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ゾンビの坩堝【1】
ゾンビの坩堝(1)
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……とうとう、自分もゾンビ……――
飲み込みも吐き出しもできず、暗澹と含みながら座る自分は数メートル前……100インチはある壁掛け大型モニターにでかでかと、執務室風バーチャル背景で映る、しわばんだグレイ型宇宙人風の老人を上目遣いした。血色の良い腕を出す、半袖シャツ……その赤地に咲くハイビスカスが、ひどく場違いだった。
『……このまま患者数が増え続けますと、社会保障費の膨張によって我が国の財政は――』
スピーカーからの、しわがれた棒読み……エアコンの効きが悪いのか、それとも夜間だから切られているのか、だだっ広いデイルームはぞくぞくとし、青ざめた素足に黒ビニールサンダル、青地ストライプ柄の病衣の上下、インナーシャツにブリーフという格好、そしてぼんやりと火照った頭をこわばらせる。ここに強制入所させられる前……検査バス車内……そのさらに前、コンビニで通報されたときよりもだるさはひどくなっており、入所直後に浴びせられた消毒薬入りシャワーの臭いと相まって、軽い吐き気がこみ上げてくる。
『……患者の皆さんにおかれましては、積極的にリハビリテーションに励んでいただき、病に打ち勝って一日も早く職場や学校などに復帰されますよう、当施設の長としてお願い申し上げます』
スピーチが終わるとグレイ型宇宙人もとい施設長は消え、傲然と燃える太陽、ぎらついた目玉にも見える社章が液晶画面を占めて、脇に控えていた人影がそれに向かって儀礼的に一礼する。まったく中の見えないスモークシールドのフルフェイス・ヘルメットをかぶり、ライダースーツ調の防護服にブーツを履いた、全身黒ずくめ――この施設の指導員の頭である〈ヘッド〉は、社章を背に尊大な腕組みをした。
「オリエンテーションは以上だ。4891番、ここでのいろはは頭に入っているか?」
真っ黒な内側でくぐもる、脂っぽい筋肉質な声に自分は鈍くうなずき、血色の悪い左手首にはまる黒いリストバンド型防水仕様ウェアラブル・デバイス――そこに表示される4891という数字、自身に与えられたナンバーを目の端にとらえた。ざらっと笑いを漏らしたヘッドは、重症化リスクがあるので他の被収容者とは関わらないように、と念を押した。
「該当行為があれば、その左手首の〈ウォッチ〉が警告音を鳴らす。警告されると、そのたびに評価が下がる。評価が基準以下の場合、たとえ病を克服したとしても退所すなわち社会復帰は認められない」
このデバイスは、リモート充電……壊れるか、外すかしない限り、常時監視だそうだ。ヘッドは胸を張り、こちらを見下ろすようにフルフェイス・ヘルメットをのけ反らせた。
「実は、俺もゾンビだったんだ」
ぽかんとするこちらにヘッドは、人の何倍も努力してここまでになったのだ、と力強くダビデ像っぽいポーズをした。
「そうして社会復帰をし、晴れてこの施設に就職したというわけだ。今のところワクチンも治療薬もない、俗にゾンビ病と呼ばれるこの病気は、君もよく知っているように全身の筋力低下、関節の拘縮、倦怠感と易疲労性、慢性的な微熱といった症状がある。これらに打ち勝って健康体に戻るには、リハビリや運動に励むしかない。そうしなければ次第に動けなくなって、最後には無駄飯を食らってクソするだけの厄介者になってしまうぞ。それより何より、君ら患者への支援金、闘病を手助けする我が社への給付金は、血税から出ていることをわきまえなければいけない。俺たち指導員はもちろん、そこにいる自治会長の言い付けをちゃんと守って頑張るんだな」
飲み込みも吐き出しもできず、暗澹と含みながら座る自分は数メートル前……100インチはある壁掛け大型モニターにでかでかと、執務室風バーチャル背景で映る、しわばんだグレイ型宇宙人風の老人を上目遣いした。血色の良い腕を出す、半袖シャツ……その赤地に咲くハイビスカスが、ひどく場違いだった。
『……このまま患者数が増え続けますと、社会保障費の膨張によって我が国の財政は――』
スピーカーからの、しわがれた棒読み……エアコンの効きが悪いのか、それとも夜間だから切られているのか、だだっ広いデイルームはぞくぞくとし、青ざめた素足に黒ビニールサンダル、青地ストライプ柄の病衣の上下、インナーシャツにブリーフという格好、そしてぼんやりと火照った頭をこわばらせる。ここに強制入所させられる前……検査バス車内……そのさらに前、コンビニで通報されたときよりもだるさはひどくなっており、入所直後に浴びせられた消毒薬入りシャワーの臭いと相まって、軽い吐き気がこみ上げてくる。
『……患者の皆さんにおかれましては、積極的にリハビリテーションに励んでいただき、病に打ち勝って一日も早く職場や学校などに復帰されますよう、当施設の長としてお願い申し上げます』
スピーチが終わるとグレイ型宇宙人もとい施設長は消え、傲然と燃える太陽、ぎらついた目玉にも見える社章が液晶画面を占めて、脇に控えていた人影がそれに向かって儀礼的に一礼する。まったく中の見えないスモークシールドのフルフェイス・ヘルメットをかぶり、ライダースーツ調の防護服にブーツを履いた、全身黒ずくめ――この施設の指導員の頭である〈ヘッド〉は、社章を背に尊大な腕組みをした。
「オリエンテーションは以上だ。4891番、ここでのいろはは頭に入っているか?」
真っ黒な内側でくぐもる、脂っぽい筋肉質な声に自分は鈍くうなずき、血色の悪い左手首にはまる黒いリストバンド型防水仕様ウェアラブル・デバイス――そこに表示される4891という数字、自身に与えられたナンバーを目の端にとらえた。ざらっと笑いを漏らしたヘッドは、重症化リスクがあるので他の被収容者とは関わらないように、と念を押した。
「該当行為があれば、その左手首の〈ウォッチ〉が警告音を鳴らす。警告されると、そのたびに評価が下がる。評価が基準以下の場合、たとえ病を克服したとしても退所すなわち社会復帰は認められない」
このデバイスは、リモート充電……壊れるか、外すかしない限り、常時監視だそうだ。ヘッドは胸を張り、こちらを見下ろすようにフルフェイス・ヘルメットをのけ反らせた。
「実は、俺もゾンビだったんだ」
ぽかんとするこちらにヘッドは、人の何倍も努力してここまでになったのだ、と力強くダビデ像っぽいポーズをした。
「そうして社会復帰をし、晴れてこの施設に就職したというわけだ。今のところワクチンも治療薬もない、俗にゾンビ病と呼ばれるこの病気は、君もよく知っているように全身の筋力低下、関節の拘縮、倦怠感と易疲労性、慢性的な微熱といった症状がある。これらに打ち勝って健康体に戻るには、リハビリや運動に励むしかない。そうしなければ次第に動けなくなって、最後には無駄飯を食らってクソするだけの厄介者になってしまうぞ。それより何より、君ら患者への支援金、闘病を手助けする我が社への給付金は、血税から出ていることをわきまえなければいけない。俺たち指導員はもちろん、そこにいる自治会長の言い付けをちゃんと守って頑張るんだな」
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