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約束の場所って言われても

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 動揺してしまって、またスマホがするりと手から落ちる。
 今度は床ではなく、机の上。

 着信相手が玲央だと知ったさくらがスピーカーを押した。

「玲央、どうしたの?」
『その声は……さくらか?』
「うん。椿ちゃんがなんだか放心状態なんだけど、何言ったの?」
『カオウが向こうの世界に帰るって。戻る気もないらしい』
「え!?どうして?」
『は? どうしてって、お前らの方が詳しいんじゃないのか? あいつ、かなり落ち込んでたけど』
「玲央今どこにいるの?」
『俺は学校から帰るとこ。カオウはもういないよ』
「どこにいるの?」
『さあな。でも伝言預かった』

 伝言と聞いた私は慌ててスマホに飛び付いた。

「れ、玲央! 伝言て何!?」
『わっ。声でかいな』
「ごめん。それで、伝言って?」
『約束した場所で待ってるって言ってた』
「約束した場所……?」
『今日中に思い出さないなら、諦めるしかないってさ』
「そんなこと言われても……」

 約束した場所なんて見当がつかない。
 私が押し黙ってしまうと、電話の向こうの玲央が深いため息をついた。

『あのさ、椿』
「なに?」
『本当のこと言えよ』
「な、なにそれ」
『約束した記憶あるんじゃないのか?』
「…………」
『どうなんだ!?』

 玲央が珍しく語気を荒げたので、びっくりして答える。

「…………うん。ある」

 デイジーの花と、ダイヤみたいな宝石と、思い出すという約束。
 いくつか見る前世の夢の中で、その光景だけは何度も見ていた。

 私はカオウと約束している。
 だけど、それは。

「前世でした約束だよ。そんな場所にいけるわけないよ」
『本当に前世のことか?』
「どういうこと?」
『今とごっちゃになってるってこと、ないか?』
「約束したのは幼いときだよ。でもカオウと会ったのは最近だもの」
『忘れてるだけじゃないのか?』
「……忘れてる?」
『いいのか? このまま思い出せなかったら、もう二度と会えないんだぞ』

 二度と会えない。その言葉が胸を締め付けた。
 約束した場所で待ってるってことは、さすがに異世界ってわけない。
 それなら、前世じゃなくて今の私としていたってこと?
 だけどそんな記憶、まったくない。

 私は兄へ顔を向けた。

「兄さん。私、子どもの頃カオウと会ったことあるの?」

 兄は私と目があった直後、すぐに逸らした。
 驚いて私は身を乗りだす。

「あるの!?」
「……まあ、な」
「私、ぜんっぜん記憶ないけど!?」
「そりゃあ……まあ……」
「はっきり言って!」

 歯切れの悪い兄に苛立った。
 思い出さなきゃもう会えないのに、焦りだけが募っていく。

 兄は言いにくそうに口を開いた。

「記憶がないのは、消されたからだ」
「はい?」
「子どもの頃、お前はカオウと会って、前世の記憶を取り戻してた」
「……うそ」

 一度思い出していたという事実を受け止めきれず、私はまた腰を下ろした。驚き過ぎて呆然と兄を見つめる。

「カオウは毎日のようにこっちに来て、お前と遊んでた。そのうち、こっそり向こうの世界にも遊びに行くようになってた。その頃には俺も記憶が戻っていたからなんとなく勘付いていたけど、ちゃんと帰って来るならいいかと放任していたんだ。……だけど」

 兄は一度言葉を切って、私を見据えた。

「ある日、お前は向こうの世界で大けがを負ったんだ。いや、大けがなんてもんじゃない。死にかけた」
「死にかけた……?」
「結構な高さから落ちたらしい」

 そのとき、私の頭の中で光が走った。

 大きな鷹の背に乗って空を飛ぶ光景が頭に浮かぶ。
 はしゃぎすぎて落ちて……滑空してきた大鷹の背に乗るカオウの手をつかみ損ね、そのまま……。

 次に目覚めた時、私はすごく豪華な部屋にいた。
 周りにたくさんの大人とカオウがいる。
 カオウは泣きじゃくっていて、何度も私に謝る。
 でもそのまま誰かに連れていかれ、しばらく戻らなかった。
 そして戻ってきたとき、カオウは私に「記憶を消すことになった」と告げた。

 それからこっちの世界に帰ってきて、ある場所で約束したんだ。
 大人になったらまた思い出すことを。
 ……向こうの世界の成人にあたる、十八歳になったら……。
 
 
 そこまでの記憶が、フラッシュバックみたいに次々と頭の中に入り込んできた。

「椿ちゃん大丈夫!?」
「…………うん」

 顔を上げると、さくらが慌ててハンカチを取り出した。
 また気づかないうちに涙が溢れていた。

「約束してた。大事な約束……カオウと……”私”が」
『思い出したみたいだな。だったら、早く行ってやれよ』

 電話の向こうから、ため息交じりの玲央の声がした。
 するとさくらがスマホに顔を近づける。

「あれー?いいの?そんなこと言って。このままカオウが去ってくれた方が、都合がいいんじゃないの?」
『うるさいな。他に好きな男がいるやつに執着するほど、困ってねえよ』
「やーだ玲央。かっこつけちゃって」
『ほんとうるさい。……それじゃあ椿。ちゃんと伝えたからな、がんばれよ』
「……うん。ありがと」

 穏やかな声で言ってくれた玲央に礼をして切る。

 まだ頭はぼーっとしているけど、休んでいる暇はなかった。
 立ち上がると、りょうさんが手を差し出す。

「これを持っていきなさい。あの石ほどじゃないけど、効果はあるから」

 渡されたのは、白色のお守りだった。
 またあれと出くわすかもしれないのだと思い出し、恐怖が湧きあがってくる。

「椿ちゃん」

 さくらがギュッと反対の手を握ってくれた。
 優しい笑みで背中を後押ししてくれる。
 それに私も笑顔で応えた。

「行ってくる」
 
 カオウに会いたい。
 その想いが恐怖に打ち勝つ。
 お守りを握りしめて、店から走り出した。
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