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サンクチュアリ
9-3 【終】
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「……こ、このクソゴミどもが……」
左手で股間を押さえながら、真っ赤な顔のガイトが立ち上がる。へっぴり腰の、よたよたした足取りが視聴者の物笑いになって、その形相は炎の鬼そのものになった。
「……殺してやる……殺してやるッ!」
龍王之刃から再び炎が、今までになく凶暴に噴き出し、周囲の空気をゆがめていく。ラルは柄を握り直し、倒れそうなノラの前に立った。逃げる、という選択肢もあった。この火口を飛び出し、薄霧の林に下っていくこともできただろう。だが、そうはしなかった。そんなふたりをかばって、ぼろぼろの黒焦げ姿が立つ。もはや立っているのがやっと、満身創痍でありながら、シーズァはカメラドローンとともにガイトをにらみつけた。
「……そんなに死にてえか。だったら、まとめてぶっ殺してやらあっ!」
大上段の猛炎は火口を灼熱の空気で満たし、上空の輝きまで焼き尽くしそうだった。振り下ろされたなら、ここは炎の海、瞬く間に灰になってしまうだろう。それこそ、毛の一本も残さないまでに……多くの支援で力を増したガイトに対し、ラルたちは殺されるのを待つばかりになった。シーズァ側のコメント欄は、やめろ、殺すな、という叫びであふれ、さらにガイト側にも同様のコメントをしたが、当人はまったく目をくれなかった。
「死にさらせえッッ!――」
振り下ろされる、猛炎の竜巻――それが急速に熱を失い、かすんで、龍王之刃も消えていく。虎縞ファーコートやレザーシャツ、牙のネックレスから革ブーツまでもが薄れ、驚くガイトがはらはらと崩れ始めた。
「なっ、ど、どういうことだっ?」
あっけにとられるラルたち、その視界でうろたえる姿が塵になっていく。アカウント停止とは違う。アバターが消滅しているのだ。みっともなくあわてふためき、ガイトはわめき声をかすれさせた。
「て、てめえら、このままで済むと……――」
恨めしそうな声が消え、空っぽの空間をラルは見つめるばかりだった。こん棒は固く握り締められ、振り上げられたままになる。
「……何が、起きたんでしょうか……」
ようやく、ノラがそう口にする。しかし、シーズァにも皆目分からなかった。コメント欄でも戸惑いが流れていく。と、そこにポップアップ通知――運営からのメッセージだ。開いたところ、次のような内容だった。
ご利用ありがとうございます。
ご報告のアカウントについて違反が認められましたので、当該アカウントは削除されました。サポートチームはこれからも皆様に楽しんでいただけるように努めてまいります。
よろしくお願いします。
「アカBAN、か……」
そうつぶやくシーズァの後ろで、ノラがへなへなと座り込む。どうやら敵はいなくなったらしい、とこん棒から力が抜け、ふらっ、とラルは倒れそうになった。視聴者にも事情が共有され、喜びや安堵のコメントで満ちあふれた。通報した甲斐があった、というコメントも少なくなかった。一度はアカウント停止させたものの、その後はいくらシーズァが通報してもなんの反応もなかったのだが、たくさんのアカウントからの通報で運営も無視できなくなったのだろう。目に余る言動がゲームの雰囲気を悪化させ、プレイヤー離れを招いてしまう、と判断したのかもしれない。
「……みんなのお陰だよ」
カメラドローンに向かって、シーズァは礼を述べた。
「ぼくたちだけでは、運営も動かなかった。皆さんのお力があればこそです。ありがとうございました」
そうして深々と頭を下げると、そんなことはない、あなたたちが頑張ったから、といったコメントが続々と返ってくる。幕が下りるように一帯が薄暗くなって、見上げるとサンクチュアリが消えていくところだった。輝くまぼろしはやがて跡形もなくなって、ライブ配信画面の光が引き立つようになる。小さな、ぼんやりとした光……コメント欄をのぞいていたノラは、こん棒を杖代わりの立ち姿に近付き、尖り耳にささやいた。
「お空のあれはまぼろしだった。だけど、もしかしたらここにあるのかもしれないよ。サンクチュアリは」
画面の光を見つめる、ノラ……そのまなざしから感じ取って、ラルは、ぶいっ、と鼻を鳴らした。と、ドローンのカメラが向けられ、シーズァがふたりの健闘をたたえた。
「……ごめんね。ぼくがサンクチュアリに誘ったのに、こんな結果になって……」
「いいんです」
首を左右に振って、ノラが傍らを見る。ラルは見つめ返し、曇りのない瞳に自分を見た。ノラは視線を戻し、まっすぐに言った。
「あそこに昇れたとしても行かないです。ラルもそうでしょう」
「えっ?」
「自分たちだけ助かればいいのか、って、エリーザさんが言っていましたよね。やっぱり嫌です、それは……モンスターもドールも、誰もひどい目に遭わないようにしたい。だから、残ります。――そうだよね?」
ラルはこん棒を担ぎ、胸を張って、ふんっ、と応えた。シーズァはかみ締めながらうなずき、グレイスのカプセルを取り出した。落ち着きを取り戻したそれは、手の中で安らいでいた。
「終わったよ、グレイス。とりあえずはね」
ライブ配信を続けながら、シーズァはふたりの隣に立った。
「行こう、みんなが待ってるよ」
手を貸し、支え合って火口から出ると、東の地平は白みつつあった。ランタンで足元を照らしながら、消えた幻影を背にラルたちは黎明を下っていった。
(了)
左手で股間を押さえながら、真っ赤な顔のガイトが立ち上がる。へっぴり腰の、よたよたした足取りが視聴者の物笑いになって、その形相は炎の鬼そのものになった。
「……殺してやる……殺してやるッ!」
龍王之刃から再び炎が、今までになく凶暴に噴き出し、周囲の空気をゆがめていく。ラルは柄を握り直し、倒れそうなノラの前に立った。逃げる、という選択肢もあった。この火口を飛び出し、薄霧の林に下っていくこともできただろう。だが、そうはしなかった。そんなふたりをかばって、ぼろぼろの黒焦げ姿が立つ。もはや立っているのがやっと、満身創痍でありながら、シーズァはカメラドローンとともにガイトをにらみつけた。
「……そんなに死にてえか。だったら、まとめてぶっ殺してやらあっ!」
大上段の猛炎は火口を灼熱の空気で満たし、上空の輝きまで焼き尽くしそうだった。振り下ろされたなら、ここは炎の海、瞬く間に灰になってしまうだろう。それこそ、毛の一本も残さないまでに……多くの支援で力を増したガイトに対し、ラルたちは殺されるのを待つばかりになった。シーズァ側のコメント欄は、やめろ、殺すな、という叫びであふれ、さらにガイト側にも同様のコメントをしたが、当人はまったく目をくれなかった。
「死にさらせえッッ!――」
振り下ろされる、猛炎の竜巻――それが急速に熱を失い、かすんで、龍王之刃も消えていく。虎縞ファーコートやレザーシャツ、牙のネックレスから革ブーツまでもが薄れ、驚くガイトがはらはらと崩れ始めた。
「なっ、ど、どういうことだっ?」
あっけにとられるラルたち、その視界でうろたえる姿が塵になっていく。アカウント停止とは違う。アバターが消滅しているのだ。みっともなくあわてふためき、ガイトはわめき声をかすれさせた。
「て、てめえら、このままで済むと……――」
恨めしそうな声が消え、空っぽの空間をラルは見つめるばかりだった。こん棒は固く握り締められ、振り上げられたままになる。
「……何が、起きたんでしょうか……」
ようやく、ノラがそう口にする。しかし、シーズァにも皆目分からなかった。コメント欄でも戸惑いが流れていく。と、そこにポップアップ通知――運営からのメッセージだ。開いたところ、次のような内容だった。
ご利用ありがとうございます。
ご報告のアカウントについて違反が認められましたので、当該アカウントは削除されました。サポートチームはこれからも皆様に楽しんでいただけるように努めてまいります。
よろしくお願いします。
「アカBAN、か……」
そうつぶやくシーズァの後ろで、ノラがへなへなと座り込む。どうやら敵はいなくなったらしい、とこん棒から力が抜け、ふらっ、とラルは倒れそうになった。視聴者にも事情が共有され、喜びや安堵のコメントで満ちあふれた。通報した甲斐があった、というコメントも少なくなかった。一度はアカウント停止させたものの、その後はいくらシーズァが通報してもなんの反応もなかったのだが、たくさんのアカウントからの通報で運営も無視できなくなったのだろう。目に余る言動がゲームの雰囲気を悪化させ、プレイヤー離れを招いてしまう、と判断したのかもしれない。
「……みんなのお陰だよ」
カメラドローンに向かって、シーズァは礼を述べた。
「ぼくたちだけでは、運営も動かなかった。皆さんのお力があればこそです。ありがとうございました」
そうして深々と頭を下げると、そんなことはない、あなたたちが頑張ったから、といったコメントが続々と返ってくる。幕が下りるように一帯が薄暗くなって、見上げるとサンクチュアリが消えていくところだった。輝くまぼろしはやがて跡形もなくなって、ライブ配信画面の光が引き立つようになる。小さな、ぼんやりとした光……コメント欄をのぞいていたノラは、こん棒を杖代わりの立ち姿に近付き、尖り耳にささやいた。
「お空のあれはまぼろしだった。だけど、もしかしたらここにあるのかもしれないよ。サンクチュアリは」
画面の光を見つめる、ノラ……そのまなざしから感じ取って、ラルは、ぶいっ、と鼻を鳴らした。と、ドローンのカメラが向けられ、シーズァがふたりの健闘をたたえた。
「……ごめんね。ぼくがサンクチュアリに誘ったのに、こんな結果になって……」
「いいんです」
首を左右に振って、ノラが傍らを見る。ラルは見つめ返し、曇りのない瞳に自分を見た。ノラは視線を戻し、まっすぐに言った。
「あそこに昇れたとしても行かないです。ラルもそうでしょう」
「えっ?」
「自分たちだけ助かればいいのか、って、エリーザさんが言っていましたよね。やっぱり嫌です、それは……モンスターもドールも、誰もひどい目に遭わないようにしたい。だから、残ります。――そうだよね?」
ラルはこん棒を担ぎ、胸を張って、ふんっ、と応えた。シーズァはかみ締めながらうなずき、グレイスのカプセルを取り出した。落ち着きを取り戻したそれは、手の中で安らいでいた。
「終わったよ、グレイス。とりあえずはね」
ライブ配信を続けながら、シーズァはふたりの隣に立った。
「行こう、みんなが待ってるよ」
手を貸し、支え合って火口から出ると、東の地平は白みつつあった。ランタンで足元を照らしながら、消えた幻影を背にラルたちは黎明を下っていった。
(了)
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