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ゾンビの坩堝【3】
ゾンビの坩堝(14)
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自分は間仕切りカーテンをぴっちり閉め、リモコンで床頭台のテレビをつけた。ちょっとふらついて、寝床に腰を下ろす……13インチくらいの小さな画面はニュース番組で、国内のゾンビ病発症者数が増加傾向だと深刻そうに伝えていた。街頭インタビューで多くは、治療薬もワクチンもないので怖い、患者には施設できちんと病気を治してほしい、と不安を口にしていたが、エンターテインメント参加者気分ではしゃいでいる者もいた。自分も、ほんの少し前まではあっち側……ゾンビは人間を襲うとか、かまれると感染するといった話におびえ、そのくせどこか高揚していたのに……目玉がむくんだように重く、しばたいて自分は電源を切り、リモコンを投げ出した。リハビリの続きをしよう……四つん這いから片膝を立て、よいしょと立ち上がったところで朝食の時間だと放送が入る。
朝食……――
きゅうと胃袋が鳴って、途端にたまらなくなる。奥でも焦れったそうな動きがあった。あいつも腹が減るのか……ろくに動きもしないくせに……自分は部屋を出て西通路を見つめ、角から北通路をうかがった。あちこちの部屋から幾人か、おそらくは食前の手洗いに出ては戻ってくる。腹の虫に急かされていらいらしていると車輪の音がして、ぬっと北東の角から、成人男性の背丈より高いラックが現れる。指導員に先導されるそれ――配膳車は牽引ハンドルを握った、細面のコアラ似の被収容者に引かれ、部屋の前で止まるたびに出てきた被収容者が順々に食器、コップの載ったトレイを取り出し、ありがとうございます、と頭を下げる。あのコアラは、業務を手伝わされているのだろうか……そのとき背後の147号室からジャイ公とミッチーが出てきたので、自分は壁の手すり沿いに行き止まりへと引っ込んだ。
西通路に差しかかった配膳車は、にこにこ顔のジャイ公たちに八段ある横っ腹を向けた。牽引ハンドルを握るコアラの息はやや荒かったが、汗ばんだ朴訥そうな顔は誇らしげだった。
「147号室、朝食ぅ」
面倒そうな声をくぐもらせる指導員に、ありがとうございます、とジャイ公が愛想良く頭を下げ、配膳車からトレイを取り出して部屋に戻る。遠目に見たところだと、外食チェーンストアの定食と比べて遜色なさそうだ。ミッチーも同じく頭を下げ、遅れてウーパーがおどおどと手順を繰り返す。
「2049番、いらないのか?」
指導員が室内に声をかけると、ミッチーがへらへら出てきた。
「食欲がないらしいですが、とりあえずこちらで預かっておきますよ」
ミッチーはディアの分らしいトレイを取り出し、にやにやしながら戻った。様子をうかがっていた自分は指導員に呼ばれ、おずおずと配膳車に近付いた。自分のはどれだろう……まごまごしていると、ナンバーと同じ番号札があるトレイだと急かされる。
朝食……――
きゅうと胃袋が鳴って、途端にたまらなくなる。奥でも焦れったそうな動きがあった。あいつも腹が減るのか……ろくに動きもしないくせに……自分は部屋を出て西通路を見つめ、角から北通路をうかがった。あちこちの部屋から幾人か、おそらくは食前の手洗いに出ては戻ってくる。腹の虫に急かされていらいらしていると車輪の音がして、ぬっと北東の角から、成人男性の背丈より高いラックが現れる。指導員に先導されるそれ――配膳車は牽引ハンドルを握った、細面のコアラ似の被収容者に引かれ、部屋の前で止まるたびに出てきた被収容者が順々に食器、コップの載ったトレイを取り出し、ありがとうございます、と頭を下げる。あのコアラは、業務を手伝わされているのだろうか……そのとき背後の147号室からジャイ公とミッチーが出てきたので、自分は壁の手すり沿いに行き止まりへと引っ込んだ。
西通路に差しかかった配膳車は、にこにこ顔のジャイ公たちに八段ある横っ腹を向けた。牽引ハンドルを握るコアラの息はやや荒かったが、汗ばんだ朴訥そうな顔は誇らしげだった。
「147号室、朝食ぅ」
面倒そうな声をくぐもらせる指導員に、ありがとうございます、とジャイ公が愛想良く頭を下げ、配膳車からトレイを取り出して部屋に戻る。遠目に見たところだと、外食チェーンストアの定食と比べて遜色なさそうだ。ミッチーも同じく頭を下げ、遅れてウーパーがおどおどと手順を繰り返す。
「2049番、いらないのか?」
指導員が室内に声をかけると、ミッチーがへらへら出てきた。
「食欲がないらしいですが、とりあえずこちらで預かっておきますよ」
ミッチーはディアの分らしいトレイを取り出し、にやにやしながら戻った。様子をうかがっていた自分は指導員に呼ばれ、おずおずと配膳車に近付いた。自分のはどれだろう……まごまごしていると、ナンバーと同じ番号札があるトレイだと急かされる。
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