MONSTER RESISTANCE

GANA.

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抵抗の目覚め

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 踏み入るほど、深緑に埋もれていくようだった。薄暗さに息苦しくなり、ノラはチョーカーを何度もいじった。短剣片手の前方では、がさがさと気配が逃げていく。しかし、厚底ローファーは距離を詰めつつあった。
 相手はしょせん、手負いの子どもみたいなもの――
 まもなくノラは、ゆがんだ鉄格子のような木々の間に後ろ姿をとらえた。
 こん棒をつきながら、ラルは追っ手に向き直った。その目が狂おしげに燃えている。生きたい、と燃えている。それが短剣の切っ先をためらわせた。
 だけど、これ以上……――
 ノラの足元から、ぞ、ぞっ、と土が浮き上がって、メイド服姿の左右でこぶし大の塊になる。土魔法のクレイボだ。Cランクのノラにはとりあえず短剣が使え、初級の土魔法、治癒魔法と補助魔法を使える能力しかないが、土塊でオークの頭部にひびを入れ、刃で喉笛をかき切るくらいはできるだろう。だが、窮鼠は猫を噛むという。ましてや傷を負ったオークなら、どのような反撃があるか分かったものではない。
 じり、じり、とメイド服姿が前に出て、その分だけこん棒が後ろに下がる。
 命がけの緊張は、煮えたぎるようなうなり声でかき乱された。人型で四つ足の、体毛のない十数体が木々の間から取り囲んでいた。フォレグというモンスターの群れだった。この辺りは生息地だったらしい。思わぬ事態にふたりは構えを転じた。オークと同じランクのモンスターだが、数の上で圧倒的に不利だった。締め上げるように包囲が狭まって、それらのうなりが一気に爆ぜる。
 ぼぐっ、と側頭部にこん棒が炸裂し、悲鳴とともにフォレグが転がった。土塊で吹っ飛んだものもいる。しかしその程度では致命傷にならず、次から次へと迫り、飛びかかってくる相手にたちまちふたりは苦しくなった。ぶん、ぶん、とこん棒でがけん制する一方、ノラはあえぎながらフォレグたちに短剣を突き出した。しょせんはガイトのサポート役に過ぎず、単身でこれだけの数を相手にしたことなどなかった。
 助けを、ボイスチャットで――
 ガイトを呼ぼうと考えながら、それはいつまでも絡み付いていた。このままでは爪と牙でずたずたにされるだろう。そう分かっていながら、ノラはいたずらに短剣を振った。それはまるで自ら破滅していくようだった。ふと目の端を激しいものがかすめる。こん棒が死に物狂いで振り回されている。そのあがきにノラはふと見とれた。小さな体にもかかわらず、必死で生き延びようとしている。だが、足かせをはめられているかのように動きが鈍い。左大腿に矢傷を負っていては――
 あっ!――
 ラルの隙をつき、飛びかかったフォレグに土塊がめり込む。ぎゃっ、と声を上げ、四つ足は吹っ飛んだ。クレイボを放ったノラは、しばしぼんやりした。
 助けた……――
 殺してこい、と命じられたものを……――
 だが、このオークがやられてしまったら、いよいよ自分は危うくなってしまう。そのことをノラはひりひりと感じた。そう、やられてしまったら……――
 ほの光る左太腿に、ラルは何事かと驚いた。痛みが薄れ、傷そのものも消えていく……それは、ノラからの回復魔法ヒーリだった。
 ぶがあっ!――
 左足が元通りになったラルは吠え、しゃにむにこん棒を振り回した。旋風さながらの勢いにフォレグたちはたじろぎ、しかも土塊まで飛んできては後退するしかなかった。やがて四つ足は木陰や茂み、木漏れ日も届かない暗がりに消え、悔しげなうなり声も聞こえなくなった。
 こん棒を握り締めたまま、ラルは、ぜえ、ぜえ、と肩で息をした。少し離れたところで、ノラも、はあ、はあ、と息を切らしている。もはや土を塊にするだけの気力もない。黒髪の乱れに触れると、カチューシャがなくなっていた。戦っているときに外れてしまったのか、そこらには見当たらない。ともかくノラは髪を撫で付け、汗だらけの顔を何度も拭った。背中などはメイド服がべったりとなっている。そうしてしばらく、ふたりの乱れた呼吸の不協和音が続いた。
 鼓動が落ち着いてきて、ラルはひときわ大きく息をついた。そしてじろりとノラをにらみ、こん棒を固く握ったままのろのろ歩き出す。遠ざかっていくその姿を、ノラは短剣を手にただ見つめていた。この上さらに戦うだけの精も根もなかった。たとえ残っていても、やる気にはなれそうもなかった。
『おいっ!』
 びっくりして、ノラは短剣を落としそうになった。ガイトからのボイスチャットだ。連絡がないことにいら立ったのだろう。とっさにノラは、それを切ってしまった。自分の行為に戸惑っているうち、ひとりになりかけていることに気付く。こんな森の奥でうかうかしていたら、またフォレグたちに襲われかねない。それどころか、もっと恐ろしいモンスターに遭遇するリスクもある。
 手ぶらで引き返したら……――
 なじられ、暴力を振るわれるだろう。靴先は、おのずとラルの背中に向いた。いくつものねじけた木の幹越しに後を追う。自分の身を守るためには、そうするのが望ましいだろう。少なくとも、この森を出るまでは……――
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