MONSTER RESISTANCE

GANA.

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死の女帝

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「あ、あなたは一体、何をしようとしているんだ?」
 しじまが下り、炎とともに陰影が揺らぐ。エリーザはかすかな息をつき、石のひじ掛けから上げた手をゆらりと動かした。たおやかながら、それは丁寧に皮をはいでいくようだった。
『アンデッドには、呪いがかかっています』
 青い火の玉からの声に、シーズァはしばしぽかんとした。
「呪い? 呪いって……」
『運営がかけた呪いです』
 青白い爪が、ひゅっ、と空を刈る。
『アンデッドだけではありません。呪いは、モンスターすべてにかけられています。ラル、あなたにもです』
 シーズァ、ノラから見つめられ、ラルは怪訝な顔をした。
「ラルにも……」
 ノラが、手探りするように――
「どういうこと、なんですか……」
『私はバグ、そう説明しましたね』
 優しげな動きで返し、シーズァ、そしてラルを見て、エリーザは続けた。
『バグった私は、不完全ながらプログラムを解析できるようになりました。この世界というシステムを読み解き、これから何が起きようとしているか、知ることもできるのです。ですから、今回のイベントも準備段階からつかんでいました。この力で様々なことを調べていくなかで、モンスターに仕込まれた呪いのことを知ったのです。――シーズァさん、このゲームは何を楽しむものですか?』
「えっ? な、何をって……畑仕事やクラフトとかもあるけど、基本的にはモンスターを狩ること……」
『そうです、モンスターを殺すこと。他のプレイヤーと競いながら、ね。そのためには課金して食料や回復アイテム、高ランクの武装、魔法を手に入れ、強化素材でレベルアップさせなければならない。それがこのゲームの構造。運営の一番の関心は、利益を上げることなのです』
「……それは、そうでしょう。ビジネスですからね」
『利益を上げるには、このゲームにのめり込ませなければならない。そのファクターこそ、モンスターなのです』
 シーズァは話が飲み込めず、ノラも瞬きするばかりだった。ジョエンタはマネキン人形のごとく、かがり火に彩られながら立っている。エリーザはラルを見つめ、ゆっくりと手を動かした。
『モンスターと戦って、殺す。そのたびにプレイヤーは影響を受け、暴力的傾向を持った者ほどより暴力的になっていく。そうした仕掛けが施されているのです。私たちは、それを利用したに過ぎません。皆でネクロマンサーになって、アンデッドをどんどん地上に送り出す……アンデッドには痛みや感情がない、刃を振るう心理的ハードルが低い、という点でももってこいでした』
「……ほ、本当に、そんな仕掛けがあるのなら……」
 シーズァが、声を詰まらせる。
「大問題、ちょっとした炎上どころじゃ済まないぞ……」
『もちろん、運営は隠蔽するでしょう。ですが、シーズァさん。あなたにも覚えがあるのではないですか。暴力に呑まれそうになったことが』
「……それで、それであなたたちは、アンデッドをたくさん……」
『暴力が蔓延すれば、互いに傷付け合うようになる。そうした風潮を嫌って引退するプレイヤーも出てくるでしょう』
「だ、だけど、その暴力は君たちを標的にしているんだぞ。運営だって、このまま手をこまぬいては……」
「殺してやりますよ」
 ざっ、と刈り取るような、ジョエンタの声――
「ひとりでも多くのプレイヤーを道連れにしてやります。全員、その覚悟はできています」
 かがり火と同じ瞳だった。ラルは嗅ぎ取っていた。鼻の奥をつく、むせ返りそうなほどの憎悪を――ノラ、シーズァもはっきりと悟った。目的は復讐、踏みにじった者たちへの報復なのだ。
 ここにいてはいけない――
 だが、案内なしで地下洞窟を進んだら、たちまち罠の餌食になってしまう。プレイヤーと鉢合わせの恐れもあるだろう。身動きが取れない。ここでエリーザたちと運命をともにする他ないのか。
 ぶうっ、と鳴き、こん棒を下げてラルは進み出た。シーズァたちを苦しめないでくれ、とぶいぶい鳴く。鎌の刃で下がらせようとするジョエンタ、それを制して、崩れかけの手が優しく言い聞かせるようとする。
『悪いようにはしません。これは、あなたたちのための闘いでもあるのです。モンスターは殺され、ドールは弄ばれる、そんな世界は破壊しなければなりません。たとえすべては無理でも、破壊できるだけ破壊すべきなのです』
「だ、だからって」
 シーズァが前のめりになる。
「こんなやり方は間違ってますよ。いたずらにみんな傷付いて、あなたたちだってただじゃ済まない!」
『それなら、どんなやり方があるのですか?』
「ぼくたちは、チャンネルやSNSで訴えてきたんだ。ドールを大切にしろ、モンスターを殺すな、って。ゲームの仕組みを変えるよう運営に求めてもきた。それさえ変われば、ラルやノラがひどい目に遭うこともなくなる。賛同者だって、まだそう多くはないけど、いることはいるんだ」
『あいにく、私たちはそれほど楽観的ではないのです』
 握りつぶすような、あるいは握り締めるような崩れかけの右手だった。それがさらに強いアクセントで切り返す。
『あなたたちも、サンクチュアリを目指しているではありませんか』
「そ、それは……」
 シーズァには言葉がなかった。疲れのにじむ手が下り、ひじ掛けに収まる。エリーザは黙り込んだノラを見て、その目に夜更けの海のような色を浮かべた。重たげに、ひじ掛けから手が上がる。
『いささか疲れました。下がっていただけますか』
「エリーザ!」
 シーズァは食い下がろうとして、くちばし形の刃に遮られた。エリーザは石椅子にもたれ、目をつぶってしまった。一同はコテージに戻るしかなかった。
「……」
 木組みの空間を歩き回って、シーズァは丸太の壁に手をつき、ぶつぶつ言いながら額を押し当てた。ノラはぐったりと座って、木目の卓上に崩れかかっている。半ば放心した姿は、さんざんなぶられた後のようでもあった。
 ラルは窓辺で背伸びし、ガラスの向こうに目を細めた。見えるのは、あふれんばかりのアンデッド。そして、ぼこぼことした乳白色の岩肌ばかりである。それらは次第に迫ってきて、このコテージごと埋めてしまいそうだった。
 サンクチュアリに行きたい……――
 窓を叩き割りたくなって、ラルはこん棒をつかんだ。今すぐ地上に駆け戻りたかった。いら立ちが、ぐるる、と喉を震わせる。
「ラル」
 シーズァが横から、肩に手を置くようにのぞき込む。
「ぼくもどうにかしたいよ。どうにかしなきゃ、どうにか……そうだ、新しい動画を作ろう。イベントを中止させるんだ。このままじゃ、犠牲が増えていくばかりだ」
「……できるでしょうか」
 うつむいたまま、ぽつりとノラが口にする。
「こんな殺伐とした世界、誰だって嫌だろ。このゲームのプレイヤー以外にも呼びかけるんだ。声が大きくなれば、運営だって無視できなくなる。とにかく、やらなくちゃ。――ラル、君にも協力してもらうよ」
 シーズァに呼びかけられ、ふんっ、とラルは意気込んだ。何かやるらしい、としか分からないながらこん棒を右肩に担ぐ。なんだってやってやる、風穴を開けるためなら――おのずと鼻息は熱くなった。
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