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死の女帝
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「覚悟、だってさ」
玄関扉を閉め、シーズァは飲み込みかねるように言った。ノラはリビングで立ち尽くす。その近くで、ラルは今にもこん棒を振り回しそうだった。これでは檻と同じではないか。自由を奪われ、行きたいところに行けない、これほどの暴力はない。サンクチュアリに行きたい――ぶふうっ、と豚鼻が憤った。
「……とんだことになったな」
右に左にうろうろし、シーズァは壁から壁へむなしく歩いた。そしてメインメニューを開いて、SNSやチャンネルを片っ端からチェックする。それを見ていたラルは、尖り耳を、ぴくぴくっ、とさせた。どくん、どくん、と大空洞が鼓動している、そんな異様な動きが窓ガラスを、丸太組みの建物さえもかすかに震わせている。
ぶうっ――
窓に飛びついて、思わずラルは驚きの声を上げた。あふれかえったアンデッドが、心臓からのように続々と送り出されていく。後ろからのぞくノラ、シーズァも言葉を失った。
地上は、アンデッドだらけになってしまうかもしれない――
そんな考えが、それぞれの頭をかすめた。圧倒されていたシーズァは、ともかく、と画面に視線を戻した。SNSはこの話題で持ちきり。すでに複数のチャンネルが、地下迷宮攻略のライブ配信をスタートさせている。どこかなまめかしい岩肌をランタンで照らし、暗闇からアンデッドが飛び出してくる映像もあれば、地雷でも踏んだのか、爆発とともに途切れる映像、悲鳴を上げながら暗闇に落ちていく映像もある。ジョエンタが言っていたとおり、そこかしこにトラップがあるらしい。それでもプレイヤーたちは、ソロ、もしくはパーティを組んで奥へと踏み入っていく。報酬であおられているとはいえ、画面からの怒張したような興奮はなんともおぞましかった。
「げえっ!」
シーズァは、とんでもなく顔をしかめた。オススメされたライブ配信では、真緋呂が黄金の突きでゾンビを串刺しにしている。払いのけるようにチャンネルを変えたところ、傍若無人なわめき声が響いてくる。龍王之刃を振り回し、ガイトがスケルトンを蹴散らしていた。それは酒癖の悪いバカ騒ぎに似ており、鼻につり上がったしわを寄せ、ぐるる、とうなったラルは、すぐそばの異変に気付いた。
「うっ!」
口を押さえて、ノラがその場に倒れ込む。青ざめきったその横顔は、汚物を吐き出せずにもだえているようで、シーズァがあわてて背中をさすってやる。
「吐いていいよ。気にしなくていいから……」
そうしてさすっていると、やがてえずきは治まっていった。苦しげにあえいで、涙目のノラは、すみません、と消え入りそうな声で詫びた。
「いいんだよ。君は、何も悪くないんだから……――な、ラル」
ラルはうなずいた。金髪の鬼が関係しているのだろう。うずくまった、つらそうな姿に怒りのしわがいっそう深まる。
ノラを長椅子に座らせ、いたわったシーズァは、地下洞窟攻略の推移を見守った。ログイン中はもとより、ログアウトしているときもすき間時間にチェックした。身動きが取れないことにいらいらしながら、もしガイトや真緋呂がたどり着いたらどうしよう、はたして防ぎきれるのだろうか、とやきもきする。さすがに膨大な数のアンデッド、加えてトラップによって攻略は遅々として進まず、どうにか進んだかと思えば退却を余儀なくされ、悪くすると落命、パーティ全滅することもあった。アバターの死はアカウント消滅。引退を余儀なくされたプレイヤーもいて、尻込みをする者、あきらめる者もちらほら出る一方、何がなんでもクリアしようと目を血走らせる者もいて、イベントは日ごとに殺伐とし、罵声、怒声が飛び交うなかでアンデッドはぶった切られ、ばらばらにされ、とどめを刺されていった。
そのうち、ちらちらとしていたものが、かっ、と目を焼く光になった。邪魔するなだの、下手くそだの、とトラブルはあったが、とうとうプレイヤーキルが起きたのである。しかもそれでたがが外れたのか、立て続けに傷害、殺害事件がコミュニティを騒がせた。なんといってもお互い競争相手、攻略のストレスから暴力に走るのは不思議ではなかったが、その刃はともするとアンデッド相手に近い、もしくは同じ勢いだったので、ひどく凄惨な結果になった。一旦決壊すればもろいもので、弱い者は次々と強い者の餌食になり、金やアイテム、果ては命まで奪われていく。地下洞窟の外で、イベントに参加していないプレイヤーが襲われることもあった。強者同士もいがみ合い、攻略そっちのけで殺し合う姿も見られ、大空洞にたどり着くどころではなかった。しかしシーズァは不安を拭えず、じりじりしているラル、顔色の優れないノラと謁見を求めた。
『ご心配をおかけしているようですね』
かがり火の舞台で崩れかけの手が舞い、ウィル・オ・ウィプスから声が響く。ブロックノイズ状の崩れは、日を追うごとにひどくなっているようだった。傍らにはジョエンタが控え、炎に染まった顔でラルたちを見据えている。エリーザは両手の平を出し、そして人差し指を×の字に交差させた。
『今のところ、ここは安泰です。敵は、殺し合って全滅するかもしれませんね』
かがり火が揺れたせいか、傍らで笑みが浮かんだように見えた。呪わしげな笑いだった。ラルが豚鼻をひくつかせたところ、エリーザからはうまく嗅ぎ取れなかったが、ジョエンタからは何やら血の、ぽた、ぽた、としたたる臭いがするようで、首の後ろの毛がぞくぞくと逆立つ。そうしたものに半ば固まったノラの横で、シーズァは思いきって尋ねた。
玄関扉を閉め、シーズァは飲み込みかねるように言った。ノラはリビングで立ち尽くす。その近くで、ラルは今にもこん棒を振り回しそうだった。これでは檻と同じではないか。自由を奪われ、行きたいところに行けない、これほどの暴力はない。サンクチュアリに行きたい――ぶふうっ、と豚鼻が憤った。
「……とんだことになったな」
右に左にうろうろし、シーズァは壁から壁へむなしく歩いた。そしてメインメニューを開いて、SNSやチャンネルを片っ端からチェックする。それを見ていたラルは、尖り耳を、ぴくぴくっ、とさせた。どくん、どくん、と大空洞が鼓動している、そんな異様な動きが窓ガラスを、丸太組みの建物さえもかすかに震わせている。
ぶうっ――
窓に飛びついて、思わずラルは驚きの声を上げた。あふれかえったアンデッドが、心臓からのように続々と送り出されていく。後ろからのぞくノラ、シーズァも言葉を失った。
地上は、アンデッドだらけになってしまうかもしれない――
そんな考えが、それぞれの頭をかすめた。圧倒されていたシーズァは、ともかく、と画面に視線を戻した。SNSはこの話題で持ちきり。すでに複数のチャンネルが、地下迷宮攻略のライブ配信をスタートさせている。どこかなまめかしい岩肌をランタンで照らし、暗闇からアンデッドが飛び出してくる映像もあれば、地雷でも踏んだのか、爆発とともに途切れる映像、悲鳴を上げながら暗闇に落ちていく映像もある。ジョエンタが言っていたとおり、そこかしこにトラップがあるらしい。それでもプレイヤーたちは、ソロ、もしくはパーティを組んで奥へと踏み入っていく。報酬であおられているとはいえ、画面からの怒張したような興奮はなんともおぞましかった。
「げえっ!」
シーズァは、とんでもなく顔をしかめた。オススメされたライブ配信では、真緋呂が黄金の突きでゾンビを串刺しにしている。払いのけるようにチャンネルを変えたところ、傍若無人なわめき声が響いてくる。龍王之刃を振り回し、ガイトがスケルトンを蹴散らしていた。それは酒癖の悪いバカ騒ぎに似ており、鼻につり上がったしわを寄せ、ぐるる、とうなったラルは、すぐそばの異変に気付いた。
「うっ!」
口を押さえて、ノラがその場に倒れ込む。青ざめきったその横顔は、汚物を吐き出せずにもだえているようで、シーズァがあわてて背中をさすってやる。
「吐いていいよ。気にしなくていいから……」
そうしてさすっていると、やがてえずきは治まっていった。苦しげにあえいで、涙目のノラは、すみません、と消え入りそうな声で詫びた。
「いいんだよ。君は、何も悪くないんだから……――な、ラル」
ラルはうなずいた。金髪の鬼が関係しているのだろう。うずくまった、つらそうな姿に怒りのしわがいっそう深まる。
ノラを長椅子に座らせ、いたわったシーズァは、地下洞窟攻略の推移を見守った。ログイン中はもとより、ログアウトしているときもすき間時間にチェックした。身動きが取れないことにいらいらしながら、もしガイトや真緋呂がたどり着いたらどうしよう、はたして防ぎきれるのだろうか、とやきもきする。さすがに膨大な数のアンデッド、加えてトラップによって攻略は遅々として進まず、どうにか進んだかと思えば退却を余儀なくされ、悪くすると落命、パーティ全滅することもあった。アバターの死はアカウント消滅。引退を余儀なくされたプレイヤーもいて、尻込みをする者、あきらめる者もちらほら出る一方、何がなんでもクリアしようと目を血走らせる者もいて、イベントは日ごとに殺伐とし、罵声、怒声が飛び交うなかでアンデッドはぶった切られ、ばらばらにされ、とどめを刺されていった。
そのうち、ちらちらとしていたものが、かっ、と目を焼く光になった。邪魔するなだの、下手くそだの、とトラブルはあったが、とうとうプレイヤーキルが起きたのである。しかもそれでたがが外れたのか、立て続けに傷害、殺害事件がコミュニティを騒がせた。なんといってもお互い競争相手、攻略のストレスから暴力に走るのは不思議ではなかったが、その刃はともするとアンデッド相手に近い、もしくは同じ勢いだったので、ひどく凄惨な結果になった。一旦決壊すればもろいもので、弱い者は次々と強い者の餌食になり、金やアイテム、果ては命まで奪われていく。地下洞窟の外で、イベントに参加していないプレイヤーが襲われることもあった。強者同士もいがみ合い、攻略そっちのけで殺し合う姿も見られ、大空洞にたどり着くどころではなかった。しかしシーズァは不安を拭えず、じりじりしているラル、顔色の優れないノラと謁見を求めた。
『ご心配をおかけしているようですね』
かがり火の舞台で崩れかけの手が舞い、ウィル・オ・ウィプスから声が響く。ブロックノイズ状の崩れは、日を追うごとにひどくなっているようだった。傍らにはジョエンタが控え、炎に染まった顔でラルたちを見据えている。エリーザは両手の平を出し、そして人差し指を×の字に交差させた。
『今のところ、ここは安泰です。敵は、殺し合って全滅するかもしれませんね』
かがり火が揺れたせいか、傍らで笑みが浮かんだように見えた。呪わしげな笑いだった。ラルが豚鼻をひくつかせたところ、エリーザからはうまく嗅ぎ取れなかったが、ジョエンタからは何やら血の、ぽた、ぽた、としたたる臭いがするようで、首の後ろの毛がぞくぞくと逆立つ。そうしたものに半ば固まったノラの横で、シーズァは思いきって尋ねた。
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