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大炎上
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「立派なお家ですね」
「ありがとう」
シーズァは微苦笑し、キッチンからペットボトルを両手に持ってきた。
「建築材料をそろえて、見よう見まねで建てたんだ。けっこう苦労したんだよ。さ、この水をどうぞ。喉が渇いているだろ?」
「お心遣い、感謝致します」
丁重に礼を言って、ノラはペットボトルを受け取った。その横で、ラルがごくごくと飲み始める。
「それにしても……」
シーズァは、ふたりを不思議そうに眺めた。
「こんなのは初めてだな。オークは群れで行動するし、ドールは大抵マスターと一緒だろ」
「申し訳ありません……」
「とがめているわけじゃないよ。ただ、珍しいなって……訳ありなんだろ、とりあえず、ゆっくりしたらいいよ」
「ありがとうございます」
両手で持つペットボトルを、ノラは見るともなく見た。中の水越しに、自分の指が柔らかに膨れている。
「……ノラって言ったね。君は、ドールシステムをどう思っているの?」
「えっ?」
思いがけない問いに、ノラは目をぱちくりさせた。
「……どうとは、どのような意味でしょうか?」
「いや、その、君たちはジェネレイトされてすぐに売られ、マスターに仕えることになるだろ。良心的なマスターもいるだろうけど、ほとんどは奴隷としか考えていない。そして用がなくなれば、また売られるか、あるいは捨てられてしまう……そうしたドールは、野垂れ死にすることもあるそうだ。そういったことについてだよ」
「……他のドールのことは知りませんが、いずれにしても仕方のないことだと思います」
「仕方のないこと?」
「ドールは、マスターの所有物です。必要がなくなったら捨てられるもの、そう教わりました」
「違うよ!」
あえぎ、跳ねる魚のような声に驚き、ノラはシーズァを見上げた。
「ごめん、大きな声を出して……ドールシステムなんて、金儲けの手段じゃないか。ドールシステムだけじゃない。何もかも運営が作ったものなんだ」
「作ったもの……」
「君たちは知らないかもしれないけど、ここは〈MONSTER RESISTANCE〉ってオンラインゲームの中なんだよ。君のマスターやぼくはプレイヤーといって、普段は外の世界で暮らしているんだ」
「それは知っています。あの……」
言葉に詰まって、ノラの唇は緩んだままになった。
「……ご主人様が、いつも言っていましたから。忙しいとか、次はいつログインするとか……」
「そっか……考えてみれば、そうだよな……」
シーズァはひとりでうなずき、ふと目を横にやった。そこではラルが話に背を向け、丸くなっていた。かすかに寝息を立てていても、こん棒はしっかりと握り続けている。
「……オークの寝顔なんて初めてだな。ねぇ、この子に名前はあるの?」
「な、名前、ですか? ない、と思います……」
「ない、か。それじゃ、そうだなあ……ラルでどうだろう?」
「ラル?」
「うん。何となく、ラルって感じだろ?」
「あの、お、お任せします」
ノラは、横目で隣を見た。焦げ茶色の体毛とともに、胸が穏やかに上下している。ラルと名付けられたことで、いっそう存在感が増したように感じられた。
「ノラもラルも、よかったらずっとここにいていいよ」
シーズァは腕組みをし、どことなく嬉しそうにうなずいた。
「君たちふたりくらいどうってことないよ。うん、それがいい」
「あ、あの……」
戸惑うのをよそにシーズァは、寝るところをどうしようか、などとぶつぶつつぶやいている。そのとき、遠くから吠え声らしきものが聞こえた。ノラが凍りつき、瞳から光が急激に失われていく。その横で三角耳がびくっとし、がばっ、とラルが飛び起きた。こん棒の柄を両手で握る顔つきは、天敵を間近にした被捕食者のそれだった。
「どうしかした?」
ただならぬ様子に驚き、シーズァは窓の外をうかがった。真っ暗な闇に鬼火のようなものが浮かんでいる。凶暴な咆哮とともにそれは近付き、赤々と燃えるたいまつの炎だとはっきりする。掲げているのは、赤く照らされた悪鬼にも見えた。
「いるんだろ、クソブスっ!」
怒鳴り声が窓ガラスを震わせる。聞き間違えようもなく、それはガイトだった。木製門扉の前から、再び怒声の砲撃が加えられる。
「忘れたのか! 位置情報はナビマップで丸わかりなんだぞ! はっ、Cランクはどうしようもなくバカだな! さっさと出てこないと、ただじゃおかねえぞっ!」
「……あれが、君のマスターか?」
嫌悪あらわに振り返ったシーズァは、ペットボトルが床を転がり、今にも吐きそうになっているノラを目にした。ぶるぶると体を丸め、両手で口を押さえたその顔は、魂が抜けかかっているようにも見える。怪訝そうなラルの視界で、シーズァは曲がった背中に駆け寄った。
「だ、大丈夫か?」
声をかけられても、ノラの目は見開かれたままだった。吐きそうなのだが、吐きたくても吐けないようで、繰り返し背中をさすられても苦しみが続く。その間も外からは聞くに堪えない罵りが投げ込まれる。
「ありがとう」
シーズァは微苦笑し、キッチンからペットボトルを両手に持ってきた。
「建築材料をそろえて、見よう見まねで建てたんだ。けっこう苦労したんだよ。さ、この水をどうぞ。喉が渇いているだろ?」
「お心遣い、感謝致します」
丁重に礼を言って、ノラはペットボトルを受け取った。その横で、ラルがごくごくと飲み始める。
「それにしても……」
シーズァは、ふたりを不思議そうに眺めた。
「こんなのは初めてだな。オークは群れで行動するし、ドールは大抵マスターと一緒だろ」
「申し訳ありません……」
「とがめているわけじゃないよ。ただ、珍しいなって……訳ありなんだろ、とりあえず、ゆっくりしたらいいよ」
「ありがとうございます」
両手で持つペットボトルを、ノラは見るともなく見た。中の水越しに、自分の指が柔らかに膨れている。
「……ノラって言ったね。君は、ドールシステムをどう思っているの?」
「えっ?」
思いがけない問いに、ノラは目をぱちくりさせた。
「……どうとは、どのような意味でしょうか?」
「いや、その、君たちはジェネレイトされてすぐに売られ、マスターに仕えることになるだろ。良心的なマスターもいるだろうけど、ほとんどは奴隷としか考えていない。そして用がなくなれば、また売られるか、あるいは捨てられてしまう……そうしたドールは、野垂れ死にすることもあるそうだ。そういったことについてだよ」
「……他のドールのことは知りませんが、いずれにしても仕方のないことだと思います」
「仕方のないこと?」
「ドールは、マスターの所有物です。必要がなくなったら捨てられるもの、そう教わりました」
「違うよ!」
あえぎ、跳ねる魚のような声に驚き、ノラはシーズァを見上げた。
「ごめん、大きな声を出して……ドールシステムなんて、金儲けの手段じゃないか。ドールシステムだけじゃない。何もかも運営が作ったものなんだ」
「作ったもの……」
「君たちは知らないかもしれないけど、ここは〈MONSTER RESISTANCE〉ってオンラインゲームの中なんだよ。君のマスターやぼくはプレイヤーといって、普段は外の世界で暮らしているんだ」
「それは知っています。あの……」
言葉に詰まって、ノラの唇は緩んだままになった。
「……ご主人様が、いつも言っていましたから。忙しいとか、次はいつログインするとか……」
「そっか……考えてみれば、そうだよな……」
シーズァはひとりでうなずき、ふと目を横にやった。そこではラルが話に背を向け、丸くなっていた。かすかに寝息を立てていても、こん棒はしっかりと握り続けている。
「……オークの寝顔なんて初めてだな。ねぇ、この子に名前はあるの?」
「な、名前、ですか? ない、と思います……」
「ない、か。それじゃ、そうだなあ……ラルでどうだろう?」
「ラル?」
「うん。何となく、ラルって感じだろ?」
「あの、お、お任せします」
ノラは、横目で隣を見た。焦げ茶色の体毛とともに、胸が穏やかに上下している。ラルと名付けられたことで、いっそう存在感が増したように感じられた。
「ノラもラルも、よかったらずっとここにいていいよ」
シーズァは腕組みをし、どことなく嬉しそうにうなずいた。
「君たちふたりくらいどうってことないよ。うん、それがいい」
「あ、あの……」
戸惑うのをよそにシーズァは、寝るところをどうしようか、などとぶつぶつつぶやいている。そのとき、遠くから吠え声らしきものが聞こえた。ノラが凍りつき、瞳から光が急激に失われていく。その横で三角耳がびくっとし、がばっ、とラルが飛び起きた。こん棒の柄を両手で握る顔つきは、天敵を間近にした被捕食者のそれだった。
「どうしかした?」
ただならぬ様子に驚き、シーズァは窓の外をうかがった。真っ暗な闇に鬼火のようなものが浮かんでいる。凶暴な咆哮とともにそれは近付き、赤々と燃えるたいまつの炎だとはっきりする。掲げているのは、赤く照らされた悪鬼にも見えた。
「いるんだろ、クソブスっ!」
怒鳴り声が窓ガラスを震わせる。聞き間違えようもなく、それはガイトだった。木製門扉の前から、再び怒声の砲撃が加えられる。
「忘れたのか! 位置情報はナビマップで丸わかりなんだぞ! はっ、Cランクはどうしようもなくバカだな! さっさと出てこないと、ただじゃおかねえぞっ!」
「……あれが、君のマスターか?」
嫌悪あらわに振り返ったシーズァは、ペットボトルが床を転がり、今にも吐きそうになっているノラを目にした。ぶるぶると体を丸め、両手で口を押さえたその顔は、魂が抜けかかっているようにも見える。怪訝そうなラルの視界で、シーズァは曲がった背中に駆け寄った。
「だ、大丈夫か?」
声をかけられても、ノラの目は見開かれたままだった。吐きそうなのだが、吐きたくても吐けないようで、繰り返し背中をさすられても苦しみが続く。その間も外からは聞くに堪えない罵りが投げ込まれる。
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