MONSTER RESISTANCE

GANA.

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白馬の王子様

4-5

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 鬱々とした灯が震え、揺らめく淡い影――ほの赤い空気をこもらせ、狭苦しい空間は少しずつ縮んでいくようだった。吊り下げのランタンに照らされ、寝袋の中でシーズァは身じろぎした。その隣には、子どもサイズの寝袋だけがある。
 いつまで、うろついているんだ……――
 いら立ちが鼻から漏れる。もっともそこにラルがいたらいたで、小部屋ほどのテント内部はいっそう息苦しかっただろう。
 こんな時間まで、ぼくは何をやっているんだろう……――
 額に右腕を当て、またため息をつく。これならログアウトして、シングルベッドに潜った方がいい。明日も仕事があるのだから……シーズァは起き上がって、渋面でメインメニューを開いた。わずらわしいポップアップ広告を閉じ、コミュニティから真緋呂のチャンネルにアクセスする。動画一覧のトップに新着がある。昼間に撮影した動画を編集、アップしたものだ。グレイスと並んで、学生服姿の、女子中学生風のノラが歩いている。視聴回数はそこそこだが、コメントをチェックするとその多くはドール愛好者からだった。シーズァはまた、何度も見たPR動画を再生した。
『ドールは、愛すべき存在です』
 真緋呂がカメラに向かって語りかける。ドールは人に似せて造られたもの、プレイヤーの大切なパートナー。心があり、感情があって、痛みや苦しみも感じる。だから、ひどい扱いをするべきではない、と熱弁を振るっている。思いやりにあふれ、強い熱意を感じさせるが、どうにもうさん臭い、とシーズァには感じられた。しかも、NPC解放を訴えるはずが、ドールのことしか取り上げていない。
 ドールが、もっとも共感を呼びやすい――
 だから前面に押し立てる、それが真緋呂の戦略だ。ドール以外のNPC――町でプレイヤーに情報提供したり、店頭で接客したりしている者、そしてモンスターのことは自然と後からついてくるという。しかし、本当にそうだろうか。スポットライトを当てられないものは、いつまでもそのままではないか。
 シーズァはブーツを履き、樹皮服姿でテントから出た。廃墟になった砦、石塁の内側は、かつては兵士の宿舎、櫓などだったらしい石造りがすっかり崩れ、ほとんど土台だけになっていて、薄曇りの月明かりにさらされる光景を見ていると、ゾンビの腐臭が残っていることもあって自分まで過去の亡霊になった気がする。テントの脇で、もぞと小さな山が動く。グレイスが伏せ、すう、すう、と寝息を立てている。シーズァは自分のいる、廃墟の隅から中心をにらんだ。崩れた石積みを隔てて、小さな城風の洋館がそびえている。真緋呂の屋敷だ。これをたちどころに完成させた手腕は、ログハウスを建てた経験からもシーズァは認めざるを得なかった。拠点作り機能があるとはいえ、建築材料をそろえる資金はもとより、自身で設計して組み立てるのは大きなものであればあるほど大変だ。ここに腰を据え、NPC解放活動をするつもりらしいが、それは頼もしいというより不気味ですらあった。いくら高邁な思想があったとしても、いきなりここまでやるものだろうか。
 だからシーズァは――世話になりたくない、というのが一番大きかったのだが――あそこに入らず、オンラインショップ購入のテントを設営した。家を焼かれてローンだけが残った身では、それが精一杯だった。モンスターは館に入れられない、そこは線を引くべきだ、と拒まれたラル、グレイスも寝起きをともにすることになり、結局あそこは真緋呂とノラ、ふたりの城になってしまった。鳥かごにも似た尖塔の窓から、カーテン越しに光が漏れている。ノラはあそこにいるのだろうか……まさか、真緋呂も一緒ではないだろうが……――
「キモい……マジでキモい……」
 じんましんでも出たみたいに褐色肌をかきむしって、シーズァはグレイスを起こさないように離れた。
 思った通り、ラルは石門のそばでこん棒を引きずっていた。向こうの闇をうかがい、よどんだ北の空を見上げては焦れったそうにうろうろしている。
「もう寝る時間だぞ」
 その声に、ラルはそっぽを向いた。こっちだって嫌なんだ、という言葉をシーズァは飲み込んだが、軽石をこするようなため息は漏れてしまった。
「早く戻って寝ろよ。サンクチュアリまで行かずに済むかもしれないしさ」
 投げやりなそれを、ラルはまともに聞いていなかった。人の言葉は分からないが、口調などでおおよそ察せられる。また北に目をやったが、サンクチュアリどころかヘーブマウンテンの影さえも見えない。ここ最近、サンクチュアリが現れないこともあって、このまま消えてしまうのではないか、とラルの焦りはさらに募った。今すぐにでも出発したい、あそこに行きたい。だが、恐ろしい連中に襲われたら、ひとりではどうしようもない。それが分かっているからこそ、なおさらいら立たしかった。
 があっ!――
 一声吠え、こん棒が地面をぶっ叩く。それは鈍くはじかれ、わずかに土をえぐっただけだった。
「……びっくりした……」
 痛そうに眉をひそめ、シーズァは一歩離れた。その分だけ語気が強まった。
「とにかく戻れよ。こうしていたってしょうがないんだから」
 むきになっていた。オークに舐められてたまるか、なんとしても従わせよう、そうした感情にとらわれつつあった。それがいっそうラルを頑なにさせ、シーズァが業を煮やしかけたとき、きんきんした響きが頭に刺さってくる。辺りを警戒していたカメラドローンからだ。
「モンスターか」
 ぼろぼろの砦から出て、シーズァはカメラドローンに目を走らせた。フォーカスしている方に目を凝らす。右手には、すでにレイピアが握られている。濁り雲越しの月明かりで、近付いてくるいくつもの影が見えた。
 ゾンビじゃない。
 おぼつかない足取りではなかった。少しずつ輪郭がはっきりとしてくる。ブロードソードを手にした、がりがりの体つき――衣服はおろか肉もなく、むき出しの関節がきしんでいる。
 ガイコツの怪物、スケルトン――
 数体ではあったが、ゾンビよりも手強いアンデッドだ。真っ暗な眼窩を見据えたところで、真緋呂からボイスチャットが入る。
『そこにいるのか。ちょうどいい。始末しておいてくれないか』
 シーズァは振り返った。崩れた石塁の向こう、そびえる洋館の最上階で人影が明かりをさえぎっている。もとよりそのつもりだったが、高みからの物言いで血がのぼった。
「自分でやったらどうなんだ!」
 ボイスチャットで、シーズァは突っかかった。
「ぼくは、君の部下じゃないぞ!」
 ふっ、と鼻で笑うのが聞こえ、かっとなったところで、真緋呂があしらうように続ける。
『そこにいるから頼んだだけだ。ちょうど次の動画を考えているところでね、あまり集中を切らしたくないんだが、手に余るならそう言ってくれ』
「そんなことを言ってるんじゃ――」
 こん棒を振り上げ、ラルが群れに突っ込んでいく。チャットを打ち切って、ぱっ、と鋼の胸当てを装備、後を追うシーズァ――その視界でこん棒が振り回され、ブロードソードと荒っぽく打ち合う。
「ったく、どいつもこいつもっ!――」
 ウォダーを唱え、猛った水流がスケルトンに躍りかかる。ひるんだところに飛び込み、レイピアの切っ先が眼窩の闇に吸い込まれた。
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