人を食らわば

GANA.

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 そうして「うさぎ」はすっかり肉を失い、骨も出汁を取って捨て、とうとう冷凍庫は空になった。
 最後に残ったのは、目玉……――
 ローテーブルの、皿の上に転がる二つの眼球……解凍された土色の瞳に目を細め、息を吸うと鼻腔がひりひり冷える。この希少部位もマニア垂涎だそうで、シロップや黒蜜などをかけるレシピは邪道、素材そのものを味わうべしと語られている。最後に取っておいたわけでもないが、何となく後回しにしてきたそれらを前にし、自分は鈍い指でフォークに触れた。
 いただきます……――
 しかし、三つ又の先はためらった。皿の上で瞳孔はこちらに開いており、自分は直視できなくなってきた。これはただの目玉、食べ物でしかないにもかかわらず……――
 どうして――
 「肉片」の叫びがよみがえり、胸がどうしようもなくざわつく。食うか、食われるか……どちらかしか、ない……あの味を、忘れられるものか……――
 残さず、食べてやる……――
 そう眉根を寄せながら、どこかに追い詰められるようだった。乱れかけた呼吸を抑え、ぐっと右手でフォークを握って、目を背けながら片方に突き立てる。ぬすっ、とミートボールを刺すのに似た感触……そのまま勢いで口に突っ込み、もごもごしながら噛んで、噛んで……白玉団子っぽい味ごと飲み下す。
 もう一つ……――
 目の端でとらえるそれは、まっすぐにこちらを向いていた。無機的な白に浮かぶ、黒々と満ちた月……適当な甘味料があれば、曇らせることもできただろうに……顔を背けて突き刺し、咀嚼しながら美味を思い出そうとするが……冷蔵庫に急ぎ、ペットボトルのウーロン茶で流し込む。腹の中で二つの目玉が混じっていき、自分は壁にもたれ、ずるずるとしゃがんでうめいた。
 吐く、のか……――
 が、吐けないないまま、やがて下腹部にかけて差し込み、漏れそうになって、ユニットバスに飛び込んで便座に腰を下ろす。その瞬間に噴き出し、ぼちゃぼちゃと封水が騒いで悪臭が立ちのぼってくる。死骸の浮いたどぶの、よどみを思わせる臭い……痛みを引きずる腹をさすり、前屈みになって自分は歯をかみ締めた。冷凍していたが、痛んでしまったのだろうか……それとも、体に合わなかったのか……かすかに「うさぎ」の血臭が残る空間で頭を垂れ、うめき声を漏らすとまた汚物が飛び出してきた。
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