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白馬の王子様
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長い鼻を軽くもたげ、象と馬、牛、鶏のキメラが頭を揺らす。ゆっくり、ゆっくりと前に出るひづめ、それに傍らのローファーが寄り添っていく。ぼやけた目をのぞき、ノラは脇腹をそっと撫でた。真っ白なシャツに赤いリボン、プリーツのミニスカートという学生服姿は、いかにも怪物という巨体、色の乏しい荒れ地というシチュエーションに引き立てられている。西の空からかすんだ雲が広がって、どうにもすっきりしない空気だった。
「少し表情が硬いな」
正面で手綱を握って、真緋呂が馬上からノラに声をかける。
「もう少し表情を柔らかくしてみようか」
「はい」
素直なうなずきを、カメラドローンが近くからとらえる。グレイスと散歩する姿を撮影しているのだ。それを廃墟の砦、石塁のそばから遠目にし、シーズァは固い腕組みをよじった。
「バカバカしい」
嫌悪あらわにそっぽを向く。午前中の仕事が長引いて、ようやくの昼休みにログインしたらこれだ。この動画も編集され、真緋呂のチャンネルで公開されると思うと、なんとも不愉快だった。
サンクチュアリを目指す必要はない、そう真緋呂は主張した。
ドールやモンスター、いわゆるノン・プレイヤー・キャラクターは、プレイヤーから差別的な扱いを受けている。権利主体とは見なされず、所有物として扱われ、獲物として殺されるのだ。それなら、権利獲得のために活動しよう、運営に利用規約を改訂させようというのだ。他のNPCたちも救ってやらなければならない、と言われては、シーズァには返す言葉がなかった。
そしてノラが当事者として、ドールにも心があり、感情がある、れっきとした命なのだから権利を認めてほしい、モノ扱いしないでほしい、と発信することになったのだが、それに当たって真緋呂は、注目を集めるためとしてこうしたプロモーション・ビデオの形を取った。
「あんなもの、ただの人形遊びじゃないか」
苦々しげに口元をゆがめたところ、ぐっ、とズボンの裾が引っ張られる。こん棒を担ぐラルだった。その不満そうな顔つきにシーズァはうんざりした。これで何度目だろう。早く出発しよう、と急かしているのだ。状況がよく理解できないラルには、いたずらに道草を食っているとしか思えないのだ。
「待ってろって、言っているだろ!」
いら立ちをぶつけると、ラルはひどくむくれ、ふん、と離れていった。シーズァはくすぶったため息をつき、やたら遠く感じられる撮影風景にまなざしをきつくした。ドールのデフォルトの行動特性、そしてガイトに叩き込まれた習性なのだろう、ノラは男性プレイヤーになびきやすい傾向があった。かみ締めた歯の裏で、シーズァは舌打ちした。
「――ッ!」
金切り声っぽいアラートが響き、鼓膜に刺さってくる。そう遠くないところ、石門のそばに浮かぶカメラドローンからだ。付近の警戒のために真緋呂が設置したもので、カメラのフォーカスする先には酔っ払いみたいな影がいくつか見える。またゾンビか、とシーズァは神経質に体を揺すった。腐りかけの果実に寄ってくる小バエさながらである。真緋呂たちも気付き、接近するアンデッドの一群に目を向けている。
『シーズァ』
真緋呂から、ボイスチャット――
『始末してくれないか。俺は、ノラを避難させなければならないのでね』
そして一方的に切られた。シーズァは歯がみし、神経を逆撫でるアラートの方をにらみつけた。それは、早くしろ、と急き立てていた。
「……やればいいんだろ」
そうしなければ、非協力的だの何だのと言われかねない。そんな材料を与えたくはなかった。レイピアを握って歩き出し、ざっ、ざっ、と速めていく。次第に近付く、崩れかけの腐敗――下手くそな人形劇、といった動きがやたらと癇に障った。
「はあっ!――」
血の気のない、灰白色の顔を深々と刺し貫き、引き抜きざまに蹴り飛ばす。どす黒い血を吹いてのけぞり、後ろを巻き添えにゾンビはぶっ倒れた。頭を真っ二つにされ、腕を切り飛ばされ、悪臭を放つはらわたがこぼれ落ちる。水魔法ではなく、思いっきりぶった切りたい気分だった。腐臭立ち込める戦いのさなか、白馬で廃墟の砦に戻っていく真緋呂、それに従うノラ、グレイスが視界をよぎる。
「らあっ!――」
袈裟斬りから、さらにばらばらになっていく。憑かれたように踏み込んで、次々と腐った肉塊に変えていくシーズァ――そちらを振り返ったノラに、馬上から真緋呂が声をかける。
「あれくらいの相手なら心配ない。それよりお茶にしようか。ロイヤルレッドを買ったんだ。高級な紅茶の茶葉だよ。煎れてもらえるかな」
「かしこまりました」
従順に仰ぎ、ノラはグレイスの脇腹に触れた。石塁の出入口をくぐった先には、小さな城を思わせる洋館、真緋呂に建てられた拠点が誇らしげにそびえていた。
「少し表情が硬いな」
正面で手綱を握って、真緋呂が馬上からノラに声をかける。
「もう少し表情を柔らかくしてみようか」
「はい」
素直なうなずきを、カメラドローンが近くからとらえる。グレイスと散歩する姿を撮影しているのだ。それを廃墟の砦、石塁のそばから遠目にし、シーズァは固い腕組みをよじった。
「バカバカしい」
嫌悪あらわにそっぽを向く。午前中の仕事が長引いて、ようやくの昼休みにログインしたらこれだ。この動画も編集され、真緋呂のチャンネルで公開されると思うと、なんとも不愉快だった。
サンクチュアリを目指す必要はない、そう真緋呂は主張した。
ドールやモンスター、いわゆるノン・プレイヤー・キャラクターは、プレイヤーから差別的な扱いを受けている。権利主体とは見なされず、所有物として扱われ、獲物として殺されるのだ。それなら、権利獲得のために活動しよう、運営に利用規約を改訂させようというのだ。他のNPCたちも救ってやらなければならない、と言われては、シーズァには返す言葉がなかった。
そしてノラが当事者として、ドールにも心があり、感情がある、れっきとした命なのだから権利を認めてほしい、モノ扱いしないでほしい、と発信することになったのだが、それに当たって真緋呂は、注目を集めるためとしてこうしたプロモーション・ビデオの形を取った。
「あんなもの、ただの人形遊びじゃないか」
苦々しげに口元をゆがめたところ、ぐっ、とズボンの裾が引っ張られる。こん棒を担ぐラルだった。その不満そうな顔つきにシーズァはうんざりした。これで何度目だろう。早く出発しよう、と急かしているのだ。状況がよく理解できないラルには、いたずらに道草を食っているとしか思えないのだ。
「待ってろって、言っているだろ!」
いら立ちをぶつけると、ラルはひどくむくれ、ふん、と離れていった。シーズァはくすぶったため息をつき、やたら遠く感じられる撮影風景にまなざしをきつくした。ドールのデフォルトの行動特性、そしてガイトに叩き込まれた習性なのだろう、ノラは男性プレイヤーになびきやすい傾向があった。かみ締めた歯の裏で、シーズァは舌打ちした。
「――ッ!」
金切り声っぽいアラートが響き、鼓膜に刺さってくる。そう遠くないところ、石門のそばに浮かぶカメラドローンからだ。付近の警戒のために真緋呂が設置したもので、カメラのフォーカスする先には酔っ払いみたいな影がいくつか見える。またゾンビか、とシーズァは神経質に体を揺すった。腐りかけの果実に寄ってくる小バエさながらである。真緋呂たちも気付き、接近するアンデッドの一群に目を向けている。
『シーズァ』
真緋呂から、ボイスチャット――
『始末してくれないか。俺は、ノラを避難させなければならないのでね』
そして一方的に切られた。シーズァは歯がみし、神経を逆撫でるアラートの方をにらみつけた。それは、早くしろ、と急き立てていた。
「……やればいいんだろ」
そうしなければ、非協力的だの何だのと言われかねない。そんな材料を与えたくはなかった。レイピアを握って歩き出し、ざっ、ざっ、と速めていく。次第に近付く、崩れかけの腐敗――下手くそな人形劇、といった動きがやたらと癇に障った。
「はあっ!――」
血の気のない、灰白色の顔を深々と刺し貫き、引き抜きざまに蹴り飛ばす。どす黒い血を吹いてのけぞり、後ろを巻き添えにゾンビはぶっ倒れた。頭を真っ二つにされ、腕を切り飛ばされ、悪臭を放つはらわたがこぼれ落ちる。水魔法ではなく、思いっきりぶった切りたい気分だった。腐臭立ち込める戦いのさなか、白馬で廃墟の砦に戻っていく真緋呂、それに従うノラ、グレイスが視界をよぎる。
「らあっ!――」
袈裟斬りから、さらにばらばらになっていく。憑かれたように踏み込んで、次々と腐った肉塊に変えていくシーズァ――そちらを振り返ったノラに、馬上から真緋呂が声をかける。
「あれくらいの相手なら心配ない。それよりお茶にしようか。ロイヤルレッドを買ったんだ。高級な紅茶の茶葉だよ。煎れてもらえるかな」
「かしこまりました」
従順に仰ぎ、ノラはグレイスの脇腹に触れた。石塁の出入口をくぐった先には、小さな城を思わせる洋館、真緋呂に建てられた拠点が誇らしげにそびえていた。
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