ゾンビの坩堝

GANA.

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ゾンビの坩堝【3】

ゾンビの坩堝(13)

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 行き止まりに近付くほど薄暗くなり、少しずつ鳥肌が立ってくる。リハビリ体操による火照りは、今やすっかり冷めていた。148号室の片引き戸を陰った目でにらみ、ステンレス製の取っ手に手を伸ばして……がらがら開けたそこでは、吹きだまりじみた室内が照明であらわになっている。吹き出物状に変色した壁紙……床の端や隅にたまったほこり……奥でだらしなくスクラムを組んだトイレシート――その真ん中の一枚にぼわっと淡黄色があり、刺激臭が鼻腔に爪を立ててくる。奥の間仕切りカーテンの中から、鼻にしわを寄せたうなり声……好き勝手に出しやがって……重症化リスクのこともあるし、こんな奴と同じ部屋にはいられない。近寄りたくもない……自治会長にかけ合ってみよう……バケツに汚れたトイレシートを放り込み、新しいシートを敷いて、自分は汚物処理室とを往復した。
 がたっと壁際に、半ば投げ出すようにバケツを置くとうなり声が高まった。こみ上げてくるものを抑え、飲み込んで、自分は壁腕立て伏せを始めた。ノーマルな人間に戻らなければ……しかし回数を重ねるほど息苦しくなり、大胸筋や上腕三頭筋が弱音を漏らしてくる。臭い汗がにじみ、カウントがふとあやふやになって……それでも何とかやりきり、壁に寄りかかって生暖かい息を吐く。悪臭の染みついた部屋が、いっそうじめじめしたようだった。窓もないし、ここは換気が悪過ぎる……――
 たまらず通路に出ると、マール、マール、マール……徳念に乗って、口当たりのいいカフェ・ラテ風の声が南から流れてくる。デイルームを経て北館に差しかかったそれは、一定間隔を保って練り歩く男女十名弱……声はその先頭――先ほど朝礼で見かけたベージュ地ギンガムチェック柄、センター分けの黒髪ロング女性のもので、次第に近付いてくるほどほの甘い問わず語りがはっきりしてくる。
「――不平不満よりも良いところに目を向け、感謝の心を持ちましょう。たくさんの人の助けがあればこそ、こうして闘病生活を送ることができるのです。この病に打ち勝ち、健全な人間に戻るべく努力することに専念すべきではないでしょうか。――」
 がらっと隣室が開き、ジャイ公とミッチーがにやけた顔を出す。SNSにアップされた女子の自撮り動画を眺める、そんな目つきの前で黒髪ロングは角を曲がり、フォロワーを引き連れて北通路に消えていった。左手首のウォッチに3108とあった、若作りで見た目三十代後半くらいの、どことなくヤマネコ……黒いヤマネコを思わせる容姿は、肌の青白さが一種異様なムードを醸し、肩甲骨にかかる黒髪から魔女を連想させもした。ウォーキングしながらオピニオンを発信しているらしい。不要な接近を禁じるルールに則ったやり方……エクササイズにもなって、一石二鳥というわけか……――
「ああ! ヤリてえっ!」
 吠えるどら声に自分は、勃起を見せられたように硬直した。聞こえなかったふりをしてうつむいていると、卑猥な話をしながらふたりは引っ込んだ。あんな手合いとウーパーが同室なのだから、配慮も何もあったものじゃない……戻ろうと開けた片引き戸から徳念が流れ込み、奥でもがくような寝返りがあった。
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