運命の相手だからって異世界へ連れ去られそうになっています

ゆね

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文化祭 2

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 そこから、あんまり記憶がない。

 気づいたらコンテストは終わって、制服に着替えるため更衣室へ向かう廊下を歩いていた。
 隣でペア優勝がうんたらかんたら言っているさくらの声が、右から左へ流れていく。

 カオウと兄がいたかどうかわからないけれど、気が気じゃなかった。
 この姿を見たなら、今どんな気持ちでいるんだろう。
 金曜も遅くに帰って、昨日は朝早く学校へ来て夜はさくらの家に泊まったから、さすがに避けていることに気づいている。
 それについても、どう思っているんだろう。

 今会うのは、すごく怖い。
 良くない予感ばかりが募っていく。

「ねえさくら」

 今日も泊っていい? と聞こうとしたとき。

 つきあたりを左に曲がった先が、なにやら騒がしかった。
 なんだろうと訝しみつつ曲がると、前方に女子の人垣ができており、「かっこいい」「だれ?」という声がそこかしこで上がっている。

「椿ちゃん……あれって……」

 人垣を作る女子たちより頭一つ分以上背の高い男性が二人いた。
 カオウと兄だ。兄はここの卒業生だから、勝手を知っている。
 コンテストにも出たって言っていたから、終わったらここへ帰ってくるってなんとなく流れも覚えていたんだろう。

 兄の隣にいるカオウは、髪色を隠すように帽子をかぶっていた。
 それでも輝く金色は完全には隠しきれていない。
 安物のウィッグなんかでは到底表せない、綺麗な色。
 瞳も、カラーコンタクトなんかで代用できるはずのない澄んだ金色をしてる。
 何度も至近距離で見てきた私はそれを知ってる。

 もっと見たい。
 触れたい。
 触れられたい。

 そんな焦がれるような想いが身の内からわきあがる。
 でも。
 今の私は……前世に似ているらしい今の姿だけは、見られたくない。

「あっ。椿ちゃん!?」

 咄嗟に来た道を戻った。
 この格好のまま走る羞恥心よりも、カオウと会わない方が重要。

 走りながら人気のない場所を探す。
 もうすぐ一般公開の時間が終わる。生徒も夕方から始まる後夜祭のため外へ向かい始めていた。今なら、どこか空いてる教室か準備室があるはず。

 一階から三階まで一気に昇りきったところで、さすがに疲れて止まった。
 祭りのあとの散らかった廊下を息を切らせながら歩き、特別室の扉を開ける。
 ここは演劇部がたまに練習に使ってる教室で、今日はただの休憩所になっていたらしく、ちょっとお菓子の袋が落ちているだけでそこまで汚くなかった。

 ただ、部屋の奥に姿見が置いてあって、ドキリとした。
 化粧もさくらがしてくれたから、私はまだ自分をちゃんと見ていない。廊下の窓に映る姿がちらっと視界に入ったくらいだ。
 
 一歩、中に入る。

 ほんの数分前までの活気がわかる匂いを残しながら、誰もいない寂しげな部屋に射した茜色の光が、窓枠の影を伸ばしている。

 その独特な雰囲気の中にある古びた姿見は、私の迷う心を呼び寄せているようだった。

 また一歩、近づく。

 自分の姿が見たい訳じゃない。
 そのはずなのに、足がまた一つ歩を進める。
  
 鏡のそばに立った。
 あと一回両足を前に出せば、私は前世の私を見る。

 もしかしたら。
 この姿を見たら、記憶が戻るのかもしれない。
 そしたら私はどうなる?
 記憶が戻ったと知ったら、カオウはどんな反応する?
 私を誰と思う?

 心臓が早鐘を打つ。
 右足が前に出た。
 左足も。
 ゆっくり鏡の正面を向いた。

 鏡の中には、知らない女性がいた。
 白銀色の髪に、猫のように丸いけど力強い碧色の瞳。

 だけど、何も起こらなかった。もちろん記憶も戻っていない。
 別人に見えたのは、さくらがばっちりメイクをしてくれたのと、髪と目の色があまりに不自然すぎるからだったんだ。

 杞憂だったとほっとして目を伏せ、ふいにまた目を上げると、視界がぼやけた。
 目が疲れたのかと一度ゆっくりまばたきをしてから目を凝らす。

 不安そうな顔をしていた鏡の中の私が、優しい聖女のような笑みを浮かべた。
 私は笑ってなんていないのに。

「え?」

 チカッと目の前が弾けるように明るくなった。
 何が起こったのか理解できないまま、足の力が抜けて体が傾いていく。

 でも倒れた先は床ではなく、誰かの腕の中。
 安らぐ匂いがした。
 それは今、一番会いたくない人の匂いだった。
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