MONSTER RESISTANCE

GANA.

文字の大きさ
上 下
14 / 48
フレモン

3-3

しおりを挟む
「そんな有名プレイヤーが……」
 シーズァは、行く手のキメラを一瞥した。
「ぼくたちに何か用か?」
「そのオークでしょ」
 尖ったロッドの先が、身構えたラルを差す。
「あのキモ男が追っかけてたのは。フレモンは別として、モンスターは活動範囲が限られている。それなのに、そのオークはこんなところまで移動してきた。通常ならあり得ないことだわ。おそらくはバグなんだろうけど、ともかくそいつはちょっと特別ってわけ。ま、そこのドールもそうだけどね」
「わたし、が……」
 ノラが瞬きすると、シーズァは汚らしげに顔をしかめた。
「そうよ。捨てられたわけでもないのに、これだけ勝手に動いているのだもの。だけど、お人形遊びしている奴ってマジキモいわね。あんたさ、あのキモ男にどんなことされてきたの? うわっ、考えるだけで鳥肌とか立っちゃう!」
「どんなこと……」
 ノラは、ぼんやりした。自分は何かをされたのだろうか……身の回りの世話をして、狩りのお供をして、それから……霧がかかったようにはっきりせず、さまよううちにうっすらと吐き気がこみ上げてくる。それをカメラドローンがクローズアップし、上空では翼ある影が回り続けていた。
「やめろっ!」
 はねつける、シーズァの怒声――
「そんなこと、お前に関係ないだろ!」
「なによ、むきになっちゃって。どうせ、あんたも想像したんでしょ。やらしいわね、このスケベ!」
 にやにやして、ロッドの先がシーズァに向けられる。
「中古のドールなんか、どうでもいいのよ。そこのオークを渡しなさいな。いくらか払ってあげてもいいし、あんたの欲しいモンスターとトレードでもよろしくってよ。そういうバグキャラ、ちょっとしたレアものだからね」
 ジュエルの左右に、カタログみたいなものがでかでかと表示される。ずらりと並んだそれらは、透明のカプセルに閉じ込められたモンスターだった。捕獲や取引、譲渡などで入手したものは、このように管理されることが多い。
「どう、アタシのコレクション。なんなら他のページも見せましょうか。この一部にね、加えてやろうっていうのよ」
 ラルは低くうなって、こん棒をしっかりと握った。どうやら自分をあそこに並べようとしているらしい。あんなところに閉じ込められてたまるか。見世物にされてたまるか。その前にシーズァが立ち、さっ、とレイピアを手にする。
「お断りだ。帰ってくれ!」
「だろうと思ったわっ!」
 大岩から、巨影が跳んだ。とっさに飛びのく、ラル――一瞬前の場所が、どんっ、と締固め機ランマーみたいな足で踏まれ、シーズァとノラもよろめく。この衝撃、数トンはあるだろうか。ぶおっ、と長い鼻が横殴りして、こん棒ごとラルを吹っ飛ばす。
「ラル!」
 叫んだシーズァがウォダー――水流をぶつけるが、装甲車さながらの巨体はびくともしない。ノラからのクレイボ――土塊も分厚い皮膚で砕けてしまう。よろよろと立ち上がって、ラルはこん棒で我が身を支えた。右脇腹から痛みがぐわんぐわん響き、あふれる涙で視界がぼやける。そうした光景を、カメラドローンがライブ配信する。
「あはは、しょぼい魔法ではろくにダメージを与えられません! オークにキメラの鼻がまた伸びるっ! おっ、横からクレイボだ! 土の塊をぶつけられ、鼻の動きがわずかに鈍るっ! 中古ドールのこざかしいアシストだっ! 続いて、懸命に繰り出されるレイピアっ! ほら、頑張れ、頑張れ! あんたたちにも賭けている人がいるのよン!」
 ジュエルの実況で、ライブ配信画面のコメント欄が盛り上がる。ノラにヒーリをかけてもらい、ようやくラルはまともに動けるようになった。それらをかばって、シーズァが揺れる頭部を切っ先でけん制する。
 とても勝てる気がしない。
 となれば、逃げるしかないが、前方にキメラ、後方にジュエルでは難しいだろう。ひとりならまだしも……相手の狙いはラルなのだから、自分が追われることはないはず……致命傷を受ければ、アバターもろともアカウントも消滅してしまう。それでリアルの命まで失うわけではないが、アバターに紐付けられている土地建物の権利、所持金を含む財産、磨いてきた剣の腕やクラフトのスキル、それらのために費やしてきた膨大な時間は無になってしまう。そういう設定が緊張感をもたらし、プレイヤーたちをのめり込ませてもいるのだ。あの長い鼻の一撃も強烈そうだが、数トンはあるはずの巨体に踏まれたり、ましてや突進をまともに食らったら無事では済まないだろう、が……――
 すう、とシーズァは息を吸い、じりじりと鼻から吐いた。見捨てられるわけもない。ラルたちには自分が必要なのだ。自分が助けてやらなければならないのだ。そう意を強めるほど、シーズァは満たされていった。
「もう、やめろ!」
 キメラを警戒しながら、シーズァは後方のジュエルに叫んだ。
「バグなんか、ちっともレアじゃない。生き物を傷付けるのは嫌いなんだ。このキメラを引っ込めてくれ!」
「生き物ぉ?」
 ジュエルは目を丸くし、腹を抱えて笑い出した。
「あはははっ! 生き物って、それモンスターじゃん!」
「モ、モンスターだって、生きているじゃないか!」
「あはははっ! 皆さぁん、この人なんか言ってるよぉ! あー、おっかしい! ひょっとしてあんたさ、そのオークや中古ドールも生き物とか思ってる? そんなの、ただのNPCじゃん! ノン・プレイヤー・キャラクター!」
「……どう思おうが、おれの勝手だろ!」
「あっそ。じゃ、視聴者の皆さんにアンケートしまぁす! NPCは生き物ですか? YES or NO?」
 じゃかじゃかじゃかじゃかじゃか――と、ジュエルはロッドの先をくるくる回し、じゃーん、と振った。
「結果は、圧倒的にNOでぇーすっ!」
 笑いながらジュエルは、ロッドでラル、次いでノラを差した。
「そいつも、そいつも、生き物なんかじゃありませーん! そりゃまあ、リアルな反応のために喜怒哀楽や痛み、苦しみを感じるようにプログラムされているけどね、それでもやっぱりアタシたちとは違うんだよ。残念でしたぁ!」
 そうしてまたせせら笑い、コメントにレスしていく。
「シーズァ様」
 近くから、ノラが荒い息遣いでささやく。
「逃げましょう。勝ち目はありません」
 シーズァが視線を返すと、ノラは続けた。
「あの巨体です、素早くはないでしょう。全力で走れば、どうにかなるかもしれません」
 シーズァは決断した。ふたりを守って、自分も逃げよう――ラルを呼び、レイピアを振って横手に駆け出す。あっ、とジュエルが目を向けたときには、バレーボール大の土塊がキメラの顔の辺りにぶつけられていた。
「逃がすな! 追えっ!」
 ロッドを振って走らせ、ジュエルも後を追う。それをカメラドローンが追いかける。先頭のラルは小石を蹴り、土煙とともに息をはずませた。逃げよう、逃げ延びよう――それしか頭にはない。やはり巨体ゆえにキメラは速くはなく、奇形の瘤じみた大岩だらけの地形もあって、その間を走り抜ける獲物との距離は徐々に開いていく。このままなら、なんとか逃げ切れそうだった。
「はぁ、はぁ、なにもたもたしてんのよ!」
 後方で息を切らし、いら立つジュエルが鞭のごとくロッドを振る。ひび割れるような叫びが上がって、思わずラルは振り返った。
 巨体がのけぞり、激しくけいれんしていた。見えない雷に打たれているかのごとく――ロッドが振られるたびにキメラは叫び、拍車をかけられていく。ぐんぐん地響きが迫ってきて、最後尾のシーズァが振り返ったところ――
「ぐわあっ!――」
 と、十数メートルほど跳ね飛ばされ、さらにノラも悲鳴を上げて転がっていく。そしてラルは背中に鼻の一撃をくらって、小石まじりの地面に豚鼻から突っ込んだ。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】

皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」 「っ――――!!」 「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」 クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。 ****** ・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。

【取り下げ予定】愛されない妃ですので。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。 国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。 「僕はきみを愛していない」 はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。 『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。 (ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?) そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。 しかも、別の人間になっている? なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。 *年齢制限を18→15に変更しました。

最愛の側妃だけを愛する旦那様、あなたの愛は要りません

abang
恋愛
私の旦那様は七人の側妃を持つ、巷でも噂の好色王。 後宮はいつでも女の戦いが絶えない。 安心して眠ることもできない後宮に、他の妃の所にばかり通う皇帝である夫。 「どうして、この人を愛していたのかしら?」 ずっと静観していた皇后の心は冷めてしまいう。 それなのに皇帝は急に皇后に興味を向けて……!? 「あの人に興味はありません。勝手になさい!」

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。

秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚 13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。 歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。 そしてエリーゼは大人へと成長していく。 ※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。 小説家になろう様にも掲載しています。

忌むべき番

藍田ひびき
恋愛
「メルヴィ・ハハリ。お前との婚姻は無効とし、国外追放に処す。その忌まわしい姿を、二度と俺に見せるな」 メルヴィはザブァヒワ皇国の皇太子ヴァルラムの番だと告げられ、強引に彼の後宮へ入れられた。しかしヴァルラムは他の妃のもとへ通うばかり。さらに、真の番が見つかったからとメルヴィへ追放を言い渡す。 彼は知らなかった。それこそがメルヴィの望みだということを――。 ※ 8/4 誤字修正しました。 ※ なろうにも投稿しています。

セレナの居場所 ~下賜された側妃~

緑谷めい
恋愛
 後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

処理中です...