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慈悲深い殺意
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「シ、シーズァさんっ!」
「……っく、へ、平気だ……」
ノラに支えられながら、シーズァは木陰に入った。地平が野火さながらに染まって、木々を影の檻に変えていく。隠れているのか、射手の姿は見えない。
「ノラ、矢を抜いてくれ。それから、ヒーリを……」
「はっ、はい」
思い切って抜き、治癒魔法で元通りになってから、シーズァは樹皮の上衣、ズボンに鋼の胸当てを装着した。うかつだった。いつまでも軽装だったから、と悔やむ。
「後退しよう。ラルっ! 下がるぞ!」
その手の動きで察し、ラルは後ずさった。ノラ、シーズァと、幹を盾にしながら下がっていく。それらの姿は暗がりに紛れていった、が――
ダンッ――
すぐそばで音がして、ひっ、とノラが声を漏らす。幹に突き刺さった、黒ずんだ矢――尖り耳を張り、豚鼻をひくつかせて、ラルはこん棒を、ぐぐっ、と握った。
いる――
夜霧のような息遣いが、土を踏む足音が聞こえる。かすかながら血の臭いがする。姿なき殺意が近付いていた。ぐるるっ、とうなって、ラルの両目がぎらつく。
「ま、待てっ!」
シーズァが制する。
「と、飛び出すらよ。だ、だめら……」
ふらついて、シーズァは膝をついた。ろれつが回らず、手足も自分のものではないように鈍い。矢に毒が塗られていたのか。ノラが顔をのぞき込む。
「シーズァさん、大丈夫ですか?」
「ど、毒ら……と、とにかく、もっろ奥へ……」
こういうときのために買っておいた毒消し薬を出し、ドリンクボトルの水で胃に流し込む。だが、効き目はなかなか現れない。強い毒なのだろう。くすぶったうなり声のラルを引きずるようにして、シーズァとノラは暗闇の奥へ、奥へと斜面を上がって――
どぉおんっ、と爆発で、前方の幹が吹き飛ぶ。ノラ、シーズァは悲鳴を上げ、ラルは縮み上がった。大きすぎる風穴を開けられ、ざざざ、ばきばき、と倒れて、燃えかけの杭さながらの部分だけが立ち尽くす。先端に小型爆弾を取り付けた爆弾矢だ。もっと近くだったら、体を低くしていなかったら、と血の気が引いた。傾斜はどんどんきつくなり、ひゅっ、と下方から爆弾矢が飛んできて、すぐ近くの幹を吹き飛ばす。
「な、なんれ、こっちの位置は分かるんだ……」
すでに山の木々は、宵にどっぷりと浸かっている。なるべく音を立てず、陰から陰へ移動しているのだが、暗視ゴーグルのたぐいを装着しているのだろうか。ぱん、ぱん、と自分の頬を叩き、神経をしゃっきりさせて、シーズァは斜面下の闇に叫んだ。
「やめろっ! 何が目的なんだ?」
声が闇に吸い込まれる。シーズァとノラは耳をそばだて、いかなる動きも見逃すまいとした。ラルも尖り耳をぴんとさせ、もしあそこから飛び出してきたら、とこん棒を強く握る。しばしの張り詰めた間があって――
「そのオークを渡しなさい」
暗闇から、すらっとした声が返ってきた。それは研ぎ上げられたスキナーナイフのようで、ラルは全身の毛がそそけ立った。声は、冷酷に光った。
「ひと思いに殺してあげます」
「ひ、ひと思いに、殺ふ?」
「シーズァだっけ? あなたは、自分の間違いが分かっていない」
すうっ、と闇が近付いてくる。姿勢を低くし、こん棒にしがみつくようにして、ラルは、じりっ、じり、と後ずさった。それをかばって、シーズァがノラに支えられながら下がる。闇から、また声がする。
「そのバグは、殺されて食われるか、生け捕りから見世物にされるか、レアとして高値で取り引きされるか、あるいはフレモンとして死ぬまで戦わされるかもしれない。MODで改造されたりしてね」
寒気のする矢音、目の前で幹が爆発――とっさにウォバリを張ったものの、シーズァ、そしてノラは衝撃でよろめき、手や膝をついた。
「それがモンスターの運命というもの。そんな逃避行は無駄なあがきでしかない。だから、私が苦しまないように殺してあげます」
「ふっ、ざけるなっ!」
水の矢が生成され、声の方へ飛ぶ。水魔法ウォロー――それは暗闇に消え、おそらくは木の幹に当たった。
「そんな、か、勝手な理屈で殺されれたまるかっ!」
シーズァの叫びは、ラルの叫びでもあった。言葉は分からないながら、怒りの声につられてラルは闇に吠えた。牙むき出しで、ぐおっ、とこん棒を振り上げた。
研ぎ音じみた、含み笑いが聞こえた。
「それが、優しさというものでしょう。――」
またしても幹が爆発し、風穴からめきめきと倒れていく。放たれるたび、爆弾矢はラルたちを頂へと追い詰めていった。反撃しようにも相手の姿は見えない。たとえ見えたとしても、弓矢の方が魔法よりも飛距離で勝っている。一射、また一射――斜面が緩やかになり、盾代わりの木々がまばらになって、ぽっかりと開けた山頂付近に達してしまった。
「あっ、あれ!」
仰いで、ノラが声を上げた。コールタール状の夜空に、きんとした双子星がある。否、それは眼光だった。恐ろしく冴えた双眸――ヒガンバナのように翼の両腕を広げた、鳥人の影が浮かんでいた。
「……っく、へ、平気だ……」
ノラに支えられながら、シーズァは木陰に入った。地平が野火さながらに染まって、木々を影の檻に変えていく。隠れているのか、射手の姿は見えない。
「ノラ、矢を抜いてくれ。それから、ヒーリを……」
「はっ、はい」
思い切って抜き、治癒魔法で元通りになってから、シーズァは樹皮の上衣、ズボンに鋼の胸当てを装着した。うかつだった。いつまでも軽装だったから、と悔やむ。
「後退しよう。ラルっ! 下がるぞ!」
その手の動きで察し、ラルは後ずさった。ノラ、シーズァと、幹を盾にしながら下がっていく。それらの姿は暗がりに紛れていった、が――
ダンッ――
すぐそばで音がして、ひっ、とノラが声を漏らす。幹に突き刺さった、黒ずんだ矢――尖り耳を張り、豚鼻をひくつかせて、ラルはこん棒を、ぐぐっ、と握った。
いる――
夜霧のような息遣いが、土を踏む足音が聞こえる。かすかながら血の臭いがする。姿なき殺意が近付いていた。ぐるるっ、とうなって、ラルの両目がぎらつく。
「ま、待てっ!」
シーズァが制する。
「と、飛び出すらよ。だ、だめら……」
ふらついて、シーズァは膝をついた。ろれつが回らず、手足も自分のものではないように鈍い。矢に毒が塗られていたのか。ノラが顔をのぞき込む。
「シーズァさん、大丈夫ですか?」
「ど、毒ら……と、とにかく、もっろ奥へ……」
こういうときのために買っておいた毒消し薬を出し、ドリンクボトルの水で胃に流し込む。だが、効き目はなかなか現れない。強い毒なのだろう。くすぶったうなり声のラルを引きずるようにして、シーズァとノラは暗闇の奥へ、奥へと斜面を上がって――
どぉおんっ、と爆発で、前方の幹が吹き飛ぶ。ノラ、シーズァは悲鳴を上げ、ラルは縮み上がった。大きすぎる風穴を開けられ、ざざざ、ばきばき、と倒れて、燃えかけの杭さながらの部分だけが立ち尽くす。先端に小型爆弾を取り付けた爆弾矢だ。もっと近くだったら、体を低くしていなかったら、と血の気が引いた。傾斜はどんどんきつくなり、ひゅっ、と下方から爆弾矢が飛んできて、すぐ近くの幹を吹き飛ばす。
「な、なんれ、こっちの位置は分かるんだ……」
すでに山の木々は、宵にどっぷりと浸かっている。なるべく音を立てず、陰から陰へ移動しているのだが、暗視ゴーグルのたぐいを装着しているのだろうか。ぱん、ぱん、と自分の頬を叩き、神経をしゃっきりさせて、シーズァは斜面下の闇に叫んだ。
「やめろっ! 何が目的なんだ?」
声が闇に吸い込まれる。シーズァとノラは耳をそばだて、いかなる動きも見逃すまいとした。ラルも尖り耳をぴんとさせ、もしあそこから飛び出してきたら、とこん棒を強く握る。しばしの張り詰めた間があって――
「そのオークを渡しなさい」
暗闇から、すらっとした声が返ってきた。それは研ぎ上げられたスキナーナイフのようで、ラルは全身の毛がそそけ立った。声は、冷酷に光った。
「ひと思いに殺してあげます」
「ひ、ひと思いに、殺ふ?」
「シーズァだっけ? あなたは、自分の間違いが分かっていない」
すうっ、と闇が近付いてくる。姿勢を低くし、こん棒にしがみつくようにして、ラルは、じりっ、じり、と後ずさった。それをかばって、シーズァがノラに支えられながら下がる。闇から、また声がする。
「そのバグは、殺されて食われるか、生け捕りから見世物にされるか、レアとして高値で取り引きされるか、あるいはフレモンとして死ぬまで戦わされるかもしれない。MODで改造されたりしてね」
寒気のする矢音、目の前で幹が爆発――とっさにウォバリを張ったものの、シーズァ、そしてノラは衝撃でよろめき、手や膝をついた。
「それがモンスターの運命というもの。そんな逃避行は無駄なあがきでしかない。だから、私が苦しまないように殺してあげます」
「ふっ、ざけるなっ!」
水の矢が生成され、声の方へ飛ぶ。水魔法ウォロー――それは暗闇に消え、おそらくは木の幹に当たった。
「そんな、か、勝手な理屈で殺されれたまるかっ!」
シーズァの叫びは、ラルの叫びでもあった。言葉は分からないながら、怒りの声につられてラルは闇に吠えた。牙むき出しで、ぐおっ、とこん棒を振り上げた。
研ぎ音じみた、含み笑いが聞こえた。
「それが、優しさというものでしょう。――」
またしても幹が爆発し、風穴からめきめきと倒れていく。放たれるたび、爆弾矢はラルたちを頂へと追い詰めていった。反撃しようにも相手の姿は見えない。たとえ見えたとしても、弓矢の方が魔法よりも飛距離で勝っている。一射、また一射――斜面が緩やかになり、盾代わりの木々がまばらになって、ぽっかりと開けた山頂付近に達してしまった。
「あっ、あれ!」
仰いで、ノラが声を上げた。コールタール状の夜空に、きんとした双子星がある。否、それは眼光だった。恐ろしく冴えた双眸――ヒガンバナのように翼の両腕を広げた、鳥人の影が浮かんでいた。
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