で拭いていく。すみません、と自分は恐縮した。正直、借りなんて作りたくはなかったが……便器磨きの次は、モップで床をぬっさぬっさと拭く。壁越しの向こうから、ミッチーのかさにかかった声が聞こえてくる。どうやらまたロバ先生がうろついていて、それが掃除の邪魔だからどうにかしろ、とウーパーを怒鳴っているらしい。隅々まで拭いた自分は、冷たい雑巾を絞って洗面台と角型鏡をきれいにした。
1
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
おっさん、ドローン回収屋をはじめる
ノドカ
SF
会社を追い出された「おっさん」が再起をかけてドローン回収業を始めます。社員は自分だけ。仕事のパートナーをVR空間から探していざドローン回収へ。ちょっと先の未来、世代間のギャップに翻弄されながらおっさんは今日もドローンを回収していきます。
「メジャー・インフラトン」序章3/7(僕のグランドゼロ〜マズルカの調べに乗って。少年兵の季節 FIRE!FIRE!FIRE!No2. )
あおっち
SF
とうとう、AXIS軍が、椎葉きよしたちの奮闘によって、対馬市へ追い詰められたのだ。
そして、戦いはクライマックスへ。
現舞台の北海道、定山渓温泉で、いよいよ始まった大宴会。昨年あった、対馬島嶼防衛戦の真実を知る人々。あっと、驚く展開。
この序章3/7は主人公の椎葉きよしと、共に闘う女子高生の物語なのです。ジャンプ血清保持者(ゼロ・スターター)椎葉きよしを助ける人々。
いよいよジャンプ血清を守るシンジケート、オリジナル・ペンタゴンと、異星人の関係が少しづつ明らかになるのです。
次の第4部作へ続く大切な、ほのぼのストーリー。
疲れたあなたに贈る、SF物語です。
是非、ご覧あれ。
※加筆や修正が予告なしにあります。
INNER NAUTS(インナーノーツ) 〜精神と異界の航海者〜
SunYoh
SF
ーー22世紀半ばーー
魂の源とされる精神世界「インナースペース」……その次元から無尽蔵のエネルギーを得ることを可能にした代償に、さまざまな災害や心身への未知の脅威が発生していた。
「インナーノーツ」は、時空を超越する船<アマテラス>を駆り、脅威の解消に「インナースペース」へ挑む。
<第一章 「誘い」>
粗筋
余剰次元活動艇<アマテラス>の最終試験となった有人起動試験は、原因不明のトラブルに見舞われ、中断を余儀なくされたが、同じ頃、「インナーノーツ」が所属する研究機関で保護していた少女「亜夢」にもまた異変が起こっていた……5年もの間、眠り続けていた彼女の深層無意識の中で何かが目覚めようとしている。
「インナースペース」のエネルギーを解放する特異な能力を秘めた亜夢の目覚めは、即ち、「インナースペース」のみならず、物質世界である「現象界(この世)」にも甚大な被害をもたらす可能性がある。
ーー亜夢が目覚める前に、この脅威を解消するーー
「インナーノーツ」は、この使命を胸に<アマテラス>を駆り、未知なる世界「インナースペース」へと旅立つ!
そこで彼らを待ち受けていたものとは……
※この物語はフィクションです。実際の国や団体などとは関係ありません。
※SFジャンルですが殆ど空想科学です。
※セルフレイティングに関して、若干抵触する可能性がある表現が含まれます。
※「小説家になろう」、「ノベルアップ+」でも連載中
※スピリチュアル系の内容を含みますが、特定の宗教団体等とは一切関係無く、布教、勧誘等を目的とした作品ではありません。
影の多重奏:神藤葉羽と消えた記憶の螺旋
葉羽
ミステリー
天才高校生・神藤葉羽は、幼馴染の望月彩由美と共に平穏な日常を送っていた。しかし、ある日を境に、葉羽の周囲で不可解な出来事が起こり始める。それは、まるで悪夢のような、現実と虚構の境界が曖昧になる恐怖の連鎖だった。記憶の断片、多重人格、そして暗示。葉羽は、消えた記憶の螺旋を辿り、幼馴染と共に惨劇の真相へと迫る。だが、その先には、想像を絶する真実が待ち受けていた。
『星屑の狭間で』(チャレンジ・ミッション編)
トーマス・ライカー
SF
政・官・財・民・公・軍に拠って構成された複合巨大組織『運営推進委員会』が、超大規模なバーチャル体感サバイバル仮想空間・艦対戦ゲーム大会『サバイバル・スペースバトルシップ』を企画・企図し、準備して開催に及んだ。
そのゲーム大会の1部を『運営推進委員会』にて一席を占める、ネット配信メディア・カンパニー『トゥーウェイ・データ・ネット・ストリーム・ステーション』社が、配信リアル・ライヴ・バラエティー・ショウ『サバイバル・スペースバトルシップ・キャプテン・アンド・クルー』として、順次に公開している。
アドル・エルクを含む20人は艦長として選ばれ、それぞれがスタッフ・クルーを男女の芸能人の中から選抜して、軽巡宙艦に搭乗して操り、ゲーム大会で奮闘する模様を撮影されて、配信リアル・ライヴ・バラエティー・ショウ『サバイバル・スペースバトルシップ・キャプテン・アンド・クルー』の中で出演者のコメント付きで紹介されている。
『運営推進本部』は、1ヶ月に1〜2回の頻度でチャレンジ・ミッションを発表し、それへの参加を強く推奨している。
【『ディファイアント』共闘同盟】は基本方針として、総てのチャレンジ・ミッションには参加すると定めている。
本作はチャレンジ・ミッションに参加し、ミッションクリアを目指して奮闘する彼らを描く…スピンオフ・オムニバス・シリーズです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる