MONSTER RESISTANCE

GANA.

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慈悲深い殺意

5-1

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 土ぼこりで空と地上はざらつき、わずかな草木まで色褪せていく。バキュームノズルっぽい鼻を伸ばし、ひくひくさせて、グレイスが荒涼としたにおいを嗅ぐ。大きな尖り耳は翼さながらに広がって、黒曜色の瞳が鈍く光っている。やがて鼻はぶらりと下がって、そった牙の間から傍らのサバイバルウェアに鳴いた。
「あっちなのね」
 ノラは鋼色の脇腹を撫で、動き出した巨体に従った。ずん、ずん、と乾いた土を踏み、ひづめが進んでいく。歩幅の差から、スニーカーはおのずと早足になる。砂消しゴムをかけられたような頭上で、かすんだ陽がのそのそと昇っていく。
「あっ」
 ひづめが止まって、すぐさまノラも身構えた。あちらこちらから、奇妙な球体が転がってくる。遠目には小さかったそれらは、バランスボール大の、とげとげしい草の塊だった。マーダルという名の、タンブルウィードに似た植物系モンスターだ。このところアンデッドとの遭遇が多く、それ以外というのは珍しい。ノラはゴーレムの右腕、左腕を生成し、ぶおっ、と鼻を振り上げるグレイスを制した。
「だめだよ。わたしがどうにかするから……」
 戦わせたくなかった。フレモンとして深く傷付けられた生命が、ようやく回復の兆しを見せてきているのだから……しかし、それを押してグレイスはいななき、とげとげの塊の一つに、どどっ、と突進した。そり返った牙でえぐって、鼻の横殴りで草の臭いもろとも飛び散らせる。とげで傷は負ったが、鋼並みの皮膚ではかすり傷程度。そこに突っ込んできた別の塊は、ひづめで思いっきり蹴り飛ばされた。
「だめって言ってるのにっ!――」
 土塊の左こぶしが飛び、草の塊に叩き込まれる。グレイスをフォローするその一撃でマーダルはゆがみ、続く右ストレートで吹っ飛ばされた。見事なワンツーパンチ、それは研鑽の賜物だった。
「襲ってこないで!」
 マーダルたちに叫ぶ、ノラ――
「わたしたちは先に行きたいだけ! 敵じゃない!」
 しかし通じはせず、千切れた草がばらばらに散っていく。やがて相手側は全滅し、むおっとする草の臭いでノラはえづきそうになった。くしゃっとした、涙ぐんだ顔をグレイスが心配そうにのぞき込む。
「ごめん、ありがとう……なんで、襲ってくるんだろうね……」
 うつむきながら口にする。答えは分かっている。そのようにプログラミングされているからだ。マスターにドールが従順なのもそうだ。自分やラル、グレイスがこうなのは、バグっているから、らしい。いずれにしても、こうした構造は作られたものなのだ。
 ばさっ、とグレイスの耳が動く。長い鼻、顔が向いた方にノラも目をやった。後方から、紫髪がはずんでくる。
「シーズァさんだ」
 追い付いたシーズァはあえぎ、ぐいっ、と額の汗を拭った。
「……ごめん、申し訳ない……ね、寝坊してしまって……」
 頭を下げられ、ノラは慌てて首を左右に振った。
「そんな、こちらこそ勝手に出発して……」
 先を急ぎたかったから、と申し訳なさそうにうつむく。昨夜のキャンプ地点でシーズァはクイックセーブ、ログアウトしたので、ログイン地点はそこになる。先に出発されれば、遅れるほど距離は開いていく。とてもばつの悪そうな顔で、シーズァはまた頭を下げた。
「クソリプがひどくて、そいつらとレスバしていたら……本当にごめん……」
「……そんなにひどいのですか?」
「いや、まあ、その……NPC解放なんてバカげているとか、頭がおかしいとか、そういうのが多いよね……」
 シーズァは顔を暗くした。真緋呂のように発信しよう、そうすれば支援が集まって、サンクチュアリへの道のりが楽になるかもしれない。もしかすると、旅をしなくてもよくなるかもしれない。そう考えたのだが、ドールやモンスターを傷付けるのはやめよう、その生を、命を尊重しようという訴えには、嘲笑、誹謗中傷のたぐいが多数寄せられている。
「……ま、それなりに理解してくれる人もいるんだけどさ……」
「すみません、わたしたちのために……」
「ぼくたちが悪いんだ。人間のせいなんだから、謝るのはこっちだよ」
 紫髪の乱れをかき上げ、シーズァはグレイスにも目を向けた。鈍いつやの黒瞳、そこには弱音を飲み込もうとする顔が映っている。
「……とにかく、サンクチュアリを目指そう。あ、そうそう! コミュニティにこんな投稿があったんだ」
 メインメニューが開かれ、ポップアップ広告、コミュニティに移動――見せられたものは、リアナの町にオークが出没した、という話だった。
「リアナはこの先だ。通常、モンスターは町に入ってこない。そうプログラミングされているから、町が襲撃されるイベントでもないかぎりは、ね。だから、ちょっとした話題になっているんだ。これはラルだよ。間違いない」
「……急ぎましょう」
 シーズァはうなずいた。本日は休日、一日フリーなので、今日のうちにけりを付けたい。グレイスをカプセルに入れ、ふたりは先を急いだ。何度かモンスター、ほとんどはアンデッドにエンカウントし、小休止をして、しばらく行くと橙色の洋瓦が群れている。
 リアナの町――商店や宿屋、食堂などに加えて、外れにはギャンブル場、モンスター同士を戦わせる闘技場もある中規模の町だ。木陰から、シーズァは周囲をうかがった。カメラドローンは見えない。バグだ、と騒がれたのは初めだけ。見世物にされたときは注目が集まるものの、最近はつきまとわれることも少なくなった。世間は熱しやすく冷めやすいものである。
 ふたりはそこらの町人にしか見えない、目立たない格好に着替えた。シーズァは黒髪ウィッグをかぶった。何かのときにストーカーたちの目をくらますため、とオンラインショップから購入しておいたものだ。
 気だるげな陽にさらされ、町はどことなく殺伐としていた。
 武具屋、雑貨屋などの店員――NPCの愛想はよいが、行き交うプレイヤーの目つきは概して悪く、肩でもぶつかろうものならたちまち殴り合い、たとえぶつからずとも弱そうな相手なら自らぶつかっていきそうである。ギャンブル場や闘技場があるからか、とも考えたが、それだけとも思えない。変装したシーズァとノラは、トラブルに巻き込まれないように道の端を歩いた。
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