MONSTER RESISTANCE

GANA.

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白馬の王子様

4-3

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「はっ? な、なんだあ?」
 素っ頓狂な声のガイトに飛び込んでくる、ひづめの音――かろうじて、龍王之刃が強烈な突きをしのぐ。大狼と交差したのは手綱を握られた白馬で、黄金の槍を携えた姿が赤マントをさっそうと翻す。王子様、とノラの頭に浮かんだ。肩章、ボタンが金色にきらめく、白を基調とした高貴なファッションといい、優雅に波打つダークブラウンの髪といい、凜とした紅眼の美青年はその表現がふさわしかった。王子様は黒ブーツであぶみに力をかけ、白馬の腹を蹴って、いななきとともに再び突撃した。雷光さながらの突き、突き、突き――たちまち、ガイトは防戦一方に追い込まれた。
「な、なんだよ、てめえはっ!」
「正義の味方だ」
「はあっ? バッカじゃねーのかっ!」
 炎をなびかせてぐるっと振られ、龍王之刃が火球を作り出す。そして放たれたそれは、白手袋の左手からのいかずちで吹き飛んだ。雷魔法ライバーだ。生じた爆熱を間に、ガイトと美青年、大狼と白馬は対峙した。
「なかなかやるじゃねえか、てめえ」
 カメラを意識して、ガイトは虎縞の肩を怒らせた。
「その槍、ノーブルランスだろ。なかなかの得物じゃんか。ともかく、オレ様の邪魔をするとはいい度胸だ。どこのどいつか名前を言ってみろ!」
真緋呂まひろさ」
 そう名乗って、紅眼の蔑みが濃くなる。
「お前みたいな野蛮人がいると、このゲームの評判が落ちる。さっさと引退するんだな」
「なんだと、この野郎っ!――」
 大狼が踏み出しかけ、足元への雷撃にひるむ。すかさず黄金の槍が繰り出され、ガイトは顔面を貫かれそうになった。たたみかける刺突に押され、右に左にうろたえる炎の刃――
「うっ!――」
 槍先を喉元に突きつけられ、ガイトは息を呑んだ。紅眼は青くなった顔をしっかととらえている。わずかでも動こうものなら、即座に息の根を止められるだろう。
 勝負あり――そのはずだった、が――
 いくつもの刃が真緋呂の背後を急襲し、はじこうとするノーブルランスをあざ笑うように消えていく。その隙に大狼は飛びしさって、ふう、とガイトは息をついた。
 幻覚魔法――
 そう見抜いた真緋呂を襲う、一対の鋭利な曲線――右手、左手それぞれの曲剣が躍り、黄金の突きをくるっと、後方宙返りでかわして距離を取る。
 それは巻き毛の金髪、血の気のない碧眼の美少年だった。首にはめた、パープルのカラーでドールと分かる。フリル袖の赤ブラウスに黒のリボンタイ、銀十字のブローチ――黒のショートパンツにソックス、黒革ショートブーツというゴシック・ファッション……張り付けたような微笑み、そのそばに浮かぶ空中ディスプレイでは、宮廷道化師の仮面の人物がロココ調ソファにゆったりと座っている。毒蛇でも見た気がして、ラルはぞくっとした。
「ペドレ……」
 ガイトが苦虫をかみ潰したようにつぶやく。そうだ、とノラは思い出した。あの仮面の人物はペドレという、名が通ったプレイヤーだ。そして金髪碧眼の美少年は、確かタッジノという名前だっただろうか。Cランクの自分より数段上の、SRランクのドール……――
『ずばり』
 モニターの中から、ペドレがガイトを嫌味っぽく指差す。
『ヘルプしなかったら、君はやられていましたよね。その真緋呂って人は古参なんですよ。なんなら加勢してあげましょうか?』
 タッジノの脇から、カメラドローンがむくれ顔のガイトをクローズアップする。ペドレのチャンネルでライブ配信しているらしい。
「るっせえよ、ボケ! ここから逆転するつもりだったのによ、調子が狂っちまったじゃねえか!」
 ぺっ、と忌々しげに吐き捨て、ガイトは白馬上の真緋呂をにらみつけた。
「命拾いしたな、てめえ! そのうちあらためてぶっ殺してやらあ!――おい、クソザコども! お前らも覚悟しとけよ!」
 ラルたちにそう言い捨て、ガイトは大狼ごと消えてしまった。ログアウトしたのだ。タッジノの姿もいつの間にか消え、外野のドローン数機が遠くからカメラを向けるばかりになる。ノーブルランスを消して、真緋呂は白馬をノラの前に進めた。
「もう心配いりませんよ、お嬢さん」
「あ、ありがとうございます……」
 見上げて、ノラはぽかんとした。サバイバルベスト、迷彩柄の上下という格好もそうだが、Cランクの自分にはふさわしくない台詞に感じられた。
「――あっ」
 瞬きし、ノラは横たわったシーズァに駆け寄った。ヒーリをかけようとするが、絞り出そうとしてもほとんど出ない。すると白馬が近付いて、蓋を開けた銀の瓶が鞍の上から放られ、胸当てのひびから血の染み、擦り傷まできれいにしてしまう。
「う……」
 土で汚れた手をつき、みじめそうに起き上がって、シーズァは馬上を上目遣いに見た。
「命拾いしたね」
 確かめるように言う、真緋呂。うつむきがちに立ち上がって、シーズァは上衣やズボンの土を払った。
「……ありがとうございます」
 ぼそぼそと言い、シーズァは離れた。真緋呂は馬首を巡らせ、両手でこん棒を握ったままのラルを一瞥、そしてノラと向き合って手綱を締めた。
「あらためて名乗らせてもらうよ。俺は真緋呂だ。君たちは、すっかり有名だね。だから、ああいった連中が利用しようとするんだ」
 まっすぐに仰ぐノラ、軽く腕を組んだシーズァ、じっとうかがうラルを見下ろし、真緋呂は切り出した。
「俺が、君たちの力になろう」
「あなたが、わたしたちの……」
 目を見張るノラ。ぴくっと体を硬くし、斜に目をむくシーズァ――緊張を感じ取って、ラルは馬上の横顔を観察した。整った顔立ち、自信ありげな微笑みは、一流の造形家の手によるもののようだ。その美しさに多くの男性が憧れ、女性は熱を上げるだろう。だが、ラルは気に入らなかった。作られた美しさ、不自然さが好きになれなかった。
「俺がいなかったら、君たちは間違いなくやられていた」
 駒を動かすごとく、真緋呂は続けた。
「あいつらはまた襲ってくるだろう。注目を集めるために。だから、君たちには俺が必要なはずだ」
「……どういうつもりなんだ」
 腕をきつく組んで、シーズァがもがくように体を揺する。
「断っておくけど、ぼくたちは報酬なんて払えないぞ。かつかつなんだからな」
「そんなことは期待していない。俺はただ、困っている者を見捨てておけないたちでね」
 シーズァの腕組みがいっそうきつくなって、自らを締め上げるようになる。確かに自分たちだけでは、ガイトやタッジノに歯が立たないだろう。もしかしたら、さらに厄介な敵が現れるかもしれない。もっと力が、味方が必要なのだ。真緋呂はノラに視線を戻した。
「嫌な思いはもうしたくないだろ。俺があいつから守ってあげるよ」
 思い出して、ノラの顔色がまた悪くなる。シーズァはうつむき、苦しげに体を左右に揺するばかりだった。ラルのにらみには目もくれず、手綱を握ったシーズァは満足そうに微笑んだ。
「決まりだ。これから俺たちは仲間、よろしく頼むよ」
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